第4話 調査員Aと生命の星(4)

「なるほど、経緯と現状は理解しました。情報提供感謝します」


 どうやら想像していたより遥かに多くの事が起こっていたらしい。調査報告書に纏めるのが大変そうだ。


「そういえば、先程串焼きを食べたとおっしゃっていましたよね。この国の食品の大半はクローン技術を利用しているのですよ。最近はクローン技術以外にも遺伝子操作技術で牛と豚を組み合わせるなどして、より『』を追求しています。ぜひとも串焼き以外の料理も召し上がってみてください」


「わかりました、色々食べてみようと思います」


 は様々な惑星を巡る上での大きな楽しみの一つだ。


「あと、実は現在クローンのオリジナルである少女が施設から逃亡中でして....。顔が同じなのは勿論、年齢までクローンと同様であるため捜査が難航しています。もしも挙動不審であったり、怪しい個体を見つけたらこちらの番号に連絡して下さると助かります」


 都長は役所の光速回線通信ルミナ・ラインの番号が書かれた紙を渡してきた。どれだけ技術が発達しようと紙媒体が使われなくなる時代は来ないだろう。


「すみません、僕たち惑星調査員は惑星の問題に対して干渉できない決まりですので」


 そう、惑星調査員は惑星の問題に干渉できない。業務内容は調査のみである。決して便利屋などではない。


「そうですか。無理なお願いを致しまして申し訳ありません」


「いえいえ、気にしないで下さい。こちらこそお力になれなくてすみません。僕はまだ調査が残っていますので....これで失礼します」



          ◇



 さて、ここからどうしようか。

 役所から出たのはいいものの、何から調査すればばいいのかを決めかねる。


 ぎゅるるる


 腹の音が鳴る。気づけば昼時となっていた。腹が減っては調査はできぬ、まずは近くのレストランを探そう。

 惑星の首都、加えて中心部である。暫く歩いているといくつものレストランを見かけた。しかし、心をグッと掴んでくれるような店はない。もう二度と訪れないかもしれない星、店選びに妥協するわけにはいかないのである。先ほど都長から言われた、牛と豚の混合種のお肉。非常に興味がある。

 口いっぱいにを詰め込みたい........。


 ん?


 なぜかとある店が眼に留まった。

 今の気分で絶対に目に留まる筈のない店、の店である。

 店先の看板には


【伝説の白身魚、ハルサキウオ仕入れました!!】


 と書かれている。ハルサキウオ?、聞いたことのない魚だ。おそらくこの星の固有種であろう。しかも..........。非常に興味がそそられる。


 いいや!今は肉の気分だ、誘惑に負けるな!


 自分に言い聞かせる。肉を裏切るわけにはいかない....。


 ガラガラッ

 

 調査員A、敗北..............!!

 負けてしまった、誘惑に。気が付いたら入店していた。


「いらっしゃいませ、そちらの席にどうぞ。注文がお決まりでしたらお声がけください」


 クローンの少女に接客され、カウンター席に腰を掛ける。木材を基調とした質素で、少し古風な内装。メニューは壁面に掛かった木札に書かれいる。


「すみません」


「ご注文はなにになさいますか?」


「ハルサキウオのお刺身とあら汁をそれぞれ1つずつお願いします」


「かしこまりました」


 少し待つと、きれいに盛り付けられたお刺身とあら汁が運ばれてきた。刺身に醤油らしきタレ(?)を垂らして一口。


「................!!」


 美味しい....。透き通るような白身、コリコリとした身の引き締まりを感じる歯ごたえ、淡白でありながらも濃厚な味わい。海の幸、最高......。

 これで終わりではない。僕にはまだあら汁がある。まだ熱そうなため、適度に冷まして一口。優しい味噌の味に深いハルサキウオの旨味を感じる。大根(?)らしき根菜にもしっかりと味がしみ込んでいて美味しい。

 非常に満足。10点満点で評価することができないぐらいだ。



          ◇



 その後、都長の言ったことが本当に正しいのかどうかの確認を行うために住民に聞き込みを行った。他にも、宗教や音楽、芸術など調査が必要な事柄は大量にあるのだ。


 一通り調査が終了した。


 帰還するためには、縮小してある宇宙船を元のサイズに拡大させなくてはならない。つまり、人目のつかない森のような場所に行く必要がある。都市の隅の方からこっそりと森の中に入り、少しひらけた場所で宇宙船を広げようとしたその時、


「ちょっと待って!!!!、私も一緒に連れていって下さい!!!!!!」


後ろから女の子の声がする。振り返るとそこにはクローンの少女がいる。なぜここまでついてきたのか分からない。不良品エラー個体だろうか。そもそも何故僕が別の惑星から来たことを知っている....?


「悪いが君に構ってる暇はないんd......」


「私はオリジナルよ!」


 オリジナル....?、確かに都長は逃亡中と言っていた。自分の事をオリジナルと自称するということはつまり、クローン特有の精神操作を受けていない。信憑性は高い。


「あなたが別の星から来たということは知っているわ。私は追手から逃れるために森に潜伏していたの。そのとき、こっそり見たのよ。君が何もない空間から突然出てくるのを。正確には何もないというより、巨大な物体が透明化したって感じだったけど......」


 宇宙船の透明化は完璧ではない、至近距離で見られると流石にバレる。というか、僕の上陸を見たのならそもそも透明化もクソもない。


「この星から私を連れ出してほしいの」


「なんで?」


「この星にいるとおかしくなるの。毎日何千人もが生まれて、何千人ものが死んでいく。獣人もクローンも同じ人間じゃん、なのにずっと差別されて下に見られて....。こんなのおかしいよ!!!!。1年前、私は1日だけ監視付きだけど外出させてもらったことがあるの。街には沢山の私がいた。そして私を奴隷のように扱う人もいた。クローンの私を性処理の道具にする人、倒れた私を鞭で叩いて無理矢理働かせる人....。焼却場で焼かれてたのは、戦争で死んだ私の遺体だった。やっとの思いで実験施設を抜け出したと思ったら、家族は国の命令で殺されてた。殺したのは、私のクローンよ」


 目の前の少女は涙を流し、嗚咽しながら僕に訴える。この惑星の理不尽を。

 そして言葉を続ける、


「もうこの星には私の居場所はないの....。こんなのっておかしい....おかしいよ!!!!!!!!もう限界なの......なんでもするから....私をこの星から出して..........」


 僕は少女に近づき、抱擁した。


「う゛ぅ....ありがとう......ありがとう」


 少女は涙ながらに感謝の言葉を述べる。

 僕は抱擁した体勢のまま、隠し持った小さな機械を少女の首元にあてる。そして、スイッチを押した。


「う゛っっ......」


 短いうめき声をあげ彼女が気絶した。護身用のスタンガンをこのような使い方をする日がくるとは。

 意識のない彼女を抱擁しながら僕は一人で呟く、


「ごめん、惑星調査員は星の問題に干渉できないんだ。特に君のような星における重要人物にはね」


 彼女を丁寧にその場に倒れこませる。

 ポケットの中の宇宙船を、ひらけた場所の真ん中辺りに置く。


「Rey、船を拡大してくれ」


『了解』


 一瞬で船が元のサイズに戻る。ハッチが開き、中に乗り込んだ後、


「Rey、離陸してくれ」


『了解』


船の高度はどんどん上昇していき、いつしか船内の窓から星全体が見える程になった。


「最寄りの調査隊基地まで星間ワープを頼む」


『■■様、バイタルが不安定な状態です。......泣いておられるのですか?』


「うるさい」


『......失礼いたしました。星間ワープの座標演算を開始します』


 窓から見える星はどんどん小さくなっていった。




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