第12話 魔物だから

 ララにハンカチを渡した女性は、大所帯の全員を叩き起こして逃げていった。


 それを見ていたララは楽しそうに、


「将来有望な若者だねぇ……あんなバカは嫌いじゃないよ」

「自画自賛か?」

「そうかもね」ララもまたバカな若者である。「正義、か……なかなかおもしろいことを言うお姉さんだったね」


 ララは大所帯が落としていった物を拾い集めながら続けた。


「ねぇアテナ。キミは正義ってなんだと思う?」

「自分の意志に正義と名付けただけだ。悪であろうが変わらない」

「なるほどねぇ……」


 自分の信念を一言で表現したときに、たまたま正義という言葉が当てはまっただけ。


 アテナは言う。


「その意志が世間的に見ても正義だった場合は勇者と呼ばれ、世間的に見て悪だった場合は魔王と呼ばれる。ただそれだけのことだ」

「……魔王も勇者も……強い意志と力を持っただけの存在ってことか」常に表裏一体で、どちらが正義かはわからない。「ちなみにキミは正義なの?」

「私はただの機械だ。善も悪も関係ない」


 ただプログラムに応じて動くだけである。


 今度はアテナがララに聞く。


「あなたは人間の世界に身をおいたことがあるのか?」

「なんでそう思うの?」

「先ほどの女性に『村に来ないか』と誘われたときに渋っていただろう。以前に人間の村で傷ついた思い出があるのではないか?」


 ララは少し不満げに、


「そこまでわかってるなら聞くなって」

「……」またアテナの目線が動いた。どうやらその行動には謝罪の意があるらしい。「失礼な詮索だった。すまない」

「別に良いけどな……」気にしているわけじゃない。言ってみただけだ。「といっても前と同じさ。ボクは魔王城を追い出されて、しばらく人間の村にいたことがある」


 人間に馴染もうと努力していた期間があるのだ。


 しかしそれは失敗に終わった。


 ララが言う。


「追い出された理由は同じさ。だよ」ララは笑顔のまま、地面の小石を蹴り飛ばす。「じゃあ、どこに行けっていうんだよ……魔物の場所に行けば人間だから追い出されて、人間の場所に行けば魔物だから追い出されて……」


 結局どこに行ってもララの居場所はなかった。魔物と人間が争っている以上、仕方がないことだったのかもしれない。


 ララはアテナに笑顔を向けて、


「ボクを受け入れてくれたのは、キミがはじめてだよ」

「別に受け入れてはいない。私が守るものを狙わない相手には興味がないだけだ」

「それが受け入れるってことなのさ」ララは少しだけ寂しそうに、「別に愛してくれって言ってるわけじゃないんだよ。嫌ってくれても構わない。ただ……少し放っておいてほしいだけなんだ」


 勝手に1人で生きてくので干渉しないでほしい。同情も何もいらない。自分の目的に協力してくれるわけじゃないのなら、こちらには手を出さないでほしい。


 それがララの長年の望みだったのだが、叶ったのはつい最近。アテナと出会ってからである。


「人間の場所も魔物の場所もダメ。んでボクを受け入れてくれたのは機械だけ」ララは天井を見上げて、「だからボクは機械が好きなんだろうな。なにも言わずにボクを受け入れてくれるから」


 その言葉にアテナはなにも答えなかった。独り言だと解釈したのかもしれない。


 せっかくなのでララは聞いた。


「ねぇ……キミは、自分の制作者を恨んでる?」

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