第9話 人間だから

 魔物たちは逃げ出した。気絶したイノシシ型の魔物を担いで、一目散に逃げ出していった。


「やれやれ……」ララはつまらなさそうに、「もっと暴れてくれたらデータになったんだけどなぁ……ビビって逃げちゃうとは」


 わかったことといえば、550もあれば一般的には力自慢のチンピラくらいの威力ではあるということ。9999などという数値が、いかにずば抜けていたことか理解した。


 それからララは言った。


「あの魔物たちは……3年前までボクをイジメてた奴らでね。まぁ弱かったボクが悪いんだけど」ララは大きく息を吐いて、「研究室が残ってたらなぁ……もっと研究が進んだだろうに」


 ブツブツとララは愚痴を続ける。ララは見た目のように快活であっけらかんとしているわけではない。根に持つところは根に持つ。


 アテナが言う。


「研究室はどこにあったんだ?」

「魔王城」ララはあっさりと答えた。「ボクは3年前まで魔王城にいたの。んで、いろいろあって追い出されたの。まぁ未練なんてないけどね」

「なぜ追い出されたんだ?」

「乙女の傷をえぐること聞くなよ。あんまり面白い話じゃないからさ」


 ララが言うと、アテナの視線が動いた。ララが知る限り、アテナが戦闘中以外に目線を動かしたのははじめてのことだった。


 少し申し訳無さそうな表情、に見えるのはララの気のせいだろうか。


「すまない」アテナが言う。「あなたを傷つけてしまった。二度と聞かない」

「おお……そんな反省してもらう必要はないんだけど……冗談に近い言葉だったし」面白い話ではないが、傷というほどでもない。「ボクが追い出された理由は……だよ」


 アテナはなにも言わなかった。ララを傷つけないように言葉を選んでいるのかもしれない。


 ララが続けた。


「見たらわかるかもしれないけど……ボクは人間と魔物のハーフなの。人間と魔物が恋をして子供を生んで……それがボク」ララは自分のツノを触って、「だからツノがあるの。それ以外は人間っぽいんだけどね」


 ララはとくに悲しむ様子はなく続けた。


「魔物のお城に人間がいるのはおかしいんだってさ。そんなことボクもわかってるけどさぁ……ほかに行くところもなかったし。んで――」


 ララは言葉を途中で止めた。


 そして洞窟の入口のほうを見て、


「千客万来だね。キミ、いつもこんな大量の相手と戦ってるの?」

「いつもはこんなに来ない」

「ボクが疫病神みたいな言い方だね。間違ってないんだろうけど」ララはトラブルを引き寄せる存在なのだろう。「ボクがいると迷惑?」

「誰が何人来ても同じだ」

「頼りになるお言葉で」


 そんな会話をしているうちに、入口から入ってきた侵入者は近づいてきた。


 今度の侵入者は人間だった。その人間たちはなにかしら会話をしながら近づいてくる。


「ここにお宝があるの?」女性の声だった。

「ああ。なんでも門番がいるらしいが……この人数なら勝てるだろう」相当な数の足音が聞こえる。

「この世の平和のためだもんね。なんとかしてお宝を手に入れないと」少し幼い声だった。

「勇者様のためにも、なんとかしてお宝を手に入れなければ」


 その会話を聞いて、ララがつぶやく。


「勇者様? そんなのがいるのか……」

「類まれな実力と勇気を持ち合わせた人間が勇者と呼ばれる。今まで、何度も手合わせをした」

「歴代勇者様か……その人達は強かったの?」

「昔は相当な実力を持っていた。だが最近は口だけの若者が多い。才能に溺れて鍛錬を怠り、個の力を磨かなくなった結果だ」

「まぁ昔と比べたら平和な世界だからねぇ……本気で鍛錬してる若者も少ないだろうよ」


 かつての世の中は強くなければ生き残れなかった。しかし今はある程度なら弱くても許容される。


 2人が世間話をしているうちに、


「ここだ」侵入者たちの姿が見え始めた。「……番人ってのは機械だけじゃなかったのか? 女の子もいるぞ?」

「ボクは番人じゃないよ」ララが侵入者を見回して、「大所帯だねぇ……何人いるんだろ。50は超えてるかな……」

 

 数えるのが面倒なので細かい数は不明だが、とにかくギュウギュウ詰めだ。人が多くて暑苦しい。


 やがて集団のうち、1人の女性が言った。


「きっと人質よ……! なんて卑劣な番人……!」


 なんとも見当違いのことを言い始めたものだった。

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