第11話 エルフ


「市長。現在のダンジョン攻略状況の報告書です!」

「う、ううむ。あまりよろしくないな」


 執務室でエリサの報告書を受け取って目を通すと、現在の最下層である第八階層はあまり攻略されていない。


 というのも潜っている冒険者が少ないのだ。冒険者の数が少ないと魔物も倒されないし、階層の地図なども作られないので攻略が遅れていく。


「やはり飛行系の魔物は嫌われるなあ。アンデッドとは別の意味で」


 第八階層は空がある荒野の階層で敵はハーピーなどの飛行系の魔物が多い。


 この階層は面倒ではある。というのも遠距離攻撃が弱いパーティーは飛行系魔物に成す術がないからだ。


 例えば第七階層で活躍した【肉殺しの重装隊】ミートチョッパーズは、第八階層ではまったく役に立たない。


 なにせあいつらは後衛力G 魔法Gだからな。ハーピーに狩られるミートになってしまう。なので【肉殺し】は第八階層以降には出向かずにオークで日銭を稼いでいくことだろう。


 ちなみにだが以前にアンデッド階層で活躍した【天の代行者】は、いまもずっと第六階層に引きこもっている。


 彼らはアンデッド階層でなら強さに下駄を履けて、たまに出現するお宝などを狙えるからな。人気が最低の階層でライバルも少ないから、アンデッドの素材が売れなくてもある程度は稼げる。


 誰もがダンジョン攻略を行うわけじゃない。日々の暮らしのためにダンジョンを潜る者もいる。というかそっちの方がかなり多い。


 ちなみに各階層の入り口には転移クリスタルを設置してるので、冒険者たちは好きな階層に潜ることができる。


 転移クリスタルはダンジョン攻略黎明期に開発されたものだ。まあ毎回最深部まで潜るの大変過ぎるからな……人は必要に応じて新たな発明をするものだ。


「飛行系相手だと前衛があまり役に立たないです。冒険者は剣を武器にしている人が多いですし。矢や魔法を使える人は少ないですし」

「どちらも特殊技能だしな」


 剣士に比べて弓使いや魔法使いは少ない。


 理由は簡単だ。剣を振れるだけで誰でも剣士を名乗れるが、矢や魔法はまずまともに放つのにそれなりの鍛錬が必要になる。


 なので冒険者はだいたい後衛が不足気味だ。飛行系の敵メインの階層が嫌われるのはこういった背景がある。


 アンデッド? あいつらは存在自体が有罪だから嫌われる背景なんぞない。


「今後のこともあるし弓や魔法が得意な冒険者を増やしたいな」

「弓や魔法が得意となると……エルフです?」

「そうだな。エルフをこの都市に呼ぶのが一番簡単そうだ」


 エルフとは人よりも尖った長い耳を持ち、森で集落をつくって暮らす異種族だ。


 彼らは狩りを中心する狩猟民族のため弓の扱いが上手だ。また普通の人間に比べて腕力で劣る分、魔法が上手な傾向がある。


 なので基本的にエルフは優秀な後衛であり、今回のような階層ではまさにうってつけの存在だ。


 ただし彼らには少し問題もあるのだが。


「でもエルフは数が少ないのです。サウザン都市に来てくれるです?」


 エルフは数が少ない。というのも狩猟民族で森暮らしのため、あまり人口を増やせないのだ。


 地球でも人口が増えたのは農耕で食料が安定して獲れてからだしな。狩猟民族はどうしても獲れる食料に限度があるので。


「俺はエルフの集落の一つに伝手があるんだ。その集落にこの都市に移住してきてもらおうかと」

「エルフの集落を街に呼ぶのは無理と思うのです。彼らは好んで森で暮らしてるのですし」

「うん。だから森に住んでもらおうかと」


 するとエリサは頭の上に「???」と浮かべているかのように、首をかしげて困惑している。


「この都市に来てもらうのですよね?」

「そうだよ」

「この都市に森なんてないのです」

「あるよ」

「ないのです」

「じゃあもしあったらどうする?」

「なんでも言うこと聞いてあげるのです」

「第一階層」

「です?」

「うちのダンジョンの第一階層、ただの森じゃん」


 俺がそう告げた瞬間、エリサはポカンとした顔になった。だが少しすると我を取り戻したのか、首を横に何度も振ると。


「ダンジョンの中ですよ!?」

「第一階層はほぼ獣しか出ないだろうが。たまに魔物が異常発生するがそれは外だって同じだ。むしろダンジョンの力で獣が蘇る分、食料が獲りやすくて楽だぞ。エルフたちにもメリットがある」

「だってダンジョンの中に住むなんておかしいのです! ダンジョンは潜るものなのです!」


 エリサの発言はこの世界においては正しい。


 この世界ではダンジョンの中に都市を作るなんて発想はない。何故ならそんな意味はないからだ。


 だがもしも、もしも仮に現代日本にダンジョンが出現したら……必ずダンジョン内に都市が造られていくだろう。


 では何故、この世界ではそれをしないのかと言うと。


「なあエリサ。もし俺が二十階建ての宿屋を用意すると言ったらどうする?」

「馬鹿なのです? そんな無駄なことするくらいなら、宿屋をいっぱい建てた方がいいのです」

「この都市の土地が足りなくなったら?」

「都市を広げればいいだけなのです」


 この世界には土地が余っているからだ。


 だからエリサたちのようなこの世界の人間は、ダンジョン内に集落をつくるという発想が出てこない。必要じゃないからだ。

 

「そういうわけだからエルフに手紙を出そうと思う。うちに来てくれませんかってな」


 お手紙作戦だ。成功したら大儲け、失敗しても特に損はない。


 そしてこの移住話はエルフたちにも得がある。まず獣が普通の森よりも多いことがひとつ。


 他には人の街と交易しやすくなるところだ。


 エルフたちは弓の矢じりに使う鉄や、塩などが必要なので人間と少しは交易もしている。だが森の奥地に住んでいるのでかなり大変らしい。


 だがダンジョン内の森ならば我が都市に出向くのは簡単だ! そしてうちは出稼ぎエルフの冒険者やエルフとの交易で儲かる!


 まさにWINWINだ。完璧すぎる。


「さてどんな文面にしようかな。ダンジョンの住みやすさをうまくアピールして」

「待つです。仮にも移住を勧めるなら、市長が直接エルフの集落に出向くべきだと思うのです」

「……いやいや。俺だって忙しいしさ、ほら」

「移住なんて大事な案件なのに、取引相手との顔も見ないなんておかしいのです! 誠意を見せるのです!」

「…………俺さ、街の外に出たくないんだ。枕が変わると夜に寝れな……」

「グダグダ言ってないで行くです!」

「はい……」


 俺はエルフたちとの交渉の末、彼らを第一階層の森に住まわせることに成功した。


 第一階層の一部はエルフの住居エリアとして、普通の冒険者は立ち入り禁止になった。そして俺はエルフの集落への往復の二週間、ほぼ寝れない日が続いたのだった。

 

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