第10話 女神の四剣


「第八階層は空があって鳥系の魔物が多いらしい。後衛の遠距離、魔法攻撃が弱いパーティーは少し苦戦しそうだな」

「じゃあ【熱き黒鉄の漢たち】はまた三位です? 魔法がEですし」

「そうなりそうだなあ……後衛用の鎧を鍛冶屋に依頼しておいてよかった。それでも苦戦しそうではあるが」


 俺はエリサとともに屋敷の食堂で食事をしていた。


 基本的に食事は屋敷でとるようにしている。俺は下手に外で食べると面倒なんだ。例えばそこらの酒場で食べようものなら、俺に優遇されようと声をかけてくる奴がいるんだ。するわけないのに。


 俺はゆっくり食べたいしゆっくり寝たいのだ。


 そんなことを考えながら脂ののった豚肉ステーキを食べる。脂が口に入れたら溶けていき、肉はものすごく柔らかい。


「しかしオーク肉うまいな。売れそうだしトンカツとかにしたい」

「また新しい料理です? どんなものか教えてもらえたら試してみるです」

「助かる。ようは豚を揚げる料理なんだが」


 このダンジョン都市ではいくつかの料理や調味料が生まれている。から揚げ、マヨネーズサラダ、しょう油……どれも日本のモノを再現したやつだ。


 これらは我がダンジョン都市の人気の一端を担っている。冒険者だって美味しいメシを食いたいからな。


 まあダンジョン都市のためというよりは、俺が食いたかっただけなんだが。


「エリサ。今日の午後の予定はなんだったかな?」

「この後は女神の四剣のリーダーを会う約束なのです」

「……いたた。持病の腹痛が」

「ダメなのです。女神の四剣はこの都市で最重要な冒険者パーティーですよ。ダンジョン都市の市長として仲良くしないと」

「いつも間違ってるエリサに正論を言われるとは……」

「私のことなんだと思ってるです?」


 そうして食事を取り終えた俺は応接室で待機する。おうち帰りたい、いやここが家なんだけども。

 

 しばらくすると扉がノックされて、少女がひとり入ってきた。


 その少女は誰もが振り向くような美しい容姿で、さらに細く長い手足で抜群のプロポーション。腰まで伸びる真っ赤な髪は絹糸のように流れていく。


 彼女のいつも纏っている勝ち気な雰囲気は、この都市のM系男子にとっての憧れだ。


 そんな彼女、ソールレイスは俺にチラリと目を向けるとニコリと笑いかけて来た。


師匠せんせい、お久しぶりです。さっそくですがの女神の四剣に入ってください。こちら申請の用紙になります。後は師匠のサインだけ頂ければ」

「断る」

「師匠が入ってくだされば余の野望も実現確実です。ご安心ください。枕が変わると眠れないから冒険者が嫌なら、いつも余の膝枕で眠って頂ければと」


 クスッとほほ笑むソールレイス。本来なら笑い返す場面だが俺は知っている。


 ――彼女は本気で言っている。本気でいつも膝枕するから俺にパーティーに入れと。ここで冗談でも乗ったら、俺は女神の四剣に入ったことにされるのだ。


「なあソールレイス。たわごとを正気で提案するのやめてくれない?」

「余はいつも正気です。この世界の覇者となるために勇猛邁進しております」

「ちょっとくらい足踏みしないか?」


 彼女、ソールレイスは怪物だ。


 ソールレイスはこのダンジョン都市が生まれたと同時に冒険者になった。そしてまだ一年も経っていないのに、すでにこの都市では断トツトップの冒険者パーティーのリーダーだ。


 ちなみに女神の四剣は全員が同じなので、つまり都市最強でありながらまだ初心者パーティーということになる。


 冒険者は強さがあればいいと思われているが、実際は経験や知識もかなり重要だ。たとえば敵の魔物の弱点や攻撃方法を知っているかどうかで、強さが段違いになったりする。


 つまり経験を重ねた冒険者ほど上に行きやすいのだが、彼女はそんなこと知らぬとばかりに突き進んでいる。


 ソールレイスは冒険者としては万能の剣士だ。剣技はもちろんのこと魔法や回復術も使えて、しかも罠の感知や魔物の索敵などなど本当になんでもできる。


 なんなら歌や裁縫とか料理も上手だしで凄まじい。


 むしろ出来ないことがない器用万能。だがその程度ならば彼女は天才という評価で終わるだろう。


「そもそもお前たちは女性四人パーティーだからの四剣だろ? 剣士でもない俺が入ったら嘘偽りしかない名前になるぞ」

「パーティー名にこだわりはありません。そんなどうでもいいことでパーティーを強くする機会を失うのは愚かの極みでしょう」

「お前、その危険思考は絶対に外に漏らすなよ。特にアツカンの前では絶対に言うなよ」


 【熱き黒鉄の漢たち】は漢を捨てられないので、他パーティーを追放されたルメスを参入させなかったからな。


 俺としては彼らの思想は嫌いではない。むしろ好きなのでアツカンたちのことは個人的に応援している。


「わかってますよ。あの愚か者たちの前では言いません。」

「違う思想の人を愚か者と言うんじゃない。お前だって自分の思想を悪く言われたらいやだろ?」

「いえ別に。勝手に言わせておけばと思います。余の思想を理解できぬ凡人になにを言われても雑音にもなりません。師匠、それでいつ女神の四剣に入ってくださりますか?」

「いつもなにも入らないんだが……」


 ソールレイスは怪物だ。性格にかなりの難はあるがこのメンタルの強さは本当に恐ろしい。


 強いだけの人間ならばそれなりにいる。なんでも出来る人間もたまにはいる。


 だが強くてなんでも出来て鋼鉄のメンタルを持つ人間は、そうそういるものではない。


 彼女は己の信じた道は絶対に疑わずどんなことがあっても諦めない。だから俺はソールレイスを怪物と呼んでいる。


 彼女のような者が英雄になるのだろうか。


「承知しました。まだ余の冒険者パーティーでは師匠に入って頂くには力不足と。確かにそうですね。師匠は全ステータスがEXだった冒険者パーティーの一員でしたからね」

「いや実力は関係なくてな」

「実は最近、魔法が少し伸び悩んでいます。助言を頂けませんか?」

「俺の話、聞いてる……? 助言については後で鍛錬を見てやるよ」

「ではこのダンジョンを完全制覇した暁には、余のパーティーに入ってください。では鍛錬があるので失礼いたします。後でいらしてください」 


 ソールレイスは一方的にそう言い残して部屋から出て行った。


 ……本当に嵐みたいなやつだ。彼女に冒険者としての道を示したのは俺なのだが、本当にそれでよかったのか少し悩むこともある。


 ただ女神の四剣は超有能かつ、おそらくこのダンジョン都市から出ていくことはない逸材だ。


 ダンジョン都市の長からすれば素晴らしいパーティーだ。今後も目を光らせていかねばならない。


「異世の勇者さん、帰りましたですよ」


 エリサが部屋に入ってきて報告してくれる。


「異世の勇者はやめろ。つい口に出してしまっただけだ」

「エリサは嫌いじゃないですよ? たしかに別の世界で生きているような人ですし、ソールレイスさんのことを言い表してると思います」


 ……俺は以前に彼女のことを異世の勇者と言ってしまったことがある。


 由来は地球のとある万能な偉人が、『治世の能臣、乱世の奸雄』と呼ばれていたからだ。ソールレイスもまた似たような雰囲気があり、異世界であるためにそう評してしまった。


「……ソールレイスにはこれからも頑張ってもらおう」

「ちなみにここのダンジョンを制覇したら、女神の四剣に入るんです? 膝枕です?」

「絶対嫌」


 そしてこの後、広場で彼女の魔法を見たのだが。


「ちょっと魔力の練りが甘くなってるかな」

「こういうことですか」


 ソールレイスは俺の言うことを瞬時に理解して、すぐに放つ魔法の精度を上げてしまう。


「ダンジョンでは魔法を少しでも早く発動したいですが、その結果として練り足りないのですね。ですが発動速度は重要なので、魔力を練るスピードを上げることにします。こんな感じで」


 ソールレイスは魔法の精度は下げずに、先ほどよりも魔法を早く発動した。


 普通は一言で魔力の練りの改善など無理だし、ましてやスピードを上げるなど数か月単位の訓練が必要なはずなんだが。

 

 本当にこいつは怪物だなあ。今は経験が浅いからこの都市でのトップでしかないが、そのうち世界でもトップクラスになるだろう。


「それで師匠。女神の四剣に入って頂くにあたって余と婚約しませんか。理由はわかりますよね?」

「なにひとつわからないが?」


 たぶん話の通じなさはすでに世界トップクラスだが。


 そしてソールレイスの魔法の技術が上がったことで、【女神の四剣】のステータスに変動があった。


 【女神の四剣】・・・前衛力C 後衛力D 魔法D➡C 回復術C 超若手


 魔法ステータスがDからCに上がったのだった。



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中編として20話くらいでしめるか、それとも長編にするか迷い中です。

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