第7話 料理屋を作ろう


「おい市長! 冒険者たちが食べるところが少ないって文句言ってやがるぞ! ぶはは!」


 また冒険者ギルドに聞き取りにいって応接間に通されたら、ギルド長のアフロンがそんなことを言ってきた。


「酒場が足りない? エリサ。今って酒場は都市にいくつあったっけ?」

「三つです。ひとつは冒険者ギルド、残りのふたつは宿屋と併設されてるです」

「それくらいあったら足りるんじゃないか?」

「足りねぇよ! 冒険者がこの一か月で想像以上に増えてるんだ! いまでうちのギルドに五百人も登録してるんだぞ!」

「えっ。五百人もか? つい二カ月くらい前は三百人だったのに……」

「オークは儲かるからなぁ。豚目当てでやってくる奴が増えまくってるんだよ」


 豚真珠か……。


「……そんなに冒険者が増えてると宿屋も足りてないよな?」

「そうだな。いまはオーク目当てにダンジョン潜ってる奴が多いから、かろうじて回ってはいるが」

 

 しまったな、オーク需要を甘く見ていた。


 冒険者が都市に増えるのは嬉しいが、そうなると当然ながら冒険者用の設備も多く必要になる。


 特に宿屋と酒場だ。冒険者は自分の都合で街を移動するので家を持たない。


「わかった。すぐに宿屋と酒場を増やすようにしよう」

「ぶはは! そうしてくれ! それと娼館もセットでな! 宿屋と酒場と娼館を兼ねた店でよ!」

「お前が欲しいだけだろ」

「男ってなんでこんなひどいのです……」

「おいエリサ。俺をこいつと一緒にするな」


 そうして話し合いもそこそこに切り上げて、応接間を出て下階の酒場に降りた。


 たしかに席は満員どころか、追加で椅子を置いて対応している。


「おいもっと詰めろや! 狭いんだよ!」

「なんだゴラァ! やるかゴラァ!」

「仕方ねぇだろ狭いんだから!」


 冒険者たちはすごく狭そうに食事をしていた。こりゃダメだ、あいつら気性が荒らいし酒も入ってるからそのうちトラブルになりそうだ。


「エリサ。食事用の店を手配して欲しい」

「わかりましたです。酒場をふたつでいいです?」


 エリサは当たり前のように酒場と言う。だが俺は首を横に振った。


「いや今はとにかく冒険者の腹を満たしたい。なので酒を出さない酒場を作る」

「それ酒場じゃないですよね? というか食事だけ出す店なんてアリなんです?」

「アリなんです」


 この世界において食事とは酒場でとるものだ。


 ようはレストランなどの類はなくてどこも居酒屋なので、食事をするところイコール酒場と言っても過言ではない。


 理由? 手間暇かけた料理よりも酒の方が儲かるからだよ。ちなみに居酒屋と言っても日本みたいにメニュー多くないぞ。


 例えば冒険者ギルドの併設酒場で注文しようとするならば。


『へいマスター! 今日はなんの料理だい!』

『へい! 今日はオーク肉か、毒で死んだ狼の肉だよ!』

『へいオーク肉で! それと酒頼むわ!』


 くらいのノリだ。日替わり一品メニューで酒もエール固定なのである。


 メニューが少ないのは様々な理由がある。色々用意すると金がかかるし、紙が高いから会計覚えられないなどなど。


「酒場は酒のせいで客の回転率が悪いんだよ。酒飲んでる酔っ払いって長々と居座るだろ? ひとまず食事を取る場所が必要だから酒は出さないってことだ」

「な、なるほどです。じゃあ一か月後には店が建てられるように手配を……」

「いや明日からで頼む」

「すみません。もう一度言って欲しいです」

「明日から営業開始で」

「無理なのです!?」


 エリサが悲鳴をあげる。だが無理を通すのがダンジョン都市市長なのだ。


「無理って言ってる間に冒険者が喧嘩するだろ。大丈夫だ、俺にいい考えがある」

「なんかすごく失敗しそうな予感がするです……大損しそうなのです」

「いいんだよ。俺たちは料理店じゃないから少しくらい失敗しても。大赤字を出してもいいんだ。冒険者たちの食事事情がある程度改善できれば」

「ところでどうするつもりなのです? 明日なんて建物の用意が間に合わないですよ? 元酒場だった建物もないですし」

「いいからいいから」


 そうして翌日。冒険者ギルド近くの空き地にて、


「やっぱりオーク肉はうまいなぁ!」

「最近は酒場が混んでて落ち着いて食えなかったしな。酒がないのは少し寂しいが」

「俺はもともと大して酒飲めねぇからこっちのがいい」


 野外に置かれた長机と椅子で、冒険者たちはモグモグと食事をしている。


 俺が用意したのは野外レストラン的なアレだ。冒険者どもに腹を満たさせるだけなら建物なんて必要ないからな。


 ちなみに料理は近くの冒険者ギルドから運んでる。あっちは酒場だから調理場にはわりと余裕あるし。


 もちろん酒は出さないことを広場などで告知しているし、席に座る前の客にも都度伝えている。


「な、なるほど……確かにそもそも建物なんていらなかったのです見てみれば大したことでもないのに、なんでか思いつかなかったのです……」


 エリサは少し肩を落としているが仕方ない。言われたら当たり前のことでも、事前に常識などがあると思いつかないものだ。


 今回の場合は酒場を用意するという前提条件があったから、ずっと営業できる店を考えてしまったのだ。


 そもそも野外レストランというと日本なら当たり前なのだが、この世界だと案外思いつかないらしい。


 実際のところ、壁がないと雨の日は営業できないのは店からしたら困るしな。ここも雨の日は休業だし。


「でも一か月後にはちゃんとした酒場を手配するがな。あくまで臨時的な措置だ。あとは宿屋だが」

「わかったのです! 野外で宿屋をするのですね!」

 

 それはただの野宿だと思う。


「違う違う。一か月だけ空き家を宿屋にしようかなと。家ごと貸す感じで」

「家ごとだとある程度の人数で借りないと損ですね」

「そこは割り引くしなんなら無料でもいい。どうせ持て余してる空き家だし、宿屋が空けばなんでもいいからな。あ、そうだ。【女神の四剣】や【熱き黒鉄の漢たち】に貸すか。特別優遇とか言って」

「なにがなんでも得しようとする考えはすごいのです」

 

 当たり前だろ。市民の税金で動いてるんだから、少しでも元はとらないと。


 そんなことを考えながら店を見ていると、何人か冒険者たちが騒ぎ始めた。


「酒が飲みてぇ! 酒酒酒酒!!!!!」

「酒を出せぇ! ギルドで出してるんだから出せるだろうが! 俺らはお客様だぞ!」


 やれやれ。こういうのが出てくるのが一番の問題だな。


 まあそのために開始数日は俺が見張っているのだが。


 俺は文句を言ってる冒険者たちの前に出向くと。


「すみません。酒はないんですよ。飲みたければ混んでますが酒場に入ってもらえますか?」

「うるせぇ! 出せないなら侘びに金を出せや! こんなバカみたいな店出しやがって!」


 冒険者ってこういうのもたまにいるんだよなぁ。いやだいやだ。


「えっと。お名前は?」

「俺はドズルだ! パーティー、【勇者の聖剣】のな!」

「エリサ。勇者の聖剣って知ってるか?」

「ええと。以前にも問題を起こしてるパーティーですね。冒険者ランキングは圏外なのです」

「てめぇ! ぶっ殺すぞ!」


 男はエリサを向きながら腰につけている剣の鞘に手をかけた。はいもうダメだこいつ。


 当たり前だが街中で剣を抜くのはご法度。というか鞘に手をかけて脅す時点で完全にアウトだ。


 なにが勇者の聖剣だよ、お前なんぞ愚者の木剣だ。


「じゃあ正当防衛を行使させてもらおう。サンダーブレイク」


 俺は手から雷を出して男にぶち当てる。黒焦げになった男はバタリと倒れた。


「エリサ。【愚者の木剣】はこの都市から永久追放処分にしろ。罪状は市長に剣を向けた罪だ」

「まだ剣抜いてなかったような気がするです」

「いいんだよ。剣の柄に手をつけた時点で同罪だ」


 市長たるもの、揉め事を起こす冒険者は追い出さなければならない。


 ちゃんと厳しく対応しないとダンジョン都市はすぐ荒れてしまうのだ。なにせ冒険者は荒くれ者が多いからな。


 やり直しの機会を与えないのかって? やり直したいなら他の都市でやってくれ。


 俺はサウザン都市のダンジョン市長で、最優先すべきは市民だ。市民に危険をさらしたり彼らの血税を使ってまで、外からやって来た冒険者をやり直させるコストは出せない。


 愚者の木剣が極めて優れた冒険者ならば、少しは考慮の余地があっただろうがな。だがそれも更生させれば市民に恩恵をもたらすからだ


 俺は市長として市民の利益を考えて行動することを心掛けている。そこはしっかりと意識しておかないとな。


 そして後日、俺はアフロンと話し合っていると。


「おう市長! あの料理屋のこと、冒険者どもが褒めてたぜ! とりあえず飯が食える場所があるってな! 酒飲めなくてゆっくり話せないから不満もタラタラだけどな!」

「ちゃんとした酒場もすぐ建てるからタラタラ待ってろと伝えてくれ」


 食事は大事だ。ただ酒場で駄弁るのも娯楽だろうから、酒場不足問題は早めに解決はしてやらないとな。


 ひとまず褒められたので都市の冒険者の満足度が少し上がった! たぶん。


 いや上がったかどうかをちゃんと確かめるべきだな。俺の勝手な判断ではダメだ。


 今後、色々な施策をするのだから結果は可視できるようにしたい。


「なあアフロン。これからサウザン都市満足度アンケートみたいなのをとりたいんだ。協力してくれないか?」

「ぶはは! いいぜ!」


 ということで満足度などを冒険者たちから聞き取ることにした。近いうちに集計も取れるだろう。


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