第9話 放課後は糖分過多なデレ妹



 つい、稔と学校帰りのカフェで話し込んでしまった。

 というのも、今週は夏アニメの発表があったばかりで語りたいものづくしだったのだ。ゲームから派生したアニメの新作やラノベのアニメ化、あの大人気美少女バンドアニメの3期。

 夏休みは俺たち学生も夜更かしができる季節。普段は見逃し配信でしか見れない深夜アニメもリアタイできるのだ。


 大好きなアニメの話をしている間、俺はすっかり忘れていた。今日、昼間に見た「リカ様」を。

 学年1イケメンの佐藤くんに注がれるあの冷酷で侮蔑すら含んだような視線。クールすぎる雰囲気はまるで絶対君主の女王様。


 ドアにかける手が震える。


「ただいま」


 細い声でそう言って靴を脱いでいると奥から軽快な足音。顔をあげるとそこには制服姿で笑顔を浮かべる里華が立っていた。彼女は制服の上に可愛らしいピンク色のエプロンと頭にはピンク色の三角巾をつけている。


「お帰りなさい、お兄ちゃん。遅かったね〜」


「宝城さん……もう帰ってたの?」


「うん、私まだ部活には入ってないし委員会も生徒会だから今日はお休み。それにね……」


 里華は膝をついて座って靴を脱いでいる俺に視線を合わせるとぐっと距離を詰めてくる。そうか、彼女は部活には入らずに生徒会に入ったんだ。やはり、静香さんの影響もあって受験も視野にいれているんだろうか?

 自由な時間を過ごすために部活はめんどいなと思っている俺とは大違いだな。


「それに……?」


「だって、今日は私たちが兄妹になって初めての放課後だよ? お兄ちゃんを出迎えたいなって思ってたから、早足で帰ってきたんだ」


 ふふっと含み笑いをすると里華は立ち上がってリビングの方へと歩いていった。昼間のリカ様はどこへやら、俺の前の彼女は非常にご機嫌でキッチンからは焼き菓子の香ばしくて甘い匂いが漂っている。


「クッキー、もうすぐ焼けるからさ。手、洗ってリビングに来てね? すぐにお部屋に行くの禁止!」


「り、了解」


 里華のいう通り手を洗い、リビングへ向かう。そこには父さんも静香さんもおらず、綺麗にセッティングされたティータイムテーブルがあった。里華の私物だろうか、可愛らしいティーカップセットにお揃いのお皿。皿の上にはハート型のクッキーが並んでいた。


「ママは勉強しろっていうけど、私はお菓子を作ったりするのも得意なんだよね。さ、お兄ちゃん。兄妹水入らずで食べましょ」


 エプロンと三角巾を外し、里華は紅茶を淹れると俺に座るよう促した。乳白色のティーカップ、紅茶はいつもよりも澄んでいるように見えた。スライスされたレモンを浮かべ、里華はその上にそっと蜂蜜を落とした。


「なんか、ありがとう」


「お兄ちゃん? こは私がやりたくてやってることだからそんなに申し訳なさそうな顔をしないで? 喜んでくれたら嬉しいな」


 彼女は俺をじっと見つめながら首を傾げる。気を遣わせてしまったかもしれないと俺は反省しつつ、それでも緊張を解き切ることはできない。


「じゃあ、一つ……」


 少し分厚いクッキーは口の中でほろほろと崩れ、バニラの甘さとバターの芳醇さが口の中に広がる。まだ焼きたてでほかほかと温かく甘酸っぱく香り高いレモンティーを口に含めばすぐに蕩けてしまう。


「どう? 今日は少しいいバターを使ってみたんだ。美味しい?」


「すげー、美味しい」


 口から出たのは素直な感想で、里華はそれを聞いて安堵の笑みを浮かべた。そして彼女もクッキーを口に運ぶ。

 一口で食べた俺とは違って彼女は小さな口でパクリ、ハートのクッキーは半分に割れる。ほろほろと崩れたクッキーが唇にくっついて、彼女は恥ずかしそうに舌で舐めとった。


「あんまりみられると恥ずかしいな? お兄ちゃん、私の顔に何かついてる?」


「ごめんっ、あんまりにも宝城さんが美味しそうに食べるもんで……」


「じゃあ、もっとみてて? お兄ちゃんと目が合うの実は初めてなんだよ?」


「え?」


「昨日からお喋りしてもお兄ちゃん、目を合わせてくれなかったじゃない? 嫌われてるかもって少しに気になっていたけど、その。見てくれて嬉しい」


 少しだけ恥ずかしそうに、それでもチラチラと俺を見て微笑む里華は、紛れもなくあの宝城里華だ。彼女が歩み寄ってくれて嬉しいからか俺は関係を深めようと口を開いた。


「あのさ、宝城さん」


「ん? どうしたの? 紅茶のおかわり?」


「ううん。俺が知ってる学校での宝城さんとは少し、雰囲気が違うんだなって思って。悪い意味じゃないよ、そうじゃなくてこう……学校で見る宝城さんはクールな感じだからさ」


 里華の表情が少しだけ曇る。俺はもしかしたら地雷を踏んだのかもしれない。いや、踏んだ、これはやばいかもしれない。

 彼女は少しだけ俯いてティーカップをソーサーに置いた。


「ごめんね。学校での私、すごく嫌な子だよね。お兄ちゃん、私のこと嫌いになった?」


 彼女は俺を嫌うどころか涙を浮かべてそう言った。俺の考えとは真逆で彼女は「俺に嫌わないでほしい」と言わんばかりの表情だ。


「そんなことないよ! みんな宝城さんのことはクールでかっこいいって言ってるし。俺も同じそう思ってる。むしろその、家でもクールなのかなって思ってただけ」


 慌ててフォローする俺、彼女はそんな俺に追撃をする。


「じゃあ、お兄ちゃんはお家でもクールな方がいいの?」


「いや、その今のままでいいと思う。というか、ここは宝城さんの家なんだしありのままでいいんじゃないかな?」


「わかった……ありがとうお兄ちゃん。ありのままの私は今の私。学校での意地悪な私は……」


 彼女は何かいいかけて、それから悩んで口を閉ざした。そして明らかに意図的に話題を変えてむっと可愛らしく頬を膨らませた。


「というか、お兄ちゃん。お家の中でくらい私のこと宝城さんって呼ぶのやめてくれない?」


「へ?」


「だから、宝城さんじゃなくて里華って呼んで。私は妹なんだし、家族なんだし……ね? ママたちがいる時は恥ずかしいかもだけど……二人の時はいいでしょう? さ、呼んでみて」


 クールなリカ様の方には触れられたくないらしい。もしかすると、彼女がああいう態度を取る理由が何かあるのかもしれない。けれど、それに触れるのはまだ早い……みたいだ。

 今は話題を逸らしたい彼女に乗った方が良いだろう。


「里華……さん」


「もうちょっとお兄ちゃんっぽく、偉そうな感じで呼んで? さんはいらないかな」


「里華……」


「よし、よくできました。はい、ご褒美のクッキーだよ。あーん」


 突然、口の前に突き出されたクッキーを頬張ると里華が嬉しそうに笑った。俺は学校であのイケメンな佐藤くんには「名前で呼ぶな」と言ったのに、この俺には「名前で呼んでほしい」という彼女をみて少しだけ自己肯定感が上がったように感じた。


「美味しい」


「よかった、お兄ちゃんのこと考えながら焼いたんだぁ。そうだ、今日は優さんもママも遅くなるんだって。夕食、どうする? 一緒に考える?」


 父さんの職場復帰、静香さんは超やり手の弁護士。

 俺と里華は二人で過ごす時間がとても多いらしい。俺はこのドキドキが続くことに嬉しいと思いつつもまた彼女のことが気になり始めていた。 



 

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