第10話 ごろごろ、ことこと
「夕食、どうする?」
里華がそう言って首を傾げたが、俺は答えを持っていた。
「多分、そのうち父さんからメッセが……ほらきた」
まるで予言者のようなタイミングで俺のスマホが振動した。里華は驚きつつも立ち上がると俺の隣の席に腰掛けて俺のスマホを覗き込む。
【父さん:今日は俺も静香さんも遅くなる。家事代行さんがくるのは来週からだから今日は頼むよ。冷蔵庫にカレーキットを入れてあるから作って食べなさい。里華ちゃんもカレーが好きなのは静香さんにリサーチ済み。包丁と火の取り扱いは危ないので圭が担当すること】
「カレーキット?」
不思議そうに首を傾げる彼女に俺は説明をする。
「うちは俺が料理する時はあらかじめ父さんが『キット』にして置いておいてくれるんだ。必要な野菜と肉とそれから箱系の調味料。カレーとか回鍋肉とかさ箱に調味料が入ってて、箱の裏を見れば調理できる系のやつ」
「みたいかも」
「おっけい」
俺はキッチンへ行き、冷蔵庫を開ける。やはり、中には仕分け用のプラスチックボックス、その中には野菜と肉、カレールウが入れられている。
「へぇ、すごい。昔から?」
「実は、死んだ母さんがくそ忙しい人でさ。母さんが料理できない時こうやって父さんに指示してたんだってさ。そんで母さんが死んでからは父さんが俺に。っても基本は入れて煮るだけとか炒めるだけ。火を使えるようになったのは中学生からだし」
「お兄ちゃんのお母さんは何をしてたの?」
「あぁ、俺もあまりよく覚えてないんだけどボイストレーナーって言ってた。結構有名な歌手とかグループに帯同してツアー回ったり、時には海外に行ったり」
「すごい、ボイストレーナー……」
そういった里華の瞳が輝いたように感じた。けれど、すぐに失望したみたいに彼女は暗い表情をする。それから取り繕うように笑顔になった。
「里華……?」
「お兄ちゃん。優さんは包丁と火の扱いはお兄ちゃんがやるようにって言ってくれてるからお願いしてもいい? それにお兄ちゃんの特製カレー食べたいなぁ〜」
「そんな大したもんじゃないけど……父さん忘れてないよな。おっ」
俺はカレーキットの隅っこに入っていた小さなお菓子を取り出した。ブラックチョコレート。一口サイズ個包装になっているファミリーパックで甘党の父さんお気に入りの一つだ。
「チョコレート?」
「うん。父さん曰く、隠し味。うちのカレーは野菜はゴロゴロ。理由は俺も父さんも細かく綺麗に切るなんてことはできない不器用だから。でも、その分コトコト煮込む。そんな感じ」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? なんか嫌いなものとかある?」
「ううん、そうじゃなくて。隠し味はわからないけど、私のママが作るカレーもお野菜ゴロゴロなんだよ。なんか、運命見たいって思っちゃった」
喜ぶ彼女をみて俺も合わせて笑顔になったが、料理上手な静香さんのことだから「あえて」の野菜ごろごろカレーなんだろう。いつか、食べてみたいな。
「そっか。キーマとかそっち系はファミレスでしか食べたことないけど……そういえば怠惰シリーズのヒロインが作るカレーも野菜ゴロゴロのカレーだったような」
「そうなの?」
「ごめん、3巻からかも」
「あ、お兄ちゃんひどい。ネタバレした〜」
里華が可愛らしく口を尖らせる。彼女の元属性がクール系寄りの顔だからか、怒ったような表情が2次元の美しさに迫るほど美しい。どこか神秘的でそれでいてあどけなさもある。
「ごめん。でもほら、本編には関わりのない! ことだし」
本当はがっつり関わってくるがここは誤魔化しておこう。逆に、疑わずに読むことで楽しめるかもしれないのだし。
「そう? お兄ちゃんがそういうならそうなんだね。わかった、許したげる」
「はぁ、よかった。じゃあ、俺カレー作っちゃうね」
俺はせっせとカレーキットの中の野菜を取り出して準備を始める。カレーは俺が初めて作った料理なのでもう慣れたものだ。
「包丁と、火を使うこと以外は私もやろっかな」
野菜を洗っている俺にぴったりとくっつくように横に立ち、里華は俺が持っていたにんじんを俺の手ごと握った。びっくりして固まる俺、里華はにんまりと笑う。
「里華……?」
「洗うのは私がやるのでお兄ちゃんはお肉を切ったり炒めたりするのを始めてくださーい」
そっと触れ合っていた手が離れ、俺は手をタオルで吹いてから肉を切る。父さん、奮発して牛肉を買ってやがる。普段は豚肉だったのに。
里華は手際よく野菜を洗ってしまうと、
「お兄ちゃん、お米研ぎたいんだけどボウルとお米はどこ?」
「あ〜、米はその棚の中の米櫃に入ってて……ボウルは食器棚の下の段」
「ありがと、あった。4合くらい? お兄ちゃんもっと食べる?」
「父さんと二人の時は2・5合で炊いてたんだけど……里華と静香さんは?」
里華はちょっと恥ずかしそうに
「私、ママが何合炊いていたかわかんないかも。カレーの日は冷凍ご飯のことも多かったし、それに最近ママはナンがお気に入りでね。わかんないや。でもまぁ多い分には問題ないから5合炊いちゃおう。お兄ちゃん、いっぱい食べてね?」
里華は俺の答えを待つ前にサッサと米をカップ5杯入れて洗い始める。まぁ、多い分には冷凍したり、俺が夜食にして食べたりするのでその通り問題ないか。
それにしても、学校では完璧超人なリカ様は家の中では結構大胆で少し子供っぽい。
「俺、あんまり食べない方かもだけど頑張るよ」
野菜を切り終えて、肉と一緒に炒め……あとはカレールウの箱に書かれた通り水を入れて煮込んでいく。
米を炊飯器に入れてスイッチを押した里華は手持ち無沙汰になって鼻歌を歌いながら俺の後ろを行ったり来たりしていた。
「よし、こいつをいれて……」
ルウを入れて少し経ってから小さなブラックチョコレートを落とす。正直、俺にはこれにどんな意味があってどんな差が出るのかはわからないが、入れると美味しい。それだけは確実なのだ。
火を超絶弱火にしてコトコト煮込むだけ。念の為タイマーを15分セットして……終了。
「楽しみだね。ねぇお兄ちゃんカレーが出来上がるまで何する?」
「何って……里華宿題とかないの?」
そういうと彼女は「あっ」と小さく声を出し頷いた。
「俺はここで鍋みつつやるから里華は部屋でどうぞ」
「え、じゃあお兄ちゃんと一緒にやる。宿題もご飯も全部一緒ね? はい、じゃあ先に取ってきていいよ」
家の中での里華は全然リカ様じゃないのに、今は少しだけ威圧感がある。絶対に断れない……、こんな可愛いお願いを断る兄はいないだろう!
「わかった。ありがとう」
俺は宿題をとりに自分の部屋に向かった。
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