第8話 学校ではリカ様


「ほう、では初日はなんとか過ごせたと」


「あぁ、本当に。よかったよ」


 俺は昼飯を食べながら稔と話している。里華の焼いたソーセージは冷めてしまっているがやはり香ばしくて美味しい。


「さて、圭殿。美味しいお弁当を急いで食べてとある場所に向かうぜよ」


 稔はまるで悪代官のように眉を動かすと俺に早く弁当を食うように急かした。稔と俺はいつも昼飯を食べた後は新作フィギュアやゴンプラの話で盛り上がるのだが……。


「購買か? 珍しいな」


「チッチッチッ、まさか。このクラスの情報通といえば我輩。だね?」


「おい稔、気になるからさっさと教えてくれよ」


 俺は静香さんが作ってくれた切り干し大根を締めにして弁当を食い終わる。手作りのお弁当を食べられる喜びも束の間、稔の言動が気になってソワソワする。


「あの宝城里華に挑もうという輩がいてね。どうやら隣のクラスのサッカー部エース候補の佐藤くんがね。この昼休みにコクるそうだ」


 サッカー部1年、エース候補の佐藤といえば学校ではかなりの有名人だ。2・3年の女子先輩たちがクラスに見に来るほどの童顔イケメンでサッカーは中学この頃からかなり有名だ。

 ちなみに、俺と稔とは中学から同じなので面識はあるが俺たちのようなヲタクにも優しい男である。


「あの佐藤くんが……」


「お、兄よ。心配かね?」


 心配といえば、心配かもしれない。けれど、まだ兄妹になって1日なのにこんなふうに思うのはおかしいのだろうか。


「いや、なんか複雑だなって」


 俺の表情を見て、稔は茶化すのをやめた。俺、どんな顔してるんだろう?


「まあ、佐藤くんならあの宝城里華がOKする可能性もあるっちゃありますしな……兄として男としては複雑じゃないか?」


「そりゃそうだけどさ。妹ってことはそもそも俺が<男>として考えちゃいけないわけだろ? となればあの子が幸せになるから応援すべきなのかもっていう気持ちもあってさ」


 とは口にしたものの、俺の心が完全に兄にシフトしきれている訳ではない。けれど、男としてこの状況に危機感を感じている自分自身に俺は罪悪感を抱いてしまう。


「ま、野次馬氏に行こうゼェ」


「おい稔……」


 と彼を止めつつ、俺も割とノリノリでついていく。告白の定番中の定番、校舎裏。俺たちは2階の窓からこっそりと佐藤くんを見下ろした。


 浅い茶髪にサッカー部のユニフォームを着た彼は今日も今日とてイケメンだ。ソワソワした様子でスマホを眺めている。これから学校一の美女と名高い女性に告白をするのだ。彼の顔には緊張とそれから少しの自信が浮かんでいた。


「佐藤くんならありえるな」


「ほぉ、圭もそう思うか」


「だって中学の時からモテモテで多分学年1だろ? 全体的にさ」


「お、いらしたぞ。妹君が」


 稔が声を顰め、俺も合わせて姿勢をかがめる。そして、登場した里華を見て俺は思わず口を抑えた。


「まじかよ」


 と俺が小声で稔と顔を見合わせるほど彼女の表情は冷淡でそれから非情なものだった。

 告白をしようと緊張し、里華への好意の目線を向ける佐藤くんに対して、あまりにも冷たく、もしくは嫌悪さえ含むような冷たい視線を里華は向けていたのだ。


「話って何ですか? 私、忙しいしあなたとお話ししたことないですよね?」


「あのさ……里華ちゃんって……」


「あの、名前で呼ばないでくれますか?」


 怖すぎる敬語、怖すぎる指摘。

 俺と稔は手でも握り合う勢いでブルブルと恐怖に震える。


「宝城さん。よかったら……お友達からでもいいので、お付き合いしてくれませんか?」


 この状況で告白をできる佐藤くんに拍手したい気持ちも山々に、俺たちは里華の返事を待つ。


「嫌」


 たった一言。里華はそう言い放つと固まってしまった佐藤くんを置き去りに玄関ホールの方へと戻っていった。


 彼女はやはり「リカ様」である。膝からくずれおちた佐藤くんを見て俺は確信したのだった。




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