2 リカ様と里華

第7話 ソーセージ大魔神


 朝、かわいい妹に起こされるというのは全男子の夢だと俺は勝手に思っている。


 だが、俺は早起きである。朝5時のキッチン、洗ってある電子ケトルに水を入れる。父さんはコーヒーで俺はお茶。500mlのメモリに合わせて見るが、ふと思い出す。


——今日から四人か


 寝ぼけていてすっかり忘れていたが、この家には新しい家族が二人。静香さんと里華だ。そのまま俺は倍量の水を入れる。静香さんと里華は何を飲むんだろうか?


「あら、おはよう圭くん」


 眠そうな声に振り返るとエプロンをつけた静香さんが立っていた。


「おはようございます」


「圭くん、朝早いのねぇ」


「朝方人間っす」


「里華とは真逆ね。じゃあ、優さんとは交代で朝ごはんを作ってたのかしら?」


「父が介護の夜勤の時は俺に取っては朝ごはんで父にとっては夜ご飯でしたけど……はい。というか、母が生きていた時からうちは割と交代制だったかも」


 苦笑いする俺に静香さんは優しい笑顔で答えてくれる。


「じゃあ、今日は私を頼ってほしいかも? 圭くんは座って待っててね。多分、まだ全然家族だって思ってもらうためには時間がかかるのはわかっているけれど……手料理を食べさせてあげたいなあなんて」


 静香さんは優しい笑顔だが、俺には彼女の気持ちが少しだけわかるような気がした。といっても本の中で読んだだけだが、再婚した女性が連れ子から「お母さん」と呼ばれるために努力をするエピソードだった。

 静香さんも俺に対して同じように思っているのかもしれない。


 ならここは素直に甘えておこう。


「じゃあ、お手伝いします」


「ありがとう、そうしたら優さんの好みを教えてもらおうかな」


「父さんは、朝はめっちゃ甘いコーヒーを飲みます。ちなみに俺は緑茶が好きで……」


 俺が話し出すと静香さんはせっせと食器棚からマグカップを取り出して準備をする。それから冷蔵庫の卵を4つ取り出す。


「卵焼きは? 甘いのとしょっぱいのどっちがいいかしら?」


「俺も父さんもどっちも好きです。気分で変えている感じですね」


「じゃあ、里華に合わせて今日は甘いのにしましょうかね。あの子すごく甘いのが好きだから焦がさないようにするの大変なのよ。そうだ、圭くんのお弁当も作っていいかしら?」


 あのクールな宝城里華は「あまい卵焼きが好き」というギャップに驚きつつも静香さんが出した小さなピンク色のお弁当箱でさらに心を掴まれる。


「お弁当……嬉しいです。えっと俺の弁当箱はこれっす」


「あら、男の子はよく食べてえらいわねぇ」


 俺の黒い弁当箱と里華の小さな弁当箱が並ぶと俺の方の大きさが際立つ。あまり女子の弁当をまじまじ見る機会はなかったがこんなに小さいものか。


「おはよう、ママ。石橋くん」


 リビングに入ってきたのは少し眠そうに目をこすっている里華だ。すでに制服に着替えてはいるが髪はボサボサでうとうとしている。いつもはキリッとしている印象なのでこういう無防備な姿は来るものがある。


「おはよう、里華」


「おはよう、宝城さん。あ、ソーセージでいいですか? 焼いちゃいます」


 俺は里華に挨拶をした後、冷蔵庫を確認して静香さんに声をかける。冷蔵庫の中にはソーセージと昨日のサラダの残り、静香さんが作ってくれた副菜の残りがある。


「あ、ソーセージはね。うちには大魔神がいるから」


「大魔神?」


 と俺が聞くよりも早く、里華が俺の手からソーセージの袋を奪った。まさか、静香さんのいう大魔神とは里華のことなんだろうか。


「里華、ソーセージの焼き方にはこだわりがあってね。私には絶対に焼かせてくれないのよ」


「そう。私はソーセージのおいしさを最大限に引き出して食べたいの。石橋くん、焼くのは私に任せて。座って待ってて」


「里華、エプロンは?」


「ママの貸してよ」


「もう。自分のはどうしたの? こんなところに置いて〜まったく。圭くん、ここは里華に任せて着替えてきちゃったら? ついでに優さんを起こしてきてくれると助かるわ」


「あ、そうっすね。わかりました」


 女性たちにキッチンから追放された俺は父さんを起こし、それから一度部屋に戻って制服に着替える。

 昨日までは父さんと二人で協力しながら生きていたし、こうやって誰かに頼ったり甘えたりするのはすごく新鮮だ。

 お弁当、作ってもらうのはすごく嬉しいな。


 学校の準備を終えてダイニングに戻ると食卓にはほかほかのご飯に卵焼き、それから里華が焼いたであろうソーセージが盛り付けられている。


「おぉ、おいしそうだ。静香さん、里華ちゃんありがとう」


 父さんがそういうと俺も一緒にお礼を言った。里華はなんだか誇らしげに俺に目配せをする。


「私ん焼いたソーセージ、美味しくてびっくりすると思う。早く食べてほしいなぁ」


「そ、そうなの? いただきます」


 静香さんの「召し上がれ」を聞いてから俺は最初に里華の焼いたソーセージを箸で摘んだ。適度に焦げていて、掴んだだけでも弾力がわかる。

 口に入れた瞬間、歯を跳ね返すほどの弾力、直後にほとばしる肉汁。パリッと皮が割ける音と共に口の中が最高に熱くて幸せになっていく。


「うんまっ」


「でしょ〜? 私、ソーセージの焼き方にはこだわりがあるの。あっ、いけない。早く食べて髪の毛やっちゃわないと!」


 微笑ましく俺たちを見守る両親、里華も慌てて朝食を食べ始める。甘々の卵焼きも昨日の残りの副菜もそれから楽しそうに笑っている父さんも。

 俺にとっては家族四人として最高の朝になったのだった。


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