第6話 1日目やっと終わる


 結局一番最後にシャワーを浴びた俺は髪を乾かしてすぐに部屋に戻った。学校の課題もあった上、里華のギャップにドキドキしていたからだ。


「あんなの反則だろ……」


 俺の部屋は好きなアニメのフィギュアやらが並んでいて、THEヲタクの部屋である。と言っても、ヲタクに言わせてみれば俺は浮気性のようで「にわか」とか「ミーハー」なんて言われたりもする。


 学校の課題を終えてベッドに転がっていると、軽快な足音が部屋のすぐ近くの階段を上がっていく音がした。

 里華だろうか、彼女は俺が部屋にあがる前にリビングで静香さんと父さんと話していたようだった。


「もう23時か」


 時計を確認すれば時刻はもう日付変更前。

 俺の人生が大きく変わった1日が終わろうとしている。これから、すくなくとも大学生になって一人暮らしをするまでの間はあの宝城里華と一つ屋根の下で暮らす。俺たちは兄妹になってヘタをすればこの先もずっと「家族」になったのだ。


 俺はまだドキドキしている自分の胸に手を当てて考える。


——こんなにドキドキしている俺が彼女と家族になれるのだろうか?


 考えても考えても想像がつかない。そもそも、今まで一人っ子だった俺はきょうだいという生き物にどういうふうに接したら良いのかもだ。

 普通、近親での交配が進まないように動物は本能的に血縁の近いものを避ける傾向にあるという。これは群れなす動物たちは親離れであったり人間では反抗期と呼ばれたりする。


 でも、里華は俺の血縁者ではない。書類上のきょうだいで……俺たちは本能的には恋愛になってもおかしくないのだ。


「ま、宝城さんが俺をそういうふうに見るわけないか。大人しく2次元の嫁でも眺めますかな」


 俺の嫁こと「氷室華子ひむろはなこ」のフィギュアを見つめる。彼女は長く続くゲーム作品のメインプレイアブルキャラクターで氷属性の剣士。

 黒髪に赤い目を持つ冷徹な女でレイピアを優雅に振り回して戦う様は俺以外にも多くのプレイヤーを虜にしている。


 どことなく、学校での里華に似ているかもしれないなと思った。


 いや、何を考えているんだ俺は。


 ベッドの中でもんもんと体を揺らしているとドアがコンコンとノックされた。俺はぴたりと動きを止める。


「はい」


「お兄ちゃん、いいかな?」


 バッと飛び起きて、俺は「どうぞ」と反射的に答えた。答えてから。部屋の中が女の子キャラのフィギュアだらけなことを思い出して冷や汗を流す。

 里華はやはりヲタクの部屋は嫌いかもしれない、嫌われるかもしれない。


「どうしたの? 宝城さん」


 里華は襟付きのピンク色のパジャマ姿で乾かしたばかりの髪をヘアバンドで止め、スキンケアをしたのか顔が少しテカテカしている。


「怠惰シリーズの2巻。借りてもいい?」


 そういうが早いか里華は俺の本棚を物色し出す。


「ちょ、どとかない」


「俺が取るよ」


 エッチなあれこれはスマホ派の俺は特に焦ることはないが、怠惰シリーズを含むラノベは高いところに収納してあるので代わりに俺が立ち上がって手を伸ばす。


「2巻? もう1巻は読んだの?」


「私、本を読むスピード早いんだよね。おっと、ありがと」


 里華は俺から怠惰シリーズの2巻目「怠惰の口づけ」を受け取ると自慢な笑顔になった。速読術というやつだろうか、素直に羨ましい。


「そっか。じゃあ、怠惰シリーズは下の方にうつしておくからいつでも持って行ってよ」


 俺は里華から漂うシャンプーなのかスキンケア商品なのかのフローラルな香りにドキドキしながらも平然を装った。


——宝城さんと俺は兄妹。ドキドキしちゃダメだ。


 俺としては彼女でも取りやすい場所にうつしておくという良い提案をしたつもりが彼女はちょっと不満げに眉を下げる。


「私は……、こうやって借りるたびにお兄ちゃんにとってもらいたいんだけど」


「へ?」


「だから、高いところにある本をこうやってお願いして取ってもらうの。だから、このままでいいよ。というか、このままにして」


「でもそれじゃあ俺がいないと宝城さんが続きを読めないよ?」


 当たり前の返答をした俺に彼女はプイッとそっぽを向く。


「お兄ちゃんに頼って本を取ってもらいたいの。もしも嫌だっていうなら次からはノックなしで入るから」


 ノックなしで入られるのは非常に困る。えっちなあれこれはスマホ派とはいえ、一人遊戯に入り込んでいる時はどうしたって3次元の世界で行わなければならない。

 ノックなしで里華が部屋に入ってきて鉢合わせというのは絶対に避けなければいけない状況である。


 わかっているのかいないのか、里華はじっと俺を見つめながら返事を待った。あまりにも理不尽すぎるかわいいお願いに俺は


「わかったよ……続きを読む時は声をかけて」


 と答え、彼女は笑顔になった。


「ありがとうお兄ちゃん。それじゃあおやすみ、良い夜を」


 里華が部屋のドアを閉めて、彼女が階段をあがっていく音を聞いてから俺は大きなため息をついた。


——なんだよあれ! 可愛すぎるだろ!


 心の中で絶叫して、今夜は眠りにつくことにした。


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