第12話  三つの壁

 テーブルに埋め込まれたパネルをから、青白い光が瞬き始め、空気中に微細な粒子が舞い上がる。

 目まぐるしく動めく無数の粒は徐々に、白く無機質なステージを立体的に生成。

 その後、ヒガサとアブソリュートがジリジリと足元から創造されてゆく。

 驚いたことに戦闘記録は二次元ではなく、三次元で閲覧できるのだという。

 この技術の優れた点は、死角がないこと。

 二次元では、何かで隠れてしまい、見たいところが見れないということがしばしばある。

 しかしこのホログラムではそんな歯がゆい思いをしなくて済むのだ。


 もちろん初めに視聴したのは、最も不可思議であったクライマックスシーン。

 ヒガサがエントランスに強制転送される寸前、いったい何が起きたのかだ。

 結論から言うと、18禁レベルのグロテスクな幕引きであった。

 まず、至近距離で振り上げたアッパーは当たり前のように空を切っていた。

 一切の無駄がなく、アブソリュートの鼻先数センチ、いや数ミリの距離で。

 もちろんそれだけならヒガサの記憶は無くならない。

 なぜヒガサが腕を振り上げた次の瞬間、エントランスに戻ってきていたのか。

 それはアブソリュートがアッパーを避けると同時に、パーンっという破裂音を響かせてヒガサの首を捻り上げたからだった。

 村雨曰く、その速さは異常で、360fpsでも捉えることのできない速度とのこと。

 fpsとは、動画やアニメーションが再生される際の一秒あたりの静止画の枚数を表す。

 一秒間を360枚の静止画に分割しても、ある一枚がめくられた次の画にはヒガサの首が折れていたということだ。

 また、その速度は音速に等しいという。

 鳴り響いた破裂音は、腕の振りが超音速に到達したことを知らせる衝撃波の音、俗に言うソニックブームという現象だったのだ。


 首が折れたヒガサは、波打つように地面に崩れ落ちた。

 しかし立体映像はまだ止まらない。

 訓練の終了条件はどちらか一方の絶命。

 この段階ではまだヒガサの心臓は抗っており、終了条件を満たしていなかったのだ。

 とはいえ、首が折れたヒガサに意識は無いため、結局無抵抗のまま四肢をもがれ、挙句の果てには心臓を踏み潰されたところで立体映像は終了した。

 主観的に体験していたらと思うとゾッとする死に様だ。


「痛覚が鈍くても、トラウマもんだろこれ……」


「確かにそうかもしれませんね。きっと、先に意識を奪うのはアブソリュートなりの慈悲なのでしょう。それにしても彼を相手にここまで健闘したのは素晴らしいことです。解除率96%になった時なんて、エントランスは大盛り上がりでしたよ」


「え、そんなにっすか? なんか嬉しいかも」


「えぇ。アブソリュートは基本的に解除率79%を超えることは滅多にありません。それも96%を引き出させるとなると、シグマの三人と、アルファの一部の捜査官だけでしょうね」


「おぉ、マジすか! でもなんで79%なんて半端な数値なんすか?」


「天若さんは、アブソリュートがバーストアビリティや、オーバーアビリティという言葉を言っていたのを覚えていますか?」


「あぁ! かっけぇやつ! 覚えてるっす!」


「脳の制限解除率には三つの壁が存在します。一つ目が40%」


「リリースっすね。早乙女さんから聞いたっす」


「はい。その次、60%の壁を超えることをバーストと言います」


「バースト……かっくいぃ……」


「そして80%の壁を超えることを、オーバーと言います」


「オ、オーver……」


「それぞれの突破方法は明確には解明されていませんが、いずれにしろ死に直面することは最低条件とされています」


「まーた臨死っすか。何回死にかけりゃいいんだか」


「数多の死線を超えた者こそ真の強さを得る。道理には合っていると私は思います」


「確かにまぁ……そっすけど。そんでアビリティってのは?」


「アビリティとは、能力を意味します。バーストした際に得られる能力は五感に通ずる力で、視式ししき聴式ちょうしき嗅式きゅうしき味式みしき触式しょくしきの五種類が存在します。強弱や特異は人それぞれですが、五感のいずれかが極端に鋭くなると考えていただければ分かりやすいですね。視式なら目が良くなり、聴式なら耳が良くなる、といった要領です」


「なるほど。それがバーストアビリティ……やばかっこよ……」


「そしてオーバーアビリティとは、超能力の類いです」


「ちょ、超能力!? テレパシーとか!? サイコキネシスとか!?」


「すみません。私にも詳しくは分かりません。基本的にオーバーに関する情報は全てトップシークレットとなっており、アブソリュートがどんなアビリティなのか、オーバーしている捜査官がいるのかなど、何も開示されていません。それゆえ、存在を疑われることもしばしばあります」


「そ、そっすか。そっすよね、都市伝説でしか聞いたことないっすもんね……」


 ふと我に返ったヒガサ。

 落胆した少年がいたたまれず、村雨が希望を持たせる。


「いえ、そうでもないですよ。アブソリュートは歴代ランカーの戦闘データや脳機能を元に生成されたAIです。どんな能力かは分かりませんが、彼がオーバーアビリティを使えるということはおそらく」


「そっか……! 実在してる可能性が高い!?」


 皆まで言うまいと、村雨はコクりと頷いた。

 同時に少年が目の輝きを取り戻す。

 中二病患者らは、超能力などという言葉は四六時中聞いていたいもの。

 用法用量を守って適度に与えてあげるのが吉。


「ところで村雨さんは解除率どれくらいなんすか?」


「私ですか。お恥ずかしい話ですが79%止まりです」


「す、すげぇ……けどやっぱ80%の壁はなかなか超えられないもんなんすか?」


 少年から発せられた当然の疑問に、村雨の眉はピクッと反応した。

 どうもこの女、態度には何も出さないが眉毛だけは正直なのかもしれない。


「そ、そうですね。傲慢かもしれませんが、バーストしてからは危機的状況に直面することがなくなりまして、80%の壁を超えるのは難しいようです」


「なるほど。強すぎて死にかけることが無いってわけっすね。さすがだわ……あ! つか村雨さんのバーストアビリティって何なんすか!?」


「それは時が来ればお教えします。話を戻しましょう」


 村雨とは正反対に、何でも顔に出てしまうヒガサは「ちぇっ、つまんね」と言わんばかりの生意気な面持ち。

 構わず村雨が続ける。


「なぜアブソリュートが79%という中途半端な数値から上げないのか、という問いでしたね。要するに、80%がオーバーアビリティを解放するかしないかのボーダーラインだからだと考えられているからです」


「考えられているって?」


「えぇ。実はアブソリュートを創造した方はずいぶん前に他界されまして、詳細な仕様などがハッキリ分かっていないのだそうです」


「マジすか。死ぬ前にすげぇもん残してったんすね」


「そうですね。訓練相手としては非常に有用です。ところで天若さん――――」


 と、再びパネルを操作し始めた村雨。

 アブソリュートが強烈なかかと落としを繰り出したシーンに戻して、


「まさかとは思いますが、この時ランペイジ状態になったのですか?」


「あーそうっすね。でも前とは違って、正気を保ててたっつか、コントロールできてたっつか」


「その話、詳しくお聞かせいただけますか?」




※※※※※※




 ヒガサはヒガサの存在や、その動向など、前回のランペイジとの相違点を含めて説明した。

 村雨曰く、シミュレーター上でランペイジを引き起こした前例は無く、今回のヒガサの戦闘データはかなり稀少であるという。

 早急に早乙女にデータを共有し、解析を依頼するとのこと。


「やはり天若さんはその電紋も相まって、何か不思議な力があるように思えますね」


「え、俺、凄いっすか? 俺、強いっすか?」


 母性本能を掻きむしるようなヒガサの反応に対し、村雨は再び眉をピクつかせた。


「しゅ……凄いですよ。こちらを見てください」


 立体映像を終了した村雨は、様々な数値が一覧できる画面をパネルに表示させた。

 闘いの中でアブソリュートが呟いていた、脚力やら腕力やらの評価データである。

 そして最も大きいフォントで記載されているのがクラス。


「今回のアブソリュート戦の結果で、初期クラスが決まりました」


「へ!? 初期クラスを決めるとは聞いてたっすけど、これだけで!? どうして先に――――」


 言葉を封じるべく、ヒガサの眼前に手の平を突きつけた村雨は、


「戦闘前に詳しく説明しようと思ったのですが、聞いていただけそうになかったので割愛しました」


 ぐうの音も出ない少年に、村雨が初期クラスを発表する。

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