第10話 異例
現在、脳の制限解除率が40%のヒガサ。
対するアブソリュートは、たった今解除率60%になったという。
解除率の差がどれほど戦闘に影響を及ぼすか未知だが、アブソリュートの方が明らかに数値は高い。
「バーストアビリティを解放」
というヒガサの中二心を刺激する言葉を機に、アブソリュートはピタッと静止した。
バーストアビリティ、視式、それぞれの言葉の意味をヒガサは知らない。
だが何かが起こる。
根拠は無いが、彼はそう感じていた。
言わば野生の勘というやつだ。
バカげた感覚だが、存外役に立つこともある。
が、アブソリュート相手には無意味だった。
眼球の乾きを潤すための生理現象、まばたき。
それは、約0.3秒の失明とも言える。
アブソリュートはその僅かな間に、ヒガサの視界から消え、一瞬にして距離を詰めた。
そして少年の左目、右腹部、みぞおち、の順番で三連のパンチを叩き込んだのだ。
ヒガサは何もできなかった。
いや、そもそも何かをしようと反応する時間すら与えられなかった。
左目に映る世界は太陽を目視した時のように眩しく、ほば何も見えない。
破裂したと思えるほどの衝撃を受けた左眼球は、もう役に立たないだろう。
腹部やみぞおちに受けた打撃は、内蔵が喉元まで押し上げられたと錯覚するほどの圧力。
意識が飛んでもおかしくないほどの猛攻だったが、ヒガサは歯を食い縛り、吐き出しそうな臓物を飲み込み、倒れまいと四股を踏むように踏ん張った。
そして反撃に転じる。
ニュークとなった自分を過信していた傲慢さ。
ここが仮想空間であることに安堵してしまっている自分の甘さ。
何より自分自身の弱さを思い知らされた気がしたヒガサは、
「なんのこれしきぃぃぁあああ!」
悔しさを拳に乗せ、全力で腕を横に振るった。
しかし、感情でどうにかなる相手ではなく、その右フックは容易くかわされてしまう。
続けてアブソリュートは、目の前を通り過ぎたヒガサの右手をガッチリと掴み、逆の手でその肘を突いた。
無論、手加減など無い。
抵抗できないヒガサの右肘は、曲がってはならない方向にポッキリ。
いつぞやのフラミンゴの膝よう。
痛覚が鈍くなっているとはいえ、ゾッとする角度に曲がった自分の右腕が視界に入る精神的ダメージは絶大。
依然として容赦の無いアブソリュートは、ヒガサの折れた右腕を放さず、そのまま引っ張って体を引き寄せる。
そうして引き寄せられたヒガサの胸部に、非情な膝蹴りをねじ込む。
ボキボキ、或いはミシミシ、いや言葉では表せない痛々しい音が鳴り渡り、彼の肋骨は砕け散る。
これは気合いではどうにもならず、ヒガサは仰向けに倒れた。
真っ白な天井を眺めることしかできないヒガサは、妙な息苦しさを感じていた。
それはアブソリュートに折られた肋骨が肺に突き刺さったことが起因。
本来であれば肋骨の骨折や、胸部の圧迫による痛みは計り知れないだろう。
しかし痛覚が鈍くなっているせいで、色々と気づきづらくなっているのだ。
天を仰ぐヒガサに、止めを刺すべくアブソリュートは足を振り上げ、凄まじい速度で振り落とす。
脚力、重力、遠心力、体重、それらの全てを強固なかかとに集中させて放つ蹴撃技。
そう、かかと落としである。
轟音と共に、衝撃波が四方八方に広がった。
何かが爆発したと言われても納得するほどの突発的な破裂音。
衝撃の波は空間全体を震わせ、地面の亀裂は目まぐるしく広がり、巨大なクモの巣のように部屋全体に染み渡った。
※※※※※
一方、エントランスでは村雨や他の捜査官たちが、ヒガサの闘いを見物していた。
「勝負あり、か」
「大したことねえんだな」
「まぁこんなもんでしょ」
ランペイジを経験した大型新人が入ってくるという噂が広がっていたこともあり、ほとんどが興醒めの様子。
とはいえアブソリュートの強さは全員が理解しているため、同情の言葉もちらほら。
そうして、じきにロビーへ強制転送されてくるであろう敗北者を皆で迎えようとしていた。
が、一向に戻ってくる気配が無い。
すると一人の捜査官が異変に気づき、
「おい! あれ見てみろよ!」
中継映像が映されたモニターを指差した。
それを見た他の捜査官も、
「なんだあの光……?」
「あれ……!? 見ろよアブソリュートの足!」
「えぇ!? おいマジか!?」
何やらざわつき始めた。
※※※※※
アブソリュートの強烈なかかと落としで巻き上がったコンクリートの粉塵。
その中から、幻想的な紫と橙の光が漏れ出していた。
霧散すると思われたヒガサの鮮血は見えない。
仮想空間では血が再現されていない?
否、先ほどヒガサは鼻から出血していた。
だとすれば、
「ふぅ……マジで容赦ねえのな……」
絶体絶命だったヒガサはいつの間にか立ち上がっており、圧倒的に優位だったアブソリュートは右足をへし折られ、跪いていた。
いったい何が起きたのか。
それはアブソリュートのかかとが振り下ろされる寸前に話を戻す。
ヒガサは迫り来る死を感じながら、アマトのことを思い出していた。
弟に恥じないような生き様を見せなければ。
そしてもしこれが現実だったのなら、あの日誓った復讐を果たせずに人生を終えてしまうことになる。
アマトから学んだ強い勇姿、家族の仇を討たんとする使命感、肋骨骨折による酸素供給量の減少、様々な歯車が絶妙に噛み合い、ヒガサの身体に異変が起きた。
その違和が初めに現れたのは電紋。
あの豪雨の日以来ずっと橙だった光に紫が混じり、ヒガサの身体中に強力な電流が走った。
電気は神経を伝い、一瞬にして体の隅々まで広がった。
なんとヒガサは、二度目のランペイジを引き起こしていたのである。
そしてほぼ無意識のうちにかかと落としを避け、ついでに地面に突き刺さったアブソリュートの右足を蹴ってへし折ったのだ。
アブソリュートは折れた右足を庇いながら、
「移動速度、打撃力、共に異常値。戦闘力を維持し、アサルトモードからテストモードへ移行。再測定、開始」
左足に体重をかけてゆっくりと立ち上がった。
ヒガサは軽く二、三回ジャンプした後、左手を振るって、
「うん。動けるな。こっちは……」
右手を挙げてみたが、肘から先は力が入らないことを確認。
「ダメか。でもやれるな、まだ」
腕を折られても、心は折れていないヒガサは闘志を燃やす。
双方がハンデを背負ったものの、闘いはまだまだ続く。
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