魔王軍の噂
教会の掃除をしたのちも、レイヴンとアリスは村の手伝いをして回った。
そして、村人たちに手伝い賃として、野菜やら、肉やら、パンやらが入った袋を貰ったりしていた。
アリスは断っていたが、半ば強引に受け取らされていた。
「どうですか。感謝されるってのはいいものでしょ?」
アリスは笑いながらレイヴンに言う。
「人間風情に感謝などされたくはない。私は魔族だ。人間の敵なのだ」
「レイヴンさん、そんな強情を張らないでください。感謝は素直に受け取っておくものです」
そう言ってアリスは澄ました顔をするが、レイヴンは興味なさそうに返す。
「お前だって、魔族に感謝されるのは嫌だろう?」
そう聞き返すと、アリスはきょとんとした顔をする。
「なんでです?」
「いや、なんでって」
「魔族であろうと人間であろうと、感謝されたら嬉しいでしょう?どうして拒むんですか?」
レイヴンは思い悩む。
この素直さがアリスが聖女たる所以なのかもしれない。
『封魔と使役の腕輪』を持っていたとはいえ、人間の脅威であり恐怖の対象である魔族を助けることを躊躇しないのは、この素直さと人の良さがあるからかもしれない。
「そんな素直だと、いつか誰かに騙されて生贄にされるぞ?」
そう言うとアリスは笑う。
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私は人間も魔族も、分け隔てなく接したいと思っていますから。そして、そうやって人と魔族が仲良く暮らすことを夢見て、日々修行しているのです」
そう言い切るとアリスとレイヴンは宿屋に入る。
そして、宿屋の主人を呼び、野菜と肉が入った袋を主人に渡す。
「宿にタダで泊めて下さってごめんなさい。もしよろしければ、この野菜と肉を受け取ってください」
宿屋の主人は驚いた顔をした。
「あら、いいのかい。そんなに気を使わなくても……」
「いえ、これはお礼です。村の方々の手伝いをしたら、こんなにたくさん野菜やお肉をくれたんです」
宿屋の主人は、袋の中身を確認する。
その中には、宝石のように光るトマトや、肉汁がしたたりそうな、美味しそうなソーセージが入っていた。
「こんなにたくさん……いいのかい?」
「ええ、どうぞ」
宿屋の主人は、その袋を大事そうに抱えながら、何度もお礼を言った。
そして、中身を整理しながら、何かを思い出したかのように、二人に話す。
「ああ、そういえば、最近この近くを魔族が跋扈しているようで、ちらほら目撃情報があるようですよ」
その言葉に、レイヴンはドキッとする。
まさかこんなところで魔族に関する話を聞くとは思わなかったからだ。
「あら、そうなんですか?怖いですね……もしかしたら、何処かに避難する必要があるかもしれませんね」
「ええ、出来ることならそうした方がいいかと思いますよ。噂によると、その魔族の中には、元四天王もいるとかで……なぜこんな平和な村に、魔族四天王がいるのかはわかりませんが……」
宿屋の主人は不安そうな顔をする。
アリスも「魔族四天王」と聞いて、少し考えてしまい、レイヴンを心配そうに見つめると、すぐ笑顔に戻った。
「まあ、なんとかなるでしょう。それに、まだ魔族四天王が村を襲撃するとは決まっていません。もしかしたら、旅の途中で立ち寄ったのかもしれませんし」
アリスは自分まで心配そうな顔になると、宿屋の主人を不安がらせると思い、ニッコリと笑いながら話した。
その笑顔を見て、宿屋の主人は安堵したのか「そうかもしれませんね」と言って笑った。
しかし、レイヴンはその話を聞き、心の中で思う。
(確かに、俺は『封魔と使役の腕輪』を嵌められているが、魔王軍に合流すれば、この腕輪が外せるかもしれない。
もし外せなかったとしても、私は元々「最弱四天王」なのだから、戦いよりも知略・治世で補佐をすることは可能だ……)
アリスとレイヴンは二人で宿の部屋に戻る。
宿の料理を待っている間、二人は黙って見合わせる。聖女は、目を瞑って祈りを捧げている。沈黙に耐え切れず、レイヴンが口を開く。
「なあ、アリス」
レイヴンはアリスに声をかける。ゆっくりと目を開き、返事をする。
「はい、なんでしょう」
「お前は、最初の時に『旅をしている』と言った。それは何故なんだ」
アリスは暫く考えて、微笑みながら返す。
「そうですね。それは大聖女になるため、でしょうか」
「大聖女、ねぇ……それは、旅をするだけでなれるものなのか?」
「それはわかりません。大聖女というのは、聖女の中でもごく一部がなれるもの。もちろん、教会で神に祈るだけでもなれた、という人は文献に書かれています。ですが……」
アリスの言葉の途中で、ソーセージと野菜の炒め物とパンが運ばれてくる。二人は、薬草とスパイシーなにおいにそそられて、お腹を鳴らしてしまう。
二人はお互いに見合わせて、少し笑い、宿屋の女将から料理を受け取ると、すごい勢いで食べ始める。
ソーセージは噛みしめるたびに肉汁が飛び出してきて、濃厚な旨味が広がる。それをパンで噛みしめ、そして野菜を食べる。今度は、野菜の爽やかな味わいと、シャキシャキとした歯ごたえが心地よく、気が付けば二人はあっという間に料理を平らげてしまった。
アリスはお腹が一杯になると「もう疲れたな……」と言いながら、ベットに横になる。
そのまま寝息を立てると、眠ってしまった。
「むにゃむにゃぁ……もう食べられないよ……」
アリスが、かわいい寝言を発している。
レイヴンはアリスの頬を少し叩き、熟睡をしたのを確認すると、部屋をそっと抜ける。
『封魔と使役の腕輪』が光り「主人から離れている」ということを警告するが、レイヴンは無視して、村を出る。
噂は噂だし、目撃情報は目撃情報だ。
不確実である。
だがそれでも、魔族の誰かを捕まえることが出来れば、そこから取り次いで、魔王軍に復帰できる確率はぐっと高まる。
さらに、運が良いことに噂通り四天王がいれば、魔王軍に戻れる確率は高まるだろう。
レイヴンは森の中を全力疾走し、そして魔族の仲間を探し続けた。
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