農業のお手伝い

 レイヴンは畑を耕していた。

 ――その経緯はこうだ。 


 アリスはレイヴンと共に村人の困っていることを訪ねながら歩いていた。

 すると、一人の農夫が体調が悪くて、畑を耕すことが出来なくて困っていると、アリスに打ち明けたのである。

 アリスはそれを聞いて、すぐさまレイヴンに手伝うことを指示したのである。


 しかし、レイヴンは、まかりなりにも四天王であり、そして没落貴族なのだから、畑仕事なだけに畑違いということで、断固拒否した。


 そこで『封魔と使役の腕輪』の出番である。


 アリスが呪文を唱えると、その腕輪がギリギリとレイヴンの腕に食い込み、そこから魔力を放出して、レイヴンに苦痛を味合わせたのだ。


「痛い痛い!痛い痛い痛い!痛い痛い痛い痛い!!」


 レイヴンは地面にのたうち回り、腕輪を取ろうとするが、しかし肌に食い込んで離れない。


「わかったわかった!畑仕事を手伝う!だから勘弁してくれ!」


 そう言うと、アリスは満足そうな顔をして、呪文を唱えるのをやめる。


 村人は、レイヴンの苦痛に歪む顔を見て少し不憫に思った。

 しかし、アリスが「この程度は蚊が刺されたくらいにしか感じませんよ」と言うので、そういうものなのか……と思って納得したのである。

 レイヴンとしては「ナイフで腕を切り刻むような痛みを与えてくる蚊がいてたまるものか」と思ったが、またアリスが呪文を唱えて激痛が走るのが嫌なので、黙っておいた。

 

 魔族であり、没落貴族であったとしても、怖いものは怖いし、嫌なものは嫌である。


 ――そういうわけで、レイヴンとアリスは畑仕事を手伝っているわけである。

 病で働けない農民も、レイヴンとアリスの働きっぷりを見て、嬉しそうである。

 レイヴンは、慣れない畑仕事だったからか、最初は手こずってはいた。

 クワを振り下ろす手も不安定で、土壌も均一に耕されておらず、ところどころに耕されていない場所が残っているのだ。

 農夫はそんな様子を見て、優しくレイヴンを指導する。


「レイヴンさん、ここはこうやって耕すんです」


 農夫の優しい指導により、レイヴンも少しづつ鍬の使い方を学んでいった。

 しかし、鍬は重いし、体力を使うしで、肉体労働に慣れていない魔族のレイヴンはだいぶ疲れていた。

 そして、だいぶ畑を耕したあと、汗を滝のように流しながら、レイヴンは木を背もたれにし、膝を抱えながら、休憩をしていた。


 すると、ふとレイヴンは頬に冷たいものが当たるのを感じた。

 感触がした方を見ると、アリスが水の入ったバケツを持っている。中には、魔力で作ったであろう氷が浮かんでいる。


「お疲れ様でした、レイヴン」

 アリスはそう言って、木のコップに水を汲み、それをレイヴンに手渡す。

「……ああ」

 レイヴンは水を受け取ると、一気に、喉を鳴らしながら飲み干した。

「……うまい……」

 アリスはレイヴンの額に浮かんだ汗を拭う。

「随分と汗を掻いたようですね」

 しばらくすると、農夫とその妻らしき人が、パンとチーズ、それに干し肉の欠片を運んでくる。


「だいぶ慣れない農作業で疲れたでしょう。これでも食べて元気を出してください」


 農夫は笑顔でそう言った。


「ありがとうございます!」


 アリスはお礼を言い、そしてレイヴンは軽く礼をする。そして、その小さくて不格好ながらに、手作りの温かさを感じさせるパンを受け取る。

 そして、レイヴンはパンを口に含むと、麦の風味が体に染み渡るような、優しい味がした。


「うまい……こんなもの、食べたことない……」


 それはレイヴンの率直な感想だった。


「チーズも美味しいですよ、レイヴンさん」


 そう言いながら、アリスはチーズを小さくちぎり、そしてレイヴンの口へと近づける。

 レイヴンは恥ずかしさを誤魔化すためにも、アリスの手からぶっきらぼうに奪い、口の中に入れる。

 すると、チーズの濃厚な味、山羊の乳のまろやかな風味が、口内に広がった。

 それは今まで味わったことがない、美味しい食べ物であった。


「ね、美味しいでしょ?」

 アリスはレイヴンを見て同意を求める。

「ああ、うまい……」

 レイヴンは素直に、アリスに同意した。

 アリスは笑顔のまま、レイヴンのほうを見つめる。農夫とその妻はそれを微笑ましく見守っている。

 なんだか気恥ずかしさを感じて、レイヴンはその場から離れるかのように、クワを持って畑へと向かう。

 アリスは木陰その姿を見ながら、レイヴンのことを好ましく感じていた。


 レイヴンはまかりなりにも貴族であり、魔族四天王まで上り詰めた男。

 昼頃になると農作業のコツをすっかり掴んでおり、農夫に褒められるくらいには、畑仕事が出来るようになっていた。


「レイヴンさん、もうすっかりクワの振り方が様になってますな」


 農夫は嬉しそうにそう言った。

 レイヴンが褒められているところを聞いて、アリスも嬉しそうに種を巻く。

 レイヴンは人間に褒められるのが照れ臭くなって、それを誤魔化すために、ますますクワを持つ手に力が入る。


 農作業をしていると、段々と日が傾いてきて、そろそろ夕方になり始める。


「やればできるじゃないですか!」


 アリスは嬉しそうにレイヴンに駆け寄り、汗を拭いてあげる。

 農夫と妻はアリスとレイヴンに深いお辞儀をした。


「本当に助かりました。十分休むことが出来ましたので、明日からまた畑を耕せます。これも全部、アリス様のおかげでございます」


 農夫は涙を流しながら感謝をする。それに対して、聖女も笑顔で答えた。


「いえ、私は大したことをしていませんよ。お礼なら、この男にも言ってください」


 聖女はレイヴンを指しながら言うと、農夫は改めてレイヴンにもお礼を言う。


「ありがとうございます。どうやら慣れない畑仕事だったようで、大変苦労されたと思います。本当にありがとうございました」


 レイヴンは農民に感謝の気持ちを向けられると、どこかむず痒い気持ちになり、照れ隠しもあってか、わざと不機嫌な態度を取って、そっぽを向く。


「レイヴン。ちゃんと返事なきゃだめですよ」


 そう言いながら、アリスは呪文を唱えようとする。

 レイヴンは慌てて、農夫に返事をする。


「あ、ああ。別に大したことはしていない。この程度は容易い御用だ」

「よく言えました」


 アリスは満面の笑みを浮かべてレイヴンの頭を撫でる。


「お、おい!やめろ!」


 しかしアリスは止めずに、撫でるのを続けた。

 農夫とその妻は、その光景を微笑ましそうに見ていた。

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