用意

朝になって宿屋で朝食を食べたら、

エステリアとフィエゴは

別々の行動を取る。

エステリアはフィエゴから

モータへの伝言を預かって

モータの家へと向かい、

フィエゴは昨晩に宿屋の

店主から借りてきたある物を

参考にしながらイメージを練る。

モータとエジンを繋ぐ思い出。

それは何も、モータから

聞き出す必要はなかったのだ。

見送られる側であるエジンにも、

モータとの思い出があって当然なのだから。

そして、その答えはあっさりと

エジンから得ることができた。

だから今日は、モータへの報告は

エステリアに任せて、

フィエゴは花火作りに集中する。

馬車の荷台から

魔結晶が入った箱を下ろし、

宿屋の裏にある物置小屋に移動した。

昨晩のうちに許可はもらっており、

この小屋を工房の代わりにする。

広さはあまりないが、

作業をするには十分だ。

使わなくなった道具や家具が

散乱していたのを片付けて、

フィエゴは作業を開始した。


「イメージはもうできた。

あとは形にするだけだ。」


この世界に花火の概念はなかった。

それはつまり、花火を作るための

道具も材料も何もかもが

存在していないことを意味する。

だから、フィエゴは作ったのだ。

いくつもの失敗と挫折を繰り返し、

フィエゴが憧れた花火を

追い求め続けてきた。

年数にして16年。

今となってはフィエゴの名前も花火も

カスタ王国中で有名になったが、

今もなお探求をやめない。

いつまでも自分を磨き続けるフィエゴの

背中を見て育ったエステリアは、

そんなフィエゴに感化されて

自らの意思で助手になってくれた。

フィエゴの花火にかける情熱は、

他の人にまで影響しているのだ。


「さぁ、頼むぞ俺の魔力。」


ここからは、フィエゴが

今までに培ってきた技術と魔力を

発揮して花火を作る時間だ。

だがその前に、魔結晶について

もう少し掘り下げた話をしよう。

魔結晶とは、この世界に存在する

特別な石のことであり、

炎、水、風、土、雷、氷の

6属性のうちのいずれかの属性の

魔力を有している。

有している属性ごとに

魔結晶は色が別れていて、

炎なら赤、水なら青、風は緑、

土は黄色、雷は紫、氷は白なのだが、

魔力を使い果たした魔結晶は

夜のように真っ黒になる。

だが、黒の魔結晶は魔力を込めることで

また使えるようになり、

魔結晶に魔力を込めるための

訓練を受けている人がいる。

フィエゴもその訓練を受けており、

魔力を失った空っぽの魔結晶に

魔力を注ぎ込むことで、

火薬の代わりとなるのだ。


「大切なのはイメージだ…。

夜空で咲いた時のイメージ…。」


そして、今フィエゴがやっているのが、

魔結晶に魔力を込める作業だ。

長年の努力の成果もあって、

フィエゴは自身の炎属性の魔力の色を

赤色以外にすることができる。

赤、青、緑、黄、白…。

様々な色の炎の魔力を

丁寧に魔結晶に注ぐと、

色鮮やかな魔結晶が出来上がる。

そうして色をついた魔結晶を

氷属性で作った半球に敷き詰め、

同じ物をもう一つ作って

二つを合わせたら完成だ。

導火線となる魔結晶や

それぞれの仕掛けに応じた

工夫を施した花火玉は、

フィエゴの努力の結晶だ。

前世から持ってきた知識と情熱が

あってこそのものだが、

この世界の人々を感動させるには

それで十分であった。


「兄様、ただいま戻りました。

モータ様への伝言を伝えましたところ、

無事に御了承いただきました。」


「おかえりエスティ。

こっちの準備も順調だ。」


エステリアは役目を果たしたようだ。

必要な情報を隠した上で

モータを説得するには

それなりに苦労するだろうと

フィエゴは思っていたが、

エステリアは見事に

モータを説得してくれた。

きっと今頃、モータは

気になって仕方ないはずだ。

昨日あれだけ時間を使っても

何もいい案が浮かばなかったのに、

一晩過ぎたらフィエゴの方から

解決したと一方的に知らされて、

しかも内容は伏せられている。

フィエゴとエジンが接触したことさえ

秘密にしているのだから、

モータが気になるのは

当たり前のことだ。


「楽しみにしててくれよ。」


フィエゴはそっと呟いて、

魔結晶に魔力を注ぎ始める。

今回作る花火は少ないが、

その分大きくて派手な

花火にする必要がある。

だから一切手を抜かず、

一つ一つの花火に情熱を込める。

そして、それから2日の間に、

フィエゴは花火達を完成させた。

その間、助手であるエステリアは

エジンが乗る西大陸行きの船から

よく見えそうな場所を探したり、

パーサート領の領主の

キカサの屋敷に行って

花火を打ち上げることを報告した。

キカサは快諾してくれたようで、

フィエゴへの差し入れとして、

骨煎餅をエステリアに持たせてくれた。

そして、迎えたエジンの旅立ちの日。

エステリアが探した場所に

打ち上げ用の装置を設置して、

花火玉を投入した。

その時が、刻一刻と迫っていた。

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