昼ご飯

しばらく海を眺めてから

フィエゴが家の中に戻ると、

エステリアがエプロン姿で

玄関まで迎えにきてくれた。


「兄様、お昼はモータ様が

ご馳走様してくださるそうですっ。」


一体、フィエゴがいない間に

どんな話をしていたのか、

モータの厚意で

昼食を用意してくれているらしい。

エステリアはそのお手伝いをしていて、

新鮮な魚介類と見慣れない器具を前に

興奮しているようだった。

最近はすっかり大人になって、

笑顔を見せることが減っていたが、

こうしてまたエステリアの

笑顔を見ることができて嬉しかった。


「それは嬉しいな。楽しみにしてるよ。」


フィエゴが笑顔で答えると、

エステリアは台所へ戻っていく。

あとどれくらいの時間で

料理ができるのか分からないので、

フィエゴは先程までいた部屋に

戻って魚拓を観察することにした。

全長にして約2メートル。

フィエゴの体格よりも

遥かに大きい魚のようだ。

日付けは今から4年前のもので、

端の方にマギロと書かれていた。

おそらく、マグロのような

魚なのだろうとフィエゴは思った。

そして視界に入ったのは、

小さな写真だ。

手に持って見てみると、

そこには二人の男が写っていた。

一人はモータだと分かるが、

もう一人は誰だか分からない。

どこかで見たことがあるような

ないような悩ましい顔で、

有り体に言えば、

どこにでもいそうな顔をしている。

他に写真は一枚もないので、

おそらくだが、エジンというのは

この写真の男なのではないかと思う。

あとでモータに聞いてみよう。


「フィエゴさん、お待たせしました。

今朝揚がったばかりのものを乗せた、

新鮮な海鮮丼です。

お口に合うかは分かりませんが、

どうぞ召し上がってください。」


部屋に戻ってきたモータが

お盆に乗せていたのは、

海の幸を贅沢に乗せた海鮮丼だった。

赤身や白身など、

前世で見たような魚ばかりだが、

きっと微妙に名前は違うのだろう。


「この方があのフィエゴさん?

あらまぁ、話に聞いてたよりずっと

男前でかっこいいじゃないのっ。」


「こら、あまり失礼なことを言うなよ。」


モータの後ろから現れたのは、

笑顔が素敵な女性であった。

ふっくらと膨らんだお腹からは

新たな命の風を感じて、

彼女が何者なのか容易に想像できる。

モータは彼女を大きな椅子に座らせて、

フィエゴに向き直った。


「すいません、フィエゴさん。

こちらは妻のアクルです。

ずっと前からフィエゴさんや

花火に興味があったそうで、

フィエゴさんが来たと知って

ベッドから下りてきたんです。」


ベッドから下りてきた、ということは、

あまり無理をしてはいけない

時期ということだろう。

フィエゴに妊娠の経験はないが、

前世では妊婦の人を

たくさん目にしていたので、

その大変さは少し分かる。


「初めまして、アクルさん。

フィエゴ・シエロノーテといいます。

今日はモータさんの依頼で

こちらにお邪魔しているのですが、

ぜひ、この機会に俺の花火を

楽しんでください。」


「えぇ、楽しみにしてるわ。」


挨拶が終わったところで、

エステリアも部屋に戻ってきた。

フィエゴとエステリア、

モータ、アクルの四人でテーブルを囲み、

新鮮な海鮮丼をいただく。

モータに魚のことを聞くと、

一つ一つ丁寧に教えてくれた。

ただ、フィエゴの予想通り、

どれもこれも前の世界にいた

魚と名前が違うだけだった。

マグロに似たマギロ、

サーモンに似たシーモン、

サバに似たザバ、

タコに似たハコなどなど、

フィエゴの舌に覚えのある

味だらけで安心した。

エステリアが手伝ったという

付け合わせのスープは、

みそ汁のような雰囲気があり、

思わず息が洩れてしまう。

食べ物を発酵させるという

発想はこの世界にはまだないようで、

厳密にはみそではないのだが、

それでもこの美味しさなら、

この世界の食文化は

かなり発展している。


「ご馳走様でした。」


お腹が満たされると、

不思議と眠気が襲ってくる。

昨夜は遅くまで起きていたのもあって、

フィエゴはウトウトしてしまう。

しかし、仕事で来ている以上は、

うたた寝などしていられない。

エステリアが食器の片付けを

買って出てくれたので、

フィエゴはモータとアクルに

エジンのことについて聞いた。

エジンのことを思い出せば、

自然と印象深い出来事を

思い出すことができるはずだ。


「そうね…。私が初めて会った時は、

とにかく変な人って感じだったわ。

今はもう随分見た目は老けたけど、

当時はまだ見た目は普通なのに、

普通の人とは違う感性を持ってて、

他の人のことなんて

全然気にしてなかったから。

友達もあまりいないみたいで、

夫以外の人と話してるところなんて

ほとんど見たことがないくらい。」


「私も似たような感じです。

第一印象こそ覚えてませんが、

独特の雰囲気や考え方は

いつも持ってました。

ただ何というか、

すごく物忘れが激しいと言いますか、

昨日会ったばかりの人でも

次会う時には忘れてることが多いんです。

俺達が結婚した時だって、

何回アクルを紹介したか分かりません。」


二人から得られた情報を

フィエゴなりに噛み砕いてみるが、

普通の人とは違う感性を持っていて、

人の名前を覚えるのが苦手、

というくらいしか

エジンの人物像が掴めず、

結局この日は解散となった。

まだ陽が落ちるには時間があるが、

いつまでも馬車を

隣りの家に置いておくわけにもいかないし、

宿も探す必要がある。

それに、一晩の時間を与えれば、

モータとアクルが何か

思い出すかもしれない。

作業の時間も考えて

明日中には結論を出したいところだが、

果たしてどうなるだろうか。

いい結果が出ることを祈って、

フィエゴはモータから紹介された

パーサート領にある宿を目指した。

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