再び
しかし、モータから話を聞いても
満足のいく成果は得られなかった。
パーサート領の東にある川で
よく一緒に遊んでいたとか、
学校では他の仲間達と共に
先生にイタズラをしていたとか、
そういうありきたりな
少年譚しか出てこなかったのだ。
何もいいアイデアが浮かばず、
フィエゴが頭を抱えていると
扉をノックする音が聞こえた。
「今日は客が多いな…。
すいませんフィエゴさん。
少し席を外します。」
「どうぞお構いなく。」
玄関の方へモータが歩いていくと、
フィエゴは改めて
部屋の中を見渡してみる。
立派な魚拓がいくつも並び、
一際目を引く魚拓の横には、
小さな写真も飾ってあった。
よく見えないが、
二人の人間が写っている。
うち一人がモータだとするなら、
多分もう一人は一緒に釣った人間なのだろう。
魚拓以外には、漁に使う道具や仕掛けが
綺麗に整頓されていて、
エステリアも興味を持ったようだった。
「これはどうやって使うのでしょうか…。」
などと言いながら、道具を眺めている。
一通り部屋の中を見たフィエゴは、
目を閉じて視覚以外の五感を使ってみる。
すると、ここが漁師の家だからなのか、
それとも海の近くの家だからなのか、
家の中は潮の匂いがした。
耳を澄ませば微かな波の音が聞こえて、
モータと誰かの話し声も聞こえる。
やがてそれが終わると、
扉が閉まる音がした後に
モータが部屋へと帰ってきた。
「すいません、お待たせしました。
ただの業務連絡でした。」
モータが戻ってくると、
エステリアは椅子に座り直して
一つ咳払いをした。
そんなエステリアの様子を見て、
モータは部屋を見渡す。
普段自分が生活しているのだから、
モータにとってこの部屋の物は
当たり前にそこにある物だ。
しかし、外から来た人間にとっては
どれも目新しい物ばかりで、
モータもそれを理解した。
モータは少し笑ってから、
近くにあった竿を手に取った。
ただ、竿というには随分短いように見える。
「これはハコ用の釣竿で、
短くて硬いのが特徴です。」
ハコ、というのはこの世界の生き物で、
元いた世界のタコによく似ている。
全体的に灰色の見た目をしていて、
頭と7本の足を持つ海の生き物だ。
普段は岩などに擬態して
姿を隠しているのだが、
獲物が近づいてきた時には
足についたたくさんの吸盤で絡みつき、
丸ごと食べてしまうのだ。
そのハコを釣るための竿の特徴は、
短くてとても硬いことだ。
ハコは海の生き物の中では
頭のいい部類に入り、
人間に釣られそうになったら、
岩にしがみついて抵抗する。
吸盤の吸い付き力はとても強く、
他の竿で釣ろうとすると
簡単に竿が折れてしまう。
だから、ハコのための竿は
折れないように頑丈にできている。
……と、モータが教えてくれた。
正直、フィエゴにはあまり
興味のない話であったが、
エステリアは真剣に聞いていた。
釣りどころか海さえ
あまり行ったことがないので、
新たな世界の話が面白いのだろう。
「それで、こっちは───」
モータの話が長くなりそうだったので、
フィエゴはそっと部屋を出た。
その方面の話にフィエゴが
興味を持っていないことは
モータも察したようで、
特に何も言わずにエステリアに喋り続けた。
一度家の外へ出て伸びをすると、
視界の端に人影が映る。
「無事に会えたみたいでなによりだぁ。」
まるでフィエゴのことを
待っていたかのように、
人影はフィエゴの前に現れた。
そして、その田舎臭い喋り方と、
繋がったもみあげとアゴ髭を見て、
フィエゴはすぐに思い出した。
「先程はありがとうございました。
おかげで時間を無駄にせずに済みました。」
パーサート領に着いた時、
モータの家の場所を
教えてくれた男だった。
フィエゴがお礼を言うと、
男はにんまりと笑って
タバコとマッチを取り出した。
男はフィエゴの方にタバコを
差し出してきたが、首を横に振った。
男は特に強要することなく、
タバコを咥えてマッチを擦った。
この世界のタバコは匂いが強く、
タバコを吸って煙を浴びることで
体に匂いをつけているのだ。
言うなれば、吸うタイプの香水だ。
体に害はないらしいが、
あまり匂いの強いものを嗅ぎ過ぎると
鼻が効かなくなってしまうので、
花火師であるフィエゴは
吸わないようにしている。
花火が咲いた際の煙の匂いも、
花火の楽しみの一つなのだから。
「綺麗な海だと思うだろぅ?」
男は煙を吐きながら、
穏やかな海を見て言った。
男の視線に釣られて、
フィエゴの海を見る。
どこまでも続く青い海と空。
この場所からだと、
水平線の向こう側には
西大陸があるはずだが、
遠すぎて何も見えない。
「おいら、この海が好きなんだぁ。」
遠い目をする男の言い方に、
フィエゴは寂しさを感じ取った。
まるで、もうこの海が
消えてしまうかのような、
そんな言い方だったから。
しかし、フィエゴは踏み込まない。
今のフィエゴには
やることがあるのだから。
パーサート領のことを
よく知っていそうな男に
色々と聞いてみたいことはあるが、
それは今でなくていい。
「どこの誰だか知らないけど、
モータのこと頼むだぁ。」
男はタバコの火を消すと、
持っていた缶に吸い殻を入れた。
そして、それ以上は何も言わずに、
何も聞かずに去っていった。
遠くなっていく背中を見て、
フィエゴは少しだけ後悔する。
男はモータのことを
少なからず知っているような
様子だったから、
モータに関することを
聞いておけばよかった。
しかし、この時に何も聞かずにいたことは、
ある意味正しかったかもしれない。
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