訪問

馬車に揺られること3時間と少々。

フィエゴとエステリアは

パーサート領にやってきた。

パーサート領は海に面した港町で、

水産物を中心に生計を立てている。

フィエゴが住むシエロノーテ領は、

マイモロコシという

トウモロコシにそっくりな作物を

栽培することで生活していて、

パーサート領とはよく取引をしている。

なんでも、フィエゴの父であり

シエロノーテ家の当主である

マチス・シエロノーテと、

パーサート家の当主の

キカサ・パーサートは、

同じ低級貴族として交流があり、

昔から仲良くしているそうだ。


「モータさんは来てるかな…。」


急な手紙だったので、

もしかするとまだ見ていない可能性がある。

モータの住所までは聞いていないので、

モータ本人か家族などの親しい人が

迎えに来てくれると非常に助かるのだが、

果たして、誰か来てくれるだろうか。

来てくれなければ、

モータの家を求めて

あちこちを回らなければならない。

と、フィエゴが僅かな不安を抱いた時、

フィエゴ達の馬車の前に

一人の男が現れた。


「そこのお人、ここに何の用だぁ?」


歳は30歳前後で、

少しばかり田舎臭い話し方をする男。

細身の体には似合わず

もみあげとアゴの毛が繋がっていて、

無垢な動物のような

丸い目をしている。

他の地域からの人間が珍しいのか、

男はフィエゴ達を見上げながら

首を傾げる仕草をする。

まるで、猿のような男だ。

しかし、フィエゴからすれば

これはチャンスかもしれない。

周囲を見渡す限り

この男の他に人影はないので、

おそらくモータからの迎えはない。

だが、この男に案内してもらうことができれば、

無駄に馬を歩かせずに済むのだ。

この男がモータの家を

知っていればの話ではあるが。


「俺はフィエゴ・シエロノーテと言います。

モータさんからのご依頼で

訪ねてきたのですが、

モータさんのお宅はどちらでしょうか。」


フィエゴがそう名乗ると、

男は更に首を傾げた。

フィエゴの名前は

カスタ王国中に広まっているはずだが、

男には聞き覚えがなかったのだろうか。

しかし、男は少し考えた後で、

まぁいいかと言わんばかりに

フィエゴ達の前の道を空けた。


「モータの家は海沿いの

三つ並んだ家の真ん中だぁ。」


男が指差す方へ視線を向けると、

いくつかの船が見える。

ゆらゆらと揺れる船の横に、

三つの家が並んでいた。

水産物で生計を立てているだけあって、

一家に一隻は船を持っているらしい。


「ありがとうございます。助かりました。」


「あぁ、あいつによろしくなぁ。」


男にお礼を言ってから

教えてもらった家を目指した。

馬車を止める場所を

見つけるのに苦労したが、

モータの家の隣りの家から

出てきたおじいさんが

場所を貸してくれたおかげで、

無事にモータの家の

扉を叩くことができた。

港がある地域というのは、

活気があってみんなが優しいと

話には聞いていたが、

ここまで親切にされると

こちらが気を使ってしまいそうになる。


「えぇっ!?フィエゴさん!?

ちょっと早すぎませんか!?」


家から飛び出してきたモータは、

フィエゴが書いた手紙を

手に持ったままであった。

さっきまで仕事をしていたのか、

モータからは海の匂いがする。

察するに、仕事を終えて一息ついて、

休憩がてら手紙を読んでいたのだろう。


「急な訪問をしてしまって

申し訳ありません。

あまり時間がないので、

どうしても早急に

モータさんとお話をしたかったんです。」


「え、あ、そうでしたか…!」


手紙に大体のことは書いているので

わざわざ口で説明する必要はないのだが、

フィエゴが口で言ったことで、

モータはどうにか今の状況を理解して

話を飲み込むことができたようだ。

モータはフィエゴとエステリアを

家に招き入れてくれて、

お茶まで出してくれた。

モータの家系は代々、

漁師を生業としているようで、

壁のあちらこちらに

立派な魚拓が飾られていた。

フィエゴは魚のことは

ほとんど知らないので、

魚拓を見たところで

何の魚なのかは全く分からない。

魚拓を残しているくらいだから

きっといい魚なのだろうと、

何となく思っていた。


「それにしても、よく家が分かりましたね。

パーサート領っていうくらいしか

言ってなかったはずですが。」


モータがそう思うのも無理はない。

フィエゴが普段依頼を受ける時は、

依頼主の住所や職業などの

プライベートな面は

基本的に聞かないのだから。

フィエゴはただ、依頼主の依頼通りに

花火を打ち上げに行くだけだ。

だが、今回のことを踏まえて、

今後は依頼主の住所くらいは

聞いておいた方がいいかもしれない。


「えぇ、もちろん知りませんでした。

ですが、親切な方が教えてくださったので、

遠回りをせずに済みました。」


「そうでしたか。

この港町に住んでいる者は、

いつでも明るく優しい人間であるようにと

領主様から言われているので、

フィエゴさんがそう言ってくだされば、

領主様も喜んでくださるでしょう。

…それで、今日はどういった要件ですか…?」


フィエゴがここまで来た理由、

それはモータと友人との間の

思い出から花火を作ろうという、

新たな発想があったからだ。

手紙にもその旨は書いているが、

おそらくモータの頭からは

手紙のことなんて

抜け落ちてしまっているのだろう。

しかし、フィエゴは咎めることなく

落ち着いた様子で話した。


「今回のご依頼ですが、

大切なご友人様に贈る花火ということで、

ぜひお二人の思い出を

花火にして打ち上げたいと考えているんです。」


ここまで来た経緯を、

フィエゴは丁寧に説明した。

モータは最初の方は

よく分からないといった様子だったが、

フィエゴの熱意が伝わったのか、

フィエゴの意図を理解してくれた。

しかし、モータは頭を悩ませる。


「う〜む…、あいつとの思い出ですか。

思い出はたくさんあるんですが、

特別何か印象深い思い出なんて……。」


聞けば、モータの友人──

名前はエジンというらしい──は

パーサート領とは別の港街の出身で、

幼い頃に不慮の事故で両親を亡くして

パーサート領に引っ越してきた。

モータとはいつの間にか仲良くなり、

いつも二人で遊んだりして

兄弟のように育ってきたらしい。

親を失ったエジンだったが、

モータとの関係が続く中で、

家族といる時の温もりを

感じていたそうだ。

そして、モータは父親の跡を継いで

パーサート領で漁師に、

エジンは中央大陸から離れて、

西大陸にある研究所で

呪いや呪物の研究員になるらしい。

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