今日のフィエゴの朝は遅い。

山の向こうから太陽が顔を出して

空高くまで昇ってから、

やっとベッドから体を起こす。

寝巻きから着替え、

一階の洗面所で顔を洗う。

朝ご飯…というより昼ご飯に、

キッチンに置いてあった

サンドイッチを掴むと、

フィエゴは屋敷の裏庭にある

工房に足を運んだ。


「おはようございます、兄様。」


帳簿を片手に工房で

作業をしていたのは、

妹のエステリアであった。

腰まで伸ばした美しい銀髪と

整った顔立ちが相まって、

人形のようにかわいらしい。

フィエゴとは3つ違いの16歳で、

花火師として活動している

フィエゴの助手をやってくれている。

工房という肩書きとは裏腹に

中はすっきりとしており、

暑苦しい雰囲気はない。

椅子が四つとテーブル、机が一つ、

赤や青などのカラフルな箱が

大小合わせて20個程あり、

大きなすり鉢のような器と

工具のような棒が数本、

そして、腰の高さくらいの広い鉄板のような

台が工房の真ん中に鎮座している。

窓の外からは陽光が差し込み、

エステリアの姿を幻想的に見せてくれる。

この工房は元々ただの物置小屋だったのだが、

フィエゴが改造に改造を重ねて

今のような工房になった。


「おはよう、エスティ。」


今彼女がやっていたのは、

花火の主な材料となる

魔結晶の在庫の確認であった。

魔結晶というのは

この世界に存在する特別な石で、

魔力を貯蓄することができる。

この世界の魔力には

炎、水、風、土、雷、氷の

全部で6つの属性があり、

誰でも産まれた瞬間に

一つ以上の魔力の適性属性がある。

そして、魔結晶は自分の持っていない魔力を

補うためのものであり、

それぞれ専用の魔道具と組み合わせて

顔を洗うための水を出したり、

料理のための火を起こしたりする。

しかし、それはあくまでも

一般的な使い方であり、

世の中の悪い人の中には、

魔結晶の魔力を暴発させて

爆弾のように使う人がいる。

花火は空に打ち上げてこそ

綺麗な炎の花を咲かせるが、

誤って人に向けて打てば、

最悪の場合死者が出るだろう。

だから、悪い人に盗まれたりしないように

しっかりと保管、管理しているのだ。


「どれも異常はありませんでした。」


エステリアは帳簿を

フィエゴを見せて、

何も異常がないことを伝える。


「それは良かった。」


毎朝、エステリアはこうして

魔結晶の点検をしてくれている。

フィエゴは遅くまで

起きていることが多いので、

朝の点検をしてくれることは

とても助かっていた。


「さて、それじゃあ仕事しようか。

次の依頼は誰だっけな。」


「パーサート領のモータさんですよ、兄様。

ご友人様の旅立ちの贈り物として、

大きくて派手な花火をいくつか

打ち上げて欲しいとのご依頼です。」


手元の資料を確認しながら、

エステリアは教えてくれた。

そうであった。

昨日の昼頃にそのモータという

男が訪ねてきて、

フィエゴに依頼したのだ。

無論、フィエゴもきちんと覚えていた。

一流の花火師たる者、

客の顔と名前は

全て覚えるようにしている。

昨日の夜はその依頼のことで

色々と考えていたために、

つい夜更かしをしてしまったのだ。


「友達の旅立ちに贈る花火、か……。」


昨日からずっと考えているが、

これといったアイデアが浮かばない。

大きくて派手な花火と言えば

『菊』が最初に思い浮かんだが、

ただ『菊』を打ち上げるだけでは、

何というか、美学に欠ける。

仕事として受けたからには、

依頼主もその友達も満足するような

最高の花火を打ち上げなくてはならない。

オリジナルの花火を作ろうにも、

『旅立ちに贈る』ことを考えたら

どうにも煮詰まってしまう。

花火とは本来、祝い事の時に

打ち上げるものとして広まったので、

悲しい感情を含んだ花火なんて

考えたこともなかったのだ。


「…よし、会いに行こう。

エスティ、黒の魔結晶を二箱と

打ち上げ用の装置を10台、

それから、馬車の用意を頼む。

俺はモータさんに手紙を書く。」


色々と考えた挙句、

フィエゴは依頼主である

モータに会いに行くことにした。

もう会えないかもしれないという

友達に贈る花火に、

悲しい感情はいらない。

それなら、彼らにだけ分かる

思い出を花火の形にして

打ち上げてやろう、と思い至ったのだ。


「はい、かしこまりました。」


エステリアもそれを理解して、

すぐに準備に取り掛かった。

本当なら、手紙を出して

了承の返事をもらってから

出発したいところだが、

モータの友人が旅立つまで

あまり時間がないので、

不躾ではあるが返事は待たない。

フィエゴは机の引き出しから

紙とペンを取り出し、

モータ宛の手紙を書く。

手紙が書けたら、

手紙や軽い物に特化した

フクロウ便を一羽呼んで、

パーサート領のモータまで

手紙を運んでもらう。

窓からフクロウを飛ばす頃には

エステリアも準備を終えており、

フィエゴとエステリアの二人は

馬車に乗り、フィエゴが手綱を握った。

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