異世界花火師フィエゴ

青篝

花火師の男

閃光を引きずりながら、

夜の空へと飛んでいく炎の塊。

それが心臓にまで響くような

凄まじい轟音と共に弾ける時、

遠い夜空の遥か先まで照らすような

眩い炎の花を咲かせる。

赤、青、黄、緑、白……と

色鮮やかな花火は

絶え間なく咲き誇り続け、

人々に笑顔をもたらす。

『菊』は、花火玉が割れた後に、

それぞれの光が尾を引きながら

放射状に広がる花火で、

その姿が菊の花のようであることから

その名前がつけられている。

『牡丹』は、『菊』とは対照的に

光の尾を引かずに広がる花火で、

花火玉が割れた後に広がる

無数の小さな光は、

夜空に星を散りばめるかのようだ。

『菊』と『牡丹』は打ち上げ花火の中でも

特に人気の高い花火で、

花火を見たことがあるのなら、

きっとどちらも見たことがあるだろう。

続いて『かむろ』、光が残る時間が長く、

地上まで光が落ちていく様子は、

頭に乗せる被り物のように見える。

『柳』は、『冠』と同じように

光の尾を引く時間が長いのが特徴だが、

『冠』とは違い、光の残る方向が

一方に偏っているため、

枝から垂れ下がった柳のようだ。

『蜂』は花火の中でも異質で、

花火玉が開いた時には火花が散らず、

光を飛び散らせながら

不規則に動き回るという、

まさに生き物のような花火だ。

他にも、光の散り方や咲き方が違う

様々な花火があり、

打ち上げる順番などによって

人々を飽きさせない。


「急な注文だったのに間に合わせてくれて、

本当にありがとう。

おかげで、息子も喜んでいるよ。」


打ち上がる花火を見ながら、

一人の男が彼女にそう言った。

彼女は男に笑顔を返すと、

綺麗な銀髪を揺らして首を横に振った。


「お礼なら、兄様あにさまに言ってあげてください。

私は少しお手伝いをしただけですから。」


彼女がそう言うと、

男は視線を遠くにやって、

花火を打ち上げている彼の姿を探した。

けれど、その距離からでは

彼の姿は視認できないようで、

男は彼のいる方向に向かって頭を下げた。

こうしている間も、

彼は休む時間もなく

花火を打ち上げている。

額に汗を浮かべながら、

一つ一つ丁寧に打ち上げている。

彼のその献身的な姿を

見せることができなくて、

彼女は少し残念に思う。

花火を見ている誰もが、

彼のことなんて忘れて

花火に見入っている。

だが、彼にとってそれは

とても嬉しいことであった。

自分のことなんてすっかり忘れて

花火に魅力されているのなら、

彼の頑張りも報われる。


「とても美しい…。」


男はまた花火を見上げて、

その美しさに見入っている。

男の息子が誕生日だからということで

今回の花火を打ち上げているのだが、

主役以外の人も全員が楽しめるのが

花火の素晴らしいところだ。

彼がこの世界に転生してから

16年という時が過ぎたが、

今ではもう、花火のことや彼の名前は

国中に広まっている。

今夜の依頼が終わっても、

三日後には別の依頼が入っており、

依頼の詳細を聞かなくてはならない。

そのくらい、彼の花火は評判がいい。


「ふぅ…、これで最後か。」


最後を飾るメインディッシュは、

彼がこの世界にきてから

独自に編み出した新しい花火だ。

名付けた花火の名は『天の川』。

いくつもの花火を同時に打ち上げて、

青色を基調にした彦星と

赤色を基調にした織姫が、

天の川を模した無数の花火を挟んで

再会する様子を表現している。

この世界に七夕の文化はないが、

遠い星の川を隔てた二人の男女の

儚い恋物語は人々の心に刺さった。

やがて『天の川』の炎が消えると、

たくさんの拍手が彼の耳に届いた。

直接顔を合わせなくとも、

彼への感謝の気持ちは

十分に伝わったであろう。

あとは、打ち上げ装置を回収して、

依頼主である男からお金を受け取れば、

この依頼は完了する。

打ち上げ装置から熱が逃げるのを待つ間に、

彼は夜空を見上げながら

安心したように息を吐くのだった。


────────────────────


地図に記されている大陸の中で

最も大きな中央大陸の南西に、

カスタ王国という国はある。

争い事を好まず、

自由と平和を掲げているカスタ王国は

娯楽文化が発展しており、

絵画や書物、陶芸など

幅広く庶民に親しまれている。

そのカスタ王国の郊外の低級貴族に、

彼は前世の記憶を持ったまま、

3歳の男の子として16年前に転生した。

名前はフィエゴ・シエロノーテ。

星のように光る銀髪は

涼しげに短くしており、

長年の鍛錬もあって

細身ながら筋肉質な体つきをしている。

そして、彼がこの世界で

何を目指しているかというと、

一流の花火師になることだった。

それは彼が転生する前の、

つまりは前世の彼の夢であり、

志半ばにして息絶えた彼は

転生したこの世界で

一から花火を作っている。

だが、この世界には元々

花火という概念はなく、

花火を作るための材料や道具も

当然のように存在しなかった。

全てを作るのは相当に苦労したが、

彼が19歳になった現在では、

カスタ王国の田舎にまで

彼の名前は知れ渡っている。


「───という訳なんですが、

やっていただけますでしょうか…?」


そして、今日も今日とて依頼の話だ。

今回の依頼主は27歳の男性で、

友人が故郷を離れるので、

別れの挨拶の代わりに花火を

打ち上げて欲しいとのことだった。

日時は今日から5日後。

移動や装置の設置などを含めると、

準備する時間は多くない。


「分かりました。受けましょう。」


それでもフィエゴは即答した。

限られた時間しかないということは、

依頼主の男性にも分かっていた。

だから、断られる可能性の方が

高いと思っていたのだが、

迷う時間すらなく即答された。

フィエゴの返事を聞いて、

男性は思わず目を丸くした。

それでも、フィエゴの瞳に灯る

熱い情熱の炎を見て、息を飲む。

しかし、男性はすぐに思い出した。

あぁ、聞いていた通りだと。

フィエゴにとっては

多くある依頼の一つでも、

依頼主にとっては

大切な瞬間になるのだから、

決して断らないし手を抜かない。

フィエゴはそういう男だった。

それは、すでに前世での年齢を追い越して、

一秒一秒を噛み締めて生きている

フィエゴの生き様でもあった。

一つでも多くの花火を作り、

一人でも多くの人々の笑顔を照らす。

フィエゴが前世から目指していたのは、

花火に人生をかける生き方だった。


そして、これから始まる物語は、

花火に魅力され、

死してなお花火への

情熱を消すことがなかった男の、

異世界転生花火物語である。

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