第7話

 コツコツと、黒板に当たるチョークの音を聞きながら…チクタクと進む時計の針を見ていた。


「っ……」

早く……早く……。


 あと五分経てば、彼に会える。

 あれ程、退屈だった彼との時間が今では待ち遠しい物になっていた。


「……んくっ…はぁ…///はぁ…///」


 時間が近付くに連れ、身体が火照りあの感覚が蘇ってくる。


あと、一分…っ。




キーンコーンカーンコーン!


 チャイムが鳴るが、まだ教室を出ていけない。

教師が終了を告げなければ、まだ昼休みには入れないからだ。


 以前、チャイムと同時に教室を飛び出した時は、教師に捕まり長々と説教を受け、余計に時間が無くなってしまった。



「はい、じゃあここまで」


「っ」

ガタンッ。


 勢いよく席を立ち鞄を手に取ると、速足で教室を出ていく。


「あ、霧島さ…ってまただ。」

 途中、声を掛ける生徒がいようともそれを無視して彼女は目の前を通り過ぎていく。


皆は、どうせ恋人の所に行くんだと分っているため、何も言わなかったが…



「最近、付き合い悪くなったよね」

「南宮くんとも合わせてくれなくなったし」

「男に夢中になるのは私達も分かるけど、無視とかなんか感じ悪いよね」

「てか、なんか霧島さん様子おかしくない?」



 着々と、彼女への不満が溜まっていっていた。






………………………………………。









 昼休み、クラスメイトから向けられる色々な視線の中、俺は静かに教室を出る。


 男の俺に恋人がいる。

という事は知られては居ない為、また別の理由で注目を集めてしまっているのだろう。


 変な目を向けて来る例の四人組か、はたまたその中に居る、一度付き纏ってきた女か。


誰のせいにしろ、既に目立ってしまったものは仕方が無い。

落ち着くまで今まで以上に目立たないよう心掛ければ良い……。




ガラガラ…。


「…………はぁ」


 旧校舎、今は使われていない三階の空き教室に辿り着き、置いてある椅子に腰掛ける。


 二年の教室からは少し距離が開いていて、早くてもあと二分は来ないだろう。


 それまで、目立たないようにしていたボサボサ髪が、直ってしまっていないか等、とにかく自身が少しでも暗い雰囲気に見えるように身なりを崩す。



「こんなもんか…」


 回帰してから、やっと伸びてきた髪はもう少しで目を隠せる位の長さになって来ている。


目を見せないと言うのは、話している相手に気持ちを伝えにくくする。

 相手側からすれば、何を考えて話しているのか分からなくさせる事が出来るのだ。






タッタッタッ…タ…………。


「………」


 聞こえてきた足音……それが、廊下のそう遠くない位置で止まった。


自分にとって都合の良い、例の女が来た事を知らせる合図になっているその音を聞き、表情を作り始める。



ガラガラッ


 扉が開き、廊下から霧島笹乃が入ってくる。


「………早くない?」


 さっきまで、凄い勢いで足音を鳴らしていた人物とは思えない程の冷めた表情で、彼女は無愛想にそう言った。



「あ、その…教室近いですから…それと、は、早く、あ、会いたくて…」


「…あっそ」


 教室に入ってくると同時に、カナタは椅子から立ち上がり…笹乃が椅子に座った。


「……………」


 無言で、彼女は圧を掛けてくる。

熱を帯び、赤くなった顔で……、微かに揺れる瞳を向けてくる。


「……っ…」


「やっぱりおかしい」


 ほんの数秒で彼女は目線を反らして、聞こえない程の声で小さく呟く。

そして、これまた気づかれない様にと息を吐き出すと、再度鋭い目を向ける。


「……何してんの?」


「あっ、ご、ごめん。まだ…慣れなくて……」



 如何にも、女に触れることを怖がっている様に…手を震えさせながら、後ろから彼女に触れる。


「んっ……」


 手を握り、撫でるように腕を通り肩を触れる。


「…んぅ……ぁ…」


 そのまま身体の方へと………行かずに、今度は前に移動して脚に触れた。


「…っ///……」


 今触れているのは、これまで彼女がカナタに触れさせた箇所だった。



 その他の箇所は触れさせず、腕と脚だけを触らせる……もはや恋人のスキンシップというよりかは、マッサージに近い物をしていた。


 その理由は、ただ彼女がその他に触れられる事を怖がっていたから。




「……ぃ…ゃ……ど…してぇ///…?…」


 自分でも気付かない内に、声を漏らす。

カナタはその声に反応はしない為、笹乃も気付くことは無かった。



 彼に触れさせる様になってから一週間とちょっと……何度も何度も触れる感覚に慣れることは無く、なんてことのない筈の箇所だというのにも関わらず、変に感じてしまう。


 手だけでも過敏に感じ、その後に触れさせた腕や肩……そして脚。


 どんどん強くなる快感に、笹乃は怖くなってしまったのだ。



 もし、身体や顔に彼が触れたら気が狂ってしまうのではないか……そう思うほどに。









……………………………。






 数十分が経った頃、未だ快感に悶え耐えている笹乃を現実に戻す程の大きな音が鳴った。



『ガタンッ!!』


「っ!だれ!?」


 その音は教室の扉の向こうから聞こえた。


力の抜けていた身体を正し、恐る恐ると扉を開けに行く。


「ちょっとまって」


「え?」


 途端に、カナタがそれを止めた。



「こんな時間にここに来る人なんてそうそういないよ……もしかしたら不審者の可能性があるから、力の強い男の僕が開けるよ」


 真剣な目で言う。


「ぁ……ぇ?……っ///…」


 突然の事に、笹乃は混乱した。

いつもと違う様子…それも、自分を守る為に言った言葉に、彼の前だというのに思わず口を緩めてしまいそうになった。


「な、何言ってんの?べ、別にいいから。それに、不審者なわけ…ぁ…」


ガラガラ!


 扉に背を向け、カナタの方を見ながら扉の取っ手に手をかけようとした時。

カナタは無言で扉に近づいていき、笹乃の直ぐ側に寄り先に扉を開けた。



「……良かった、誰もいなかったね。って!ご、ごめんなさい!」


 強気で話してしまっていた事に気づいて、慌てて離れる様に見せる。


 実は、カナタがこんな行動をしたのも…外で自分達を隠れ見ていたであろう人物に逃げる時間を与える為である。



「……い、いや…別にいい…から」


 そんな事もつゆ知らず、彼女は先程まで見せたカナタの姿に感じた感情に、触られる時とはまた違った感覚を胸に感じるのであった…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る