第8話

 旧校舎から飛び出すように一人の女子生徒が、とある光景を目にして逃げ出してくる。


「はぁっ…はぁっ!はぁっ…はぁっ!」


 最近人気ランキングが上がってきた噂の彼と、その彼に一度呼び出されたことのある同クラスの霧島。


 二人の関係は、もしかしたら恋人になったんじゃないか、なんて話題には出ていた。


「本当だったんだ!」



 人の秘密を…それも、学校中で最大の話題となるだろうネタを知ったことに喜びを隠せない彼女は、誰も来なさそうな場所に移動して友達に電話を掛けた。



「あっもしもし!あのね聞いて聞いて!」


 親友と呼べる電話の相手に、興奮気味で今見た出来事を話す。

すると、その話す様子から嘘を言っている訳では無いと分かった電話相手は、興奮し過ぎている彼女を落ち着かせる為にも、冷静に話し始めた。



『それ、あんまり広めないほうがいいと思う』


「え?なんで?」


 こんなに盛り上がる話題は他に無いと言えるほどの事なのに、どうして?


『だって、旧校舎ででしょ?』


「うん」


『なら、誰にも見られたくない…知られたくないからって事でしょ。それを勝手に広めるってのは……二人に悪いよ』


「あ………」


 確かに…。

その言葉を聞いて、自分も冷静になって考える事が出来た。

何故あんな所で会っていたのか、何故二人の交際が広まってないのか……少し考えたら分かる事だった。


「ごめん、ありがとう。お陰で冷静になれた」


『いいって別に』


 初めに広めようとした相手が親友で本当に良かった。

そう思いながら、彼女は暫く自分達の恋愛について話した後、別れの挨拶をして通話を切ろうとする。


『あ…』


「ん?なに?」


 何かに気付いたような声に、もう一度携帯を耳に近づける。


『話し戻るんだけどさ』


「うん?」


『脅されてるってわけじゃ…………無いよね?』


「あ……」


 完全に頭から抜けていたその可能性に気づいた彼女達は、瞬く間に顔を青ざめてその場に静止した。



……………………。
















 それからまた月日は流れ、二ヶ月後…。



「うっ…」


 横を通り過ぎようとした生徒とぶつかった。

ドンッ。

自分の身体から、そんな音が響く。



「あははっ、うっ!だってぇっ」


 甲高い声で笑う女子生徒と、それに便乗して盛り上げるその他。


「……………」


 笑われているのは、霧島笹乃だった。



 どこからか広まった『男子生徒を脅している』という噂が、こんな事を引き起こしてしまった。


 最初の頃は、噂は噂だろうという事で片が付いたはずだったのだが…その噂の性で明らかに避けられるようになった笹乃は、元から悪かった態度を更に酷くしてしまった。


 元々笹乃を嫌っていた生徒達だけでなく、味方だった者も敵に回してしまった結果として、彼女は虐めに逢うこととなってしまったのだ。



「…………っ…」


 睨み返しはすれど、もうそれ以上抵抗する事は辞めた。

やり返しても無駄で、どうしようもないと分かっているから。



 笹乃は嘲笑う声を振り切り、急いで校門を出る。


 暫くは、下校中の生徒に見つかる度に罵声を浴びるが関係ない。



「はぁっはぁっ!」


 私はあんな奴等から何をされたってどうでもいい。

だって私には、莫大な金を儲ける家がある。

そして何よりも…



ギギギッ。



 金属製の、少しばかし重い扉を開け、薄暗い不気味とも言える廃れた倉庫へと入る。


そこには。


「あっ、笹乃さん!」


 学校で唯一の味方である、恋人のカナタが居た。




………………………………。




 俺は、倉庫の扉を開けて入ってくる霧島を迎える。


「……私、疲れたんだけど」


 プライドが高い彼女は、カナタ相手でも未だにこのような態度を取っている。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てるふりをして、慣れた手付きで霧島の手を取り椅子に座らせる。


「あ……笹乃さん腕に…」


 霧島の腕には、薄くだが打撲痕に見える色に変わった箇所があった。


「……別になんでもないから!」


「でも……酷いですよこんなの」


 痣を隠すように手を振りほどいてくるが、俺は構わずもう一度手を取り痣を優しく撫でる。


「僕、本当にあいつらが嫌いです」


 苛めっ子達のことを悪く言う。

そうすると、微かだが霧島は喜ぶ様な素振りを見せる。


「何をされても気にしちゃ駄目です」

「あんなどうでもいい奴らなんて忘れましょう」

「僕が居ますから」


 そうやって、色んな言葉を掛ける。


 悪いのは周りで、笹乃さんは悪くない。

周りの人達はどうでもいい人間で、笹乃さんは大切な人間だ。


 そんな言葉を、今まで何回も聞かせた。


 

 やり返す事はさせない。

あくまでも気にする事の無い奴等だと言い聞かせるのは、その為だ。


 やり返せば、男でも無い霧島は直ぐに問題となってしまうだろう。

そうなれば、こうやって利用する為にしてきた事が無駄となる。


 組織は霧島を学校に通わせる事を辞めてしまうかもしれないのだ。



「当たり前なこと言わないでよ!」


 既に、気にしないようにしている彼女は、思い出させるような言葉にイラついた様子を見せる。


「あ…ごめんなさい。ぼくまた……けど、本当に…」


「っ……はぁ…イラつくわ、あんたのそういう所」


「けど…」


 霧島は、頭痛を感じているかの様に頭を押さえて下を向く。

そうして、ついニヤけてしまう口元を隠していた。



 何時まで経っても気の弱い姿は、本当に好みではないけれど………何回も言ってくれる心配する言葉に嬉しく感じていた。





「………ねぇ…」


 ソワソワと身体を動かす彼女。


鋭くも、蕩けたようにも見えるその目を向けられるのを始めに…俺は霧島のそばに近付いた。







…………………………………………。





「ただいま」


 熱く発熱した身体を、部屋に効いているはずの空調で冷やす為、玄関を入ってから直ぐに例の地下室へと潜っていく。


 地上の、組織の人間としてではなく一般人としての部屋にもちゃんと空調は整っているのだが…


「お帰りなさいませ」


 こっちの方が召使いも数人居て、楽なのだ。


 何を言う事もなく冷たい飲料を目の前に置き、素早い動きで服を着替えさせる。


「ふんっ…」


 思わず鼻で笑ってしまう。


私を妬む奴等には、こんな風に仕える召使いも居ないのだ。

増しては、男で遊ぶ事も恋人を作ることだって出来やしない。


「っ」


「……なに?」



バシンっ!


「きゃっ!」


 目の前で跪き、靴下を脱がしていた召使いに平手打ちをした。


「何か文句でもあるわけ!?」


 突然笑った彼女に、自身が何かしでかしたのでは無いかと身をほんの少し震わせた。


たったそれだけの事で、召使いは叩かれた。


 外での出来事の反動か、笹乃は家に帰ると暴力的になる。

こうやって、急に機嫌が悪くなったり良くなったりと、情緒が不安定になっていた。




 召使い達は毎日それを恐れて怯えて生きている。

いつ、叩かれるだけで終わらなくなるのか…気が気じゃない。



「…もういいから出ていきなさい」


「……うぅっ」


 顔を押さえて部屋から出て行く召使いを後に、代わりの召使いが途中だった着替えを引き継ぐ。



「ママは今何しているの」


「只今、取引先との面談中で御座います。」


「そう…どのくらい?」


「後、九分二十秒後に終わる予定で御座います。」


 胸ポケットから取り出した小さな懐中時計を見て、細かな時間を答えた。



「会いに行くわ、会議室よね」


 肯定の意味を込められた沈黙する姿を見て、私は歩き出す。

入り組んだ構造の為、着く頃には既にお客様は帰られているだろう。


「私が言う物をメモして」


「畏まりました」


 会いに行く理由、無くなった物を買ってもらう為だ。

盗まれた物、壊された物……安いものも有るが、数個程は決して安いと言えない物も有った。


 許可してくれるかどうかについては問題無い。


 どうせ、ママは私が買う物を聞こうとも知ろうともしない。


『許可を貰いに行くだけ』なのだ。




「以上よ」


「承りました」


「………」






………………………………。








 

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