第130話 ちょっとびっくりさせたかった




 シェリア=フォン=ベスタドール。

 元辺境伯にして現国王であるアレキサンダーさんの娘。


 シャンパンを彷彿とさせるような薄い金色の髪は、緩やかに波打っている。きりっとした目をしているのに、あわただしい動作や表情がそれを台無しにしてしまっているような感じだ。身に着けている白とピンクのドレスも綺麗なものなのに、どことなくリケットさんの持つポンコツ臭を漂わせている。


 たぶん年齢もロロさんやリケットさんと同じ十代後半ってとこだろう。

 そしてシェリアさんのすぐ後ろには、黒髪のメイドがいる。彼女はシェリアさんと違って汗ひとつかいておらず、俺たちの邪魔にならないような場所で控えていた。メイド兼護衛みたいな人なのだろうか?


「……どういたしまして。アキト、行こ」


 先手必勝と言わんばかりに、メノがそう言って俺の手を握る。


「いやまだお礼も言われて――『先ほどはご助力いただきありがとうございましたぁ!』――言われたけど、順番がおかしいよなぁ……」


「コントしてるの?」


 純粋な葵の感想がイソーラ組の心をえぐっている気がする。王女様たちからすれば、『なんでこんな子供がメノ様に気安く!?』なんて思っていそうだ。そして俺も同じようなことを思われていてもおかしくない。


 そしてその王女であるシェリアさん。


 お礼を言いながら頭を下げていたけれど、そのまま土下座に移行しようとして騎士さんに留められていた。もう十分注目集めちゃってますけどね。せめてどこか人目のない場所に行きませんか?


 いやでもな……このまま王城に招かれたとしたら、一時間や二時間では終わらない気がする。本日はあくまで日帰り旅行なのだ。帰るまでの時間もあるし、そもそも日が落ちてから海を渡りたくない。


 そんなわけで、


「……えっと、一時間ぐらいでしたら時間作れますよ? ですが、謁見とかそういう堅苦しいやつは無しで」


「も、もちろんメノ様方の指示に従います! ところであなた様は――『……彼はアキト、私の夫。そしてその隣にいるのが彼の妹の葵』――お、夫ですかぁ!? 大賢者メノ様、ご結婚された――むが」


「……大変申し訳ございませんでした。どうか、私の首に免じて王女殿下は――」


 素早くシェリアさんの口を塞いだ騎士のワッツさんが、もう何もかも諦めた様子で土下座する。周囲の人々がこそこそと『いまシェリア王女様、大賢者メノ様って言ってたよな?』、『ご結婚されたのか? そんな話初めて聞いたぞ』などという声が聞こえてくる。


 これはもしかして、マズいのか……? メノも、不用意に声を上げてしまったシェリアさんにプンスカしちゃったりするのだろうか? でも、自分から漏らしてたしなぁ。


 騎士さんはきっと、公になっていない情報を王女様が大声で叫んだからこんな風に絶望した表情になってしまったんだろうな。最初から俺に対する受け答えもすごく丁寧だったし、色々頭の中で予想はしていたのだろう。


 なんかアレだな……俺たちって、すごく地雷みたいじゃない?

 そう思いつつ、ゆっくりとメノに目を向けてみると――、


「……(んふ~)」


 彼女はすごく自慢げな表情を浮かべていた。夫自慢ができて嬉しいらしい。


 あぁ、そう言えば森を走っているときに『夫として自慢したかった』って言ってたな……それを王女様相手にできて満足しているらしい。まぁ俺は特に被害を受けたわけでもないし(たぶん)、メノがご満悦なので良しとしよう。


 騎士様はなぜか俺たちに首を差し出す気満々なようだし、王女様もいつの間にか土下座してしまっている。この光景の方がよっぽど問題な気がしますね。うん。


「……立って」


 メノがそう言うと、騎士も王女様も素早く立ち上がる。二人とも顔は青ざめていて、今にも倒れてしまいそうなほど顔を強張らせていた。


「……人が少ないところに案内して、話を聞く」


 夫自慢ができて機嫌が良くなったらしいメノがそんな提案をする。

 話としては前に進んだようだけど、王女様たちの顔色は優れないままだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 やはりというかなんというか、案内されたのは王城だった。


 応接室らしき場所に豪華な馬車で連れていかれて(馬車に乗って王城へ行って応接室にたどり着くまでに三十分が経過している)、現在俺は王様であるアレキサンダーさんとシェリアさんと向かい合って話をしている。


 部屋の中には俺たちの他に騎士やメイドがいるが、存在感を消すように部屋の隅でじっとしていた。


 話の内容としては、新しく王様になったということでアレキサンダーさんが自己紹介。それから王女様を救ったお礼と、ここに来るまでのシェリアさんの謝罪。ちなみに王様にもしっかり頭を下げられてしまった。


「……アキト、アオイ、何かいるものある?」


「え? 俺は別にないけど――葵は?」


「んー、王城見学とかできるのかな? 別に私たちお金いらないし、王城とか偉い人じゃないと入れないよね?」


 葵がそう言ったところで、シェリアさんがここぞとばかりに「私がご案内します!」と名乗り出る。名誉挽回のチャンスと思ったのだろうか。


「好きなところを好きなだけ見て回って構いません! 良いですよねお父様!?」


「あ、あぁ、もちろんだ。七仙の方々に隠すものなどなにもないからな。むしろ、風通しのよくなった王城を見ていただきたい。しかしこれをお礼には……」


 王様がそう渋りかけたところで、コトリとテーブルの上にメノが一枚のお皿を置いた。その上には、五つのウサギさんカットされた世界樹の果実が並べられている。


「……誰か鑑定が使える人はいる?」


 メノがそう言って部屋を見渡すと、シェリアについていた黒髪のメイドが「私が使えます」と手を上げる。


「……じゃあ他の人は部屋から出ていって」


 有無を言わせないような淡々とした口調でメノが言うと、すぐさま王様からも退出の指示が飛び出す。部屋の中には俺たち三人、それから王様と王女様、そしてメイドの合計六人だけが残った。


「シェリア、私が毒見するからひとつ選んで」


「そ、そんな毒見なんてことをメノ様に『選んで』――は、はいぃ、こ、この右端のものを……」


 メノはシェリアさんが指さしたものを手に取って、口に放り込んでシャクシャクと咀嚼する。喉を鳴らして飲み込んでから、「食べて」と二人に告げた。


 ソファに座る王女様と王様は、お互いに顔を見合わせてから、恐る恐るカットされた世界樹の果実を手に取った。


「メ、メノ? これはどういうこと? これ、出していいの?」


「……私たちの時間を奪った罰として、びっくりさせる」


 メノがニヤリと笑う。


 ごめんなさい王様と王女様。俺もちょっと二人の反応を見るのが楽しみだなって思っちゃいました。あとで誠心誠意謝るから許してほしい。




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