第129話 街を疾走する系の王女様




 ここ、イソーラ王国の王都はセルンという名前らしい。


 てっきり、この『イソーラ』という国名も王家の人間が入れ替わったことで名前が変わるのかもしれないと思っていたが、いまのところそういう動きはないとのこと。


 メノ自身もあまり興味がないのか詳しくは知らないようだった。たぶん街の人たちも、暮らしにどのような変化が起きるかぐらいの心配しかしていないんじゃないだろうか。


「へぇ、やっぱりポーションとかあるんだな」


 フラスコのようなものに薄緑の液体が入ったもの。その絵が描かれた看板を見ながらぽつりと感想を漏らす。ポーションって魔法でパパっと作れたりするのだろうか? それとも、薬草を潰したりして魔力を注いだりして作るのだろうか?


「ファンタジーって感じがするよね! でも私、この世界に来てからまだ怪我したことないなぁ」


「合体葵は特に問題ないだろうな。レベル5000だし」


 体が別れていたとしてもレベル2500だ。あの島の魔物は定期的に間引きができていればレベル1000を超えることはないし、これだけのレベル差があれば怪我することはまずないだろう――というのが、これまで生魔島で生きてきた俺の感想だ。


「……アキトとアオイは何か欲しいものがあったら言って、なんでも買う」


 メノがテクテクと歩を進めながらそんなことを言ってくれる。ヒモになってしまった。しかし一文無しであることはたしかなので、ここは甘えさせてもらうことにしよう。


 欲しいものかぁ……ぱっと思い浮かばないな。衣服もアクセサリーもリケットさんとフーズさんが有り余るほど作ってくれているし、むしろ買って帰ったら怒られそう。『なんでその仕事を私たちにくれなかったのか』と。


「あっ、じゃあメノお姉ちゃん、私屋台の串焼き食べてみたい! ここまで歩いてるだけで何軒かあったよね?」


「いいなそれ。俺も食べてみたいかも」


「……島のお肉のほうがずっと美味しいけど、いい?」


「まぁせっかくだし、味付けとか気になるからな」


「……ん、わかった」


 というわけで、メノに奢られる形で近くにあった屋台で串焼きを三本購入。目の前で焼いてくれたし、屋台のおっちゃんはメノのことを知らなかったみたいだから、気さくに対応してくれた。


 食べてみた感想は……うん、普通にうまい。


 金額は一本あたり二十ディア(二百円ぐらい)とこちらも普通。肉はオーク肉を使ったものらしく、他のお肉と比べると、この串焼きは少々高めらしい。甘辛のタレで味付けがされてあって、メノも葵も俺も、無言でパクパクと食べ進めた。


 その後も、ちらほらとメノの存在を知ってそうな人たちから視線を向けられながらも、街の中をブラブラと歩いた。俺が特に観察しているのは、建物、衣服、食材、街の道路、種族――とまぁ、色々だ。『特に』とは言ったけど、ほぼ全部だな。目に映る全てのものが観察対象である。


 せっかくだから、どこかお店に入ってご飯を食べよう――三人で話しあってそう決めたところで、後ろからガシャガシャと鎧がこすれる音が聞こえてきた。


 どんどん近づいてくるので振り向いてみると、どこかで見たことのあるようなおっさん騎士がこちらに向かって走ってくる。そして近くにくると、彼は肩で息をしながら、小さめの声で話し始めた。


「私はイソーラ王国第二騎士団所属、ワッツと申します。この場で膝を突き頭を垂れたい気持ちは山々なのですが、周囲の目があります。メノ様の『観光』という目的を十全に果たすためにも、このままの姿勢でお話をしてもよろしいでしょうか?」


「……いい。それでなんのよう?」


「ご配慮感謝いたします。先ほどは、ご助力ありがとうございました」


 彼はそう言って、九十度に腰を折る。


 あぁ、見たことがあると思ったら、さっき王女様を助けた時に真っ先に頭を下げてきた騎士の人か。ここ一時間でたくさんの人の顔を見てきたからパッと思い出せなかった。年齢は三十代半ばといったところだろうか。体つきも顔つきもワイルドだ。


 というか、これって面倒な流れになりそうじゃないか……?


「つきましては、シェリア王女殿下がどうか皆様にお礼をさせていただきたいと申しているのですが……」


 ワッツさんは困ったような表情でメノに向けて言う。


 彼自身、どうすればいいのかわかっていないのかもしれない。とりあえずメノを見つけて、お礼をしなければ――そういう感覚で王都の街を走り回っていたのだろう。


 彼が困ったような表情を浮かべている理由もなんとなくわかる気がする。こういう時って、地位の関係などもあるだろうけど、だいたいお礼をするほうが相手の場所に出向くものだ。王城にてお礼をするからメノを呼び出す――ということは七仙相手には難しいのだろう。


「私どもとしては、どのような場所でも参上する気持ちです。しかし、メノ様はご自身の家に人を呼ぶことを好まれないと記憶しておりますので」


 メノの顔を知っていたことといい、彼はもしかしたら以前もメノに対して何か対応したことがあるのだろうか? そんなことを考えつつ、蚊帳の外にいる俺と葵は、メノの反応を待つことに。


 しかし彼女は、ワッツさんに何か返答するよりも先に、俺に顔を向けた。


「……めんどくさいことになった」


「そういうことを騎士さんの目の前で言うんじゃありません」


「……む」


 子供なことを言いだすものだから、こちらもつい子供に叱るような口調で言ってしまった。メノは下唇を突き出して不満を表明。頭を撫でるとご機嫌になった。


「あの~、俺たち別にお礼とかいらないんですけど、こういうのって受け取ったほうがそちらとしては助かったりします?」


 騎士さんがあまりにもいたたまれないので、俺が助け舟を出すことにした。


「そう、ですね。もちろん、メノ様方のお気持ちが第一です。そして七仙の方々は先ほどのように我々を脅威から救い、颯爽と去って行くということはありますから、民や他国から批判の声などはあがりません。私がまだ六つの頃にも、メノ様に魔物から救っていただいたことがあります」


「おぉ、そうだったんですね」


 そんな繋がりがあったのか。

 会話に一般人が割り込んでいいのかなぁとも思ったが、騎士の人は普通に対応してくれた。ここで『なんだ貴様は偉そうに!』とか言われたらビビるところだったよ。


「……記憶にない」


「問題ありません。七仙の方々は、それほど多くの人々を救っているのですから――それで、あの――『あぁ、俺の名前はアキトです。こっちは妹の葵です』――アキト様、アオイ様。お二人はメノ様の大切な方であると報告を受けております」


「……うん、大切。アキトたちに変な事したら許さない」


 こら、脅さないの。

 騎士は一瞬ぶるりと小さく震えたが「承知しております」と真面目な顔で言った。


「できれば皆様を王城にご招待し、最大限の歓待をさせていただきたいのですが、もし難しければ、メノ様方が望む形でお礼をさせていただきたく」


「……別にいらない」


 自由人であるメノに最大限配慮したような提案だったが、それすらもメノはバッサリと切っていた。これまでも人と関わることはできるだけ避けていたっぽいからなぁ。それの名残だろうか。


 俺は礼儀作法など知らないから王城に行きたくない。そしてメノ同様、お礼も必要ない。

 だけど、これはアレだな。


「メノも前に言っていたじゃないか。『与えられるだけもつらい』ってさ。だから、パパっと済むような軽いお礼とかもらっておいたら?」


「……アキトがそこまで言うなら、仕方ない」


 鼻から息を吐くメノに、葵が「私もそっちのほうがいいと思うな~」と慰めるように声を掛ける。子供っぽいところもあるが、それもまたメノの魅力か。


 こうして、俺たちの中である程度話がまとまってきたところに、


「――はぁっ、はぁっ! やっと、み、見つけました!」


 汗だくの王女様がやってきた。馬車でなく走ってメノを探すとは、ワイルドだな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る