第127話 日帰り旅行中のテンプレ




 俺、メノ、葵の三人でリケットさんの故郷であるイソーラに降り立ったわけだが、おおざっぱに『国の様子を見てみたい』といった感じで、何か目的があるわけではない。一度海岸にある砂浜に降り立った俺たちは、少しだけその場で休憩してからごつごつした斜面を登り、森に入った。


 空を飛んで国をうろうろするのはさすがに目立ちすぎるからな。


「……とりあえず平原に出る方向に向かってる。アキトたちはどこに行きたい?」


 森の中を走りながら、メノが問いかけてくる。


「そうだなぁ……とりあえず、一番発展している街とか? あっ、でもまだ国がバタバタしてる時期で面倒だったりする?」


 だとしたら、俺や葵はまだしも、メノは素性を隠したほうがいいかもしれない。いや待て、そうしたら正体不明の三人になってしまうじゃないか。ただでさえクーデターが起こったばかりの国で、そんな素性が怪しい三名を受け入れてくれるとは思えない。


 しかし、そんな俺の心配をよそにメノは親指を立てながら余裕の表情を浮かべていた。


「……問題ない。アキトは私の夫として紹介する」


「それマズいんじゃなかったっけ」


 色々と問題があった気がしますよ。

 顔を引きつらせながらメノに返答をすると、今度は葵が口を開く。


「あの島に誰か暮らしてるってことに繋がりそうだからだっけ? それと、新たな神の代行者として知られてしまいそうだから?」


 うむ、そういうことだ。百年以上前までは、冒険者とかがあの島を目指して船を出していたりしたらしい。最近はそんなことをしようとする人はいないらしいが、当時は誰も帰ってこなかったから、都市伝説みたいな感じになっているようだ。


「……自慢したかった」


 しょぼんとした様子でメノが言う。誰に自慢するつもりだったのかは知らないけど、だけどまぁ……メノの夫ってだけの情報だったら、セーフなのかな……? 別にあの島や神の代行者として直接的なつながりがあるわけじゃないし。


 メノが落ち込んでいると、なんとか願いを叶えたくなってしまう。我ながら、甘い。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺たちの目指す場所は王都となった。

 森を抜けたあとは、てっきりいろいろな街を経由しながらその場所を目指すのだと思っていたけど、一直線にダッシュである。本来なら馬車で数日掛けて移動するような距離なのだろうけど、俺たちのステータスだとその必要はない。


 もっとも、メノなら転移で一発だから、この高速ダッシュすら必要ないのだけど。


「……馬車をオークが襲ってる」


 俺たちの視線の先、そこでは馬車を守るように数名の騎士が魔物と戦っていた。近づくにつれて、魔物の大きさや騎士の身に着けている鎧の豪華さなどがわかってきた。


「すごく異世界に来たって感じがする展開だ――いや、そんなこと考えている暇じゃないよな――おらっ!」


 いかんせん俺たちの移動スピードが速すぎる。敵を発見してその場所にたどり着くまでの時間はほんの数秒なのだ。考えている時間なんてほとんどない。俺、葵、メノの三人はまず一人ずつオークを交通事故のように跳ね飛ばし、即座にもう一匹の魔物も殺す。合計六匹いたから、みんな迷わず行動することができた。


 異世界に来たばかりの俺だったらビビりまくっていただろうけど、体長二メートルぐらいなら生魔島じゃ小ぶりなほうだ。恐れもなにもない。


 オークと戦っていた騎士からしたら、一瞬にして目の前のオーク横合いから吹き飛ばされたように見えているだろう。みんな呆然とした表情を浮かべていた。


「……礼はいらない、ただの通りすがり」


 メノが異世界語でそう言った瞬間、騎士の中でも一番立派な鎧を付けているおっさんが勢いよく膝を突いた。その動作を見て、周りにいた騎士たちも慌てた様子で頭を垂れる。


「だ、大賢者メノ様、ご、ご、ごじょ、ご助力感謝いたします!」


 当然ながら相手の話す言葉も異世界語。俺も葵もこれまでにちょこちょこ勉強してきたから、話している内容はきちんと理解できる。喋るのはまだ慣れてないんですけどね。


「……ん、アキト、アオイ、行こ」


 メノはコクリと頷いて、そのままスタスタとその場を去ろうとする。

 めちゃくちゃあっさりすぎません!? もっとこう、なんというか、このままだとこの人たちが逆に可哀想なんですけど!


 リーダーっぽいおっさんが発言したあと、頭を下げていた騎士たちがぎょっとした表情で顔を上げ、今度はすぐさま地面に頭をこすりつけるようになった。このリーダーさんだけメノの顔を知っていたということだろうか?


 そしてその直後、馬車の中から転がり落ちるようにドレスを身に着けた少女と、メイドが下りてきて、土下座する。


 そしてその少女が、地面にキスしたまま話始めた。


「ここここここの度は、わ、私どもを魔物の脅威から救っていただき、か、感謝申し上げます! わ、私はアレキサンダー=フォン=ぺスタドールが娘、シェリア=フォン=ベスタドールとととと、申します!」


 なんかメノ、めちゃくちゃ怯えられてない? こんなに可愛いくて優しいのに。

 ……ん? というか、ベスタドールって最近どこかで聞いたな?


 そう思いながら首をひねる。メノも同じことを思ったのか、俺と同じように首を傾けていた。


「メノお姉ちゃん、お兄ちゃん、ベスタドールさんって、この前王様になった人じゃないの?」


「おぉ~、それだそれ――えっ!? じゃあこの子王女様!?」


 土下座しちゃってるけど……。というか、今の俺の発言も、本来なら不敬罪とかで罰せられるレベルなのでは? 『この子』とか言っちゃったんですけど。


「と、とりあえず頭を上げてください! め、メノも別に良いんだよな?」


「……ん、私は気にしない。勝手に頭下げられるだけ」


「そっか、それは良かった……あ、葵、ついでにあっちの怪我してる人治してあげて」


 小声で「ほどほどに」という言葉を付け加えておく。あまり強力な魔法を使って、せっかく秘匿している欠損治癒などをしてしまわないように。


 葵は「わかった~」とのんびりした口調で言ったあと、テコテコと歩いて回りながら傷ついた騎士や馬を治療していく。十秒ぐらいの出来事だ。


 騎士や王女様が葵にお礼を言っているのを、メノと一緒にぼんやりと眺める。

 ふむ……ここにきてメノがそうそうに立ち去ろうとした理由がわかってしまった気がする。ちょっとめんどくさい。いや別に、彼らの治癒とかがめんどくさいわけじゃないけど、色々聞かれたりするのがめんどくさい。


 というわけで、


「よし、行くか!」


「はーい!」


「……うん、行こ」


 逃げることにした。後ろから「お待ちを――お待ちをぉおおおおお!」という声が聞こえてきたけど、聞こえていないというていで俺たちは突っ走った。


 でもあの人たちの進行方向……たぶん王都なんだよなぁ。

 めんどうなことにならなかったらいいけど。






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