第124話 リケットさんの故郷で
葵たちが遊んでいるのを見守りながら、メノとだらだらと過ごす。母さんは酒造りをしながらも俺たちに気を遣ってくれているらしく、ちょこちょこと木の葉の位置を調整して少しだけ陽が当たるようにしてくれていた。
ということはこのいちゃいちゃしているような光景も母さんに見られてるんだな……それは考えないようにしておこう。
「ふふふっ、どうぞごゆっくりしてくださいね」
「旦那にメノ様、それぐらいだらだらしてくれていたほうが俺たちも気が楽だぜ」
フロンさんとディグさんが、俺たちの近くを通りがかった際にそんな風に声を掛けてくる。表情はとても嬉しそうだ。
なんでそんなに嬉しそうなんだろうかと疑問に思っていたけど、そのままスルーした。しかし通りがかる人たちみんなが、俺とメノがだらけているのを見て幸せそうな表情を浮かべる。微笑ましいのだろうかと思ったけれど、どうも違うっぽい。
そこで、これまた「気持ちよさそうですね」とニコニコした表情で声を掛けてきた、稽古終わりのプルーンさんに、「なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?」と聞いてみた。
「あれ、表情にでちゃってましたか? それはほら、私たちってみんなアキト様たちに居心地よく過ごしていただきたいんですよ。だから、こうやってのんびりしている姿をみると、すごく嬉しいです。もっと頑張ろうって思っちゃいます!」
……おう、俺の『休む姿を見せよう作戦』、なんか逆効果になっちゃってないか? 握りこぶしなんか作ってやる気アピールしちゃってるんだけど。
「逆に聞きたい。どうやった君たちは休んでくれるんだ? 俺としては、プルーンさんたちにものんびり過ごしてほしいんだけど」
「やりたいことをやらせてもらってますからね~。アキト様、のんびりするだけがお休みってわけじゃないんですよ?」
「それはわかるけど……遊んだりとかさ」
「毎晩みんなでボードゲームとかして遊んでますよ! リケットさんたちが作ってくれたお菓子を食べたりしながら。昨日はトトちゃんたちと遊んだんですけど、私が勝ちました!」
「そ、そうか……一日中遊びたいとかそういうことはない?」
「んーあまりそういう気持ちはありませんね。無理してでも何もしないほうがいいですか……? アキト様がどうしてもと言うなら、我慢してじっとしてますけど……」
プルーンさんは眉をまげて、すごく残念そうに言った。
「いやいや! 無理をさせたいわけじゃないんだ! す、好きなように過ごしてくれることが一番だから、プルーンさんたちの幸せが一番だから!」
「えへへ、アキト様はやっぱりすごく優しいですね。ありがとうございます! これからも精一杯みなさんのお役に立てるよう頑張ります!」
プルーンさんはそう言うと、スキップでもするかのような軽い足取りで俺たちのもとを去って行く。
俺に抱きかかえられたままのメノが、首だけ動かしてこちらを向いた。
「……諦めたほうが良い気がする」
「俺もそんな気分だよ。でも、供給過多だよなぁ」
普通こういった場合、国内の生産が溢れているならば他国に売ったりするんだろうけど、この島は孤立している場所だからそれもできないんだよな。メノたちに頼めば内密に取引することも可能だろうけど、物が物だからそれもできないし、俺たちに外貨は必要ないんだよな。
「……ん? アルカさん?」
どうしたもんかなと、ロッキングチェアを揺らしながら頭を働かせていると、こちらに向かって歩み寄ってくる剣帝アルカさんの姿が目に移った。メノが俺に抱っこされたまま片手を上げると、アルカさんもそれに応じるように片手をあげる。
「久しぶりだな、アキト。カリス村の人たちも受け入れてくれたようで感謝する。そして、メノお姉さまとも仲が睦まじいようで何よりだ」
「……世界一の夫婦になる」
「メノお姉さまたちなら間違いないだろう――それで、メノお姉さま、例の件での報告なのだが」
例の件……? なんのことだろう。
アルカさんがチラっと俺を見てからメノに視線を移動させた。俺の知らないことなのだろうか? 聞くべきじゃない?
「えっと、席を外したほうがいいならそうするけど」
「……アル、大丈夫な内容?」
「あぁ、予想通りの結果となった」
「……じゃあアキトも聞いていい」
やはり、アルカさんとメノとの間で何か情報のやり取りがあったようだ。常にメノと一緒にいるわけじゃないから、こういったこともあるだろう。
とりあえず、話を聞いてみよう。アルカさんの表情から、あまり楽し気な内容とは思えないけど。
「イソーラでの内乱は、革命軍が勝利した。教会は解体、新たな王にはベスタドールが就いた」
……へ?
「……え? ちょ、イソーラで内乱? 革命軍? イソーラって、たしかリケットさんがいた国ですよね? なんでそんなことになってるんですか?」
教会が解体? ベスタドールってどなた様? 内容はなんとなくわかるけど、展開が凄まじすぎて頭が追いつかないんですが?
「……イソーラの辺境伯が、現状の人族至上主義に疑問をもっていた。アルには秘密裡に教会が生贄を行っている情報を流してもらった」
「彼は貴族ながら冒険者をやっていた変わり者でな、力も求心力もあった。イソーラの中ではたしかに人族が至上という空気があるが、なにも国内全土でそうなっているわけではない。反発する人間も、疑問に思っている人間もいる。そういう人間が、彼の元に集まったというわけだ。商人たちもかなりの人数が彼の味方をしたらしいぞ」
へぇ。商人ということは、国外とのやりとりもなにか制限があったりしたのかな。あとは他国の商人とか? ベスタドールって人が人族至上主義の空気を壊そうとするならば、他国との交易も活発になるだろうし……金の匂いを嗅ぎ取ったのかも。
「……あくまでアルには真実を届けてもらっただけだから」
七仙としての武力は使っていない――メノはそう言って、俺の胸に後頭部を擦り付けてくる。
生贄を止めさせるために片方に肩入れをすることにはなったけど、二人の話を聞いている感じ、この戦いに関わるつもりはなかったようだ。きっとそうすれば、彼女たちは自分たちの思い通りに世界を変えてしまえるからだろう。
「そっか……教会の人も、ちゃんとわかってくれたらいいんだけど」
その人たちも、悪意を持って動いていたわけでなく、本当に災害などから国を守ろうとしていたようだし。だからといって、生贄を容認する気にはならないけど。
「ともかく、これでもうリケットさんのような思いをする人はいないってことでいいんですか?」
「あぁ、それは間違いない。生贄のことに関しては、ベスタドールが国民の前で事実を公表したときに、大多数の人間に反発をくらっていたからな。もうやろうとしてもやれないだろう。信仰とは怖いものだな、善意で人を傷つけてしまう」
「そうですね……俺もそう思います」
そう口にしながら、俺はチラっとあまり見ないようにしていた方角に目を向ける。
カリス村の代表者――ヴァンさんの家の庭には、俺が腕組みをしたポーズの木像があるのだ。どうやら毎朝お祈りをしているらしい。変な信仰にならないようにしてほしいものだ。
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