第123話 いちゃいちゃ大作戦(命名メノ)




 生魔島の人口が三倍に増えた結果、衣・食・住の全てにおいて仕事が増えた。

 ワーカホリックの集まるこの島においてそれはとても喜ばしいことであるのはたしかだけれど、それは『新たな住民がワーカホリックではない』という前提が必要となる。


 つまり何が言いたいのかというと、全員が全員、必要以上の仕事をしてしまっているせいで仕事が減ってしまったのだ。なんてこったい!


 俺はメノさんとの共同作業が増えたから――いや、こういうことはあまり考えないようにしておこう。考えるのは夜だけにすべきだ。


 ともかく。


 このままでは大変よろしくない。俺はこの島に住む人たちを幸せにしたいのだ。できることならば、やりたいことを思う存分にやらせてあげたいのだ。


 となると、彼らの需要を『仕事』から他のものに移す必要が出てくる。

 それは遊びだったり、のんびりした時間だったり、誰かのためでなく自分のために使う時間だ。間違っても『好きでやってるんで!』という奉仕の心ではない。そうじゃない。


 この度晴れてパートナーとなったメノに相談することも考えたのだが、ここは異世界の人よりも、地球出身の人に聞いたほうが有益な案を聞かせてくれるかもしれないと俺は考えた。


 だから、この島の中では一番自分の欲のために行動している母さんに聞いてみた。結果として皆に酒を楽しんでもらってはいるけれど、母さんの場合は自分が美味しい酒を飲みたいという気持ちが一番だろうからな。


 もっと島の人にのんびりしてもらうためにはどうしたらいいだろう――と聞いてみた。


「そりゃ明人があれだけ働いてるんだから、みんなが休めるわけないじゃない。あなた会社の上司がせっせと働いている近くで『定時なんで帰りまーす』って言える? 部下に帰って欲しかったらあなたがさっさと帰りなさい」


「言いたいことはわかるけど、俺は間違いなくこの島で一番働いてないよ? 家具づくりとかこまごましたものを少しだけ作ったり、この前のロッキングチェアみたいに思い付きで作ることはあるけど、それでも他の人たちに比べると七割も働いてないと思う」


 仕事を探してはいるけれど、他の人より働かないようには気を付けている――つもりだ。たまに暴走してしまうけど、楽しいから仕方ない。


 俺が腕組みをしてうなっていると、母さんは深いため息を吐いた。そしてやれやれと言った様子で首を横に振る。


「いい? 七仙の人たちは別として、明人はみんなの命の恩人みたいなものなの。ディグやフロンはヒカリに治療してもらったけど、その上にいるのはあなたなの。それはちょっと優遇してもらっている程度の恩じゃなくて、リケットちゃんなんかは『一生明人に尽くします!』ってぐらいでしょう? ちょっとやそっと仕事量を明人より増やしたぐらいで満足するわけないでしょう」


「じゃあどうしろってんだ」


「メノちゃんとか誘って、一日だらだらしてみなさい。仕事一切禁止で。六割七割の仕事しかしないんじゃなくて、ゼロ割にしなさい。だったら少しは、みんなも『私も休んでいいのかな?』ってなるかもしれないでしょ?」


「なるほど……メノに相談してみる」


 一日一切仕事をせずに……か。もともと仕事という感覚で作業をしていないから、どこからどこまでが仕事なのかわからない。料理の準備とか食器の片付けぐらいはさすがにいいよな……? と思って聞いてみたら、それもダメと言われた。


 何もしないというのは、俺が思っている以上に難しいのかもしれないな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 母さんに相談した日の夜、メノにもその作戦を打ち明けると、彼女は即座に了承してくれた。間引きも最近島の奥までやったばかりだから、一週間ぐらい何もしなくても何も問題はない。


 特にやることも決めずに、仕事らしい仕事をせずに、皆にわかりやすいところでのんびりと過ごす計画だ。休んでいるところを、皆に見せつけるのが今回の目的である。


 そして翌朝、俺は朝食を食べている皆の前で『今日俺は、休日とさせてもらう』と堂々と宣言した。そしてその言葉のあとに『皆も、休みたくなったら遠慮せずに休んでくれ』とか『一日休日が欲しかったら、誰かに仕事を任せて休んでくれ』とか付け加えた。


「アキト様はゆっくり休まれてください。むしろ、もっと休んでください」


 まずヴァンさんがそう言って、


「アキトさんは、私たちにもう一生分以上のことをしてくれました。好きなときに、好きなだけ休んでください」


 ヴァンさんの妻のドロアさんが続く。


 開拓初期からいたリケットさんやロロさんは、「私が身の回りのお世話もしますよ!」とか「アキトさんが望むことなんでもいたします」と言ってメノにジト目を向けられていた。メノの冷たい視線に気付きビクッと震えた彼女たちだったが、「「メノさんもなんでも言ってくださいね」」と強気の姿勢を見せていた。


 そんな言葉を投げかけられたメノは、しぶしぶ頷いたあとに、


「……リケットたちも強くなってきた、困る」


 と呟いた。


「あはは……別に恋愛的な意味じゃないと思うぞ? 彼女たちは前からあんな感じだったし。それだけ感謝の気持ちが強いってことなんじゃないかな」


「……むぅ。油断できない」


 彼女は警戒心をあらわにしながら、俺に近づき肩を触れさせる。

 メノが嫌がるようなことにはならないと思うけどな。彼女たちが感謝の気持ちを持っているのは、俺だけじゃなくてメノに対してもなのだから。


 もし万が一、彼女たちが俺に恋愛的な好意を持つことになったとしても、メノの意思をきちんと考慮するだろう。


 というかさ、俺が休むといったらみんな逆に張り切ってしまってやしないか?

 なんだか逆効果のような気がしてきたんだけど……とりあえずこれでみんながどのような変化をするのか、しっかりと観察してみよう。




「何もしないというのも案外疲れるな……」


「お兄ちゃんも木登りするー?」


「それをやると『世界樹の果実を回収してる』とか勘違いされそうだから……我慢するよ」


「……何もしていないわけじゃない、私を捕獲してる」


「まぁそれはそうなんだけどね」


 世界樹の木の下で、俺はメノともにロッキングチェアに乗って前後に揺れていた。ロッキングチェアは一つ――俺の上にメノが乗り、彼女を抱きかかえるようにして座っているのだ。


 そして、頭上では葵たち五人が木の枝から枝へ自由に飛び回っている。どうやら鬼ごっこの最中らしい。木登りと鬼ごっこって同時にできるんだね。


 ヒュンヒュンと高速で動き回る葵たちを眺めたあと、メノのつむじに目を向ける。左巻きの綺麗なつむじだ。根元から毛先まで艶があるなぁと観察していると、メノが顔を斜め上にむけて俺に目を向ける。態勢的に目線は合わなかったので、俺も彼女を覗きこむように頭の位置を移動させる。


「どうした?」


「……アキトがいるかたしかめただけ」


「そりゃいるでしょうよ。こうやって手を回してるんだし、メノが座ってるのは俺の上だぞ」


 俺がそう言うと、彼女は再び前を向いて後頭部を俺の胸に擦り付けてくる。マーキングですか。悪い気はしませんのでどうぞご自由に。


 風で揺れる葉の音や、時折聞こえてくる住民たちの声に耳を傾けながら、メノの体温を感じる。なんだか急にメノが愛おしくなってしまったので、俺は彼女の頬に口づけをした。


 すると、耳をほんのり赤くしたメノがこちらを振り返る。そして、こちらに向かって唇を突き出してきた。周囲を見渡して、誰も見ていないことを確認し、俺はメノの桜色の唇に自らの唇を重ねる。


「……こういうところをみんなに見せつければもっとみんな休んでくれるかもしれない」


「それは恥ずかしいので却下です」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る