第120話 カリス村の崩壊(※ヴァン視点)




「父さん逃げろっ! もうこの村は無理だ! 殿は俺が務める!」


「お前が逃げんかバカ者! ワシは村の長だぞ! 家族を連れてはよう行け! 何度も言わせるな!」


 村の至るところで悲鳴や怒鳴り声が聞こえてくる。その聞きなれているようで聞きなれていない村人たちの声をかき消してしまうような、魔物たちの大きな声。


 体中の血の気が引いていくようだった。


 戦えないもの、怪我をしたものたちは早々に村から逃がした。だが、まだ村に残って戦っている者はいるし、今全員でひけばすぐに追いつかれてしまうだろう。誰かが足止めをしなければ、一人として生き残ることができない――そういう状況だった。


「ドロア、俺たちの娘を――トトとミミを頼む、俺はここに残って足止めと残った人を避難させる。ばあちゃんに追いついて、皆を率いて逃げてくれ」


 トトとミミはすでに祖母と一緒に村から逃がしていた。ドロアは私が声を掛けるも、真っすぐにこちらの目を見返してきて、首を横に振った。


「嫌です。私も戦います」


 きっぱりと拒絶の意思を示した


「なにしとるかドロアぁ! ヴァンを引きずってでも連れていけぇ!」


「嫌です!」


 村長の罵声にも、ドロアは真っ向から立ち向かっていた。この時間が命を危険にさらすと思ったのか、父は舌打ちをして魔物へ向かって行く。

 そんなやり取りをしている間にも、別の場所からも声が聞こえてくる。


「――よくもっ、よくもお父さんっ!」


「プルーン! もうお前は戦えるような状態じゃない! すぐに下がれ!」


 たった一人の肉親を殺されたプルーンが、血まみれになりながらも憎悪の表情を浮かべて魔物に立ち向かっていく。戦場には彼女のように、もはや村を救うという意識よりも、復讐心で動いている人のほうが多くいた。


 幸い、村の中には戦える者が多い。だがそれも多勢に無勢――そもそも、戦えたとしても一対一でやっと勝てるというレベルなのだ。明らかに村の戦える者よりも多い魔物が襲ってきたとしたら、壊滅するのは必然だった。


 ひどい――あまりにもひどい有様だった。

 少しでも村のみんなが良い暮らしができるようにと頑張ってきた日々は、いったい何だったのだろう。つい数十分前までは笑いあっていた村の雰囲気は、もうどこにもない。


 もう、どうあがいても取り戻せない。




 数分だろうか、数十分だろうか。

 村に残された人も魔物も、いつの間にか半数にまで減った。ただの開拓村にしては長生きできているのは、昔騎士団に所属していた父が、日頃から『魔物はいつ襲ってくるかわからん』と皆に指導をしてくれていたからだろう。


 父は数匹の魔物に囲まれて殺され、俺の右腕も魔物に噛みつかれ、折られ、まともに動かなくなってしまっている。


 あぁ神様――もし俺の願いを聞き届けてくれるのであれば、ここで俺が死んだとしても、どうにか他のみんなを助けてください…………なんて、な。

 馬鹿みたいなことを考えるのはやめよう。


「――ふぅっ、まだ、まだ助けられる」


 弱ってきたウルフの首に剣を突きさし、絶命させる。

 信仰心がないと言われても仕方がないが、そもそも神様なんて俺は信じちゃいない。神様よりも、俺の使い慣れていない左手のほうが、まだ仲間を助けられる。


 だが――、


「――グォオオオオオ」


 大量のウルフたちがなぜ村に――その理由が、姿を現した。

 真っ黒な巨体。人の二倍以上もある背丈に、触れるだけで命を刈り取られてしまいそうな凶悪な爪。金色に輝く瞳が、捕食者の瞳が――村人とウルフたちに向かって威嚇するように叫んでいる。


 ブラックグリズリー……あの魔物に、俺たちは勝てない。Bランク以上の冒険者が討伐にあたるような魔物だと、どこかで聞いたことがある。

 そして、おそらく村の全員が絶望を味わった、その時だった。


「ごめんなさい、遅くなったわ」


 空から、風を纏いながら人が舞い降りてきた。


 突然の乱入者に一瞬目を奪われてしまったが、俺は慌ててブラックグリズリーに視線を戻す。真っ二つに割かれたブラックグリズリーだったものが、静かに地面に崩れ落ちていくところだった。


「……え?」


「――私の名はシャルロット。もう誰一人として死なせないから、安心しなさい」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 七仙の一人――弓姫シャルロット様。

 この国で……いや、この世界で彼女たちの名前を知らぬものは、ほぼほぼいないだろう。


 不死の力を与えられた、神の代行者たち。


 大賢者メノ様を筆頭とするその七人に、どの国の王であっても逆らうことはできない。いや、魔王ルプル様、竜王エドワード様、精霊王レイラ様はそもそも王位についているので、逆らうもなにもないのだか。


 ともかく、こんな国の端に位置するような開拓村にでも知られているような、すごい人に、俺たちは助けられた。そしてシャルロット様は、私たちに一つの提案を投げかけた。


「私たちが別の場所に移住――ですか? もちろん、シャルロット様がそう言うのであれば従いますけど、領主様になんとお伝えしてよいか……」


「そっちのことは気にしなくていいわ。私がやっとくから。問題はあなたたちの気持ちよ」


 シャルロット様は、村から逃げた者、生き残った者たちを一か所に集めて、治療を施したあとに私たちに説明をしてくれた。


 どうやら、開拓中の無人島に移りこむ気はあるか? ということらしい。

 そこでは安全が保障され、衣食住もあるが、自由はそこそこ制限されているとのこと。とはいっても、その自由の制限は、魔物から守る結界の外に出てはならない――というものらしい。安全のための、制限だった。


 しかし、それは一生。死ぬまでの永遠に――ということらしい。


「もちろん、嫌なら断ってもいいわよ。むしろ、私の勝手な行動だからアキトに怒られるかも――いや、怒られはしないかしら……と、ともかく、貴方の意思を聞いて、あちらの島の主に相談してからね」


 シャルロット様は『メノお姉ちゃんに段取りが悪いって怒られそう』と眉をまげている。


 メノお姉ちゃんというと――大賢者メノ様もこの件に関わっていることなのだろうか? しかも『アキトに怒られるかも』だなんて――七仙を叱ることができる人なんて、この世に存在するのか?


 いや、今は余計なことを考えるのは止めよう。普通なら七仙の方の提案を断ることなんてできる身分ではないが、今の私は、村長の息子。皆の人生を守らなければならない。


「皆と、一度相談させてください――それと一つ質問を」


「なにかしら?」


「その島で暮らすことが私たちの幸せになると、シャルロット様は思いますか?」


 その問いかけに、シャルロットさんは口の端を吊り上げてニヤリと笑う。


「ええ、保証するわ。島の主がね、そういう人なのよ。もうむちゃくちゃに甘やかされると思うわ」


 楽しそうに笑うシャルロットさんに釣られて、私も思わず笑顔になった。たぶんはたからみたら、泣いているのか笑っているのかよくわからない表情だったと思う。


 開拓中の村で甘やかされるって、どんな状況なんですか――そんなツッコミは、胸の内にしまっておくことにした。




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