第121話 やる気みなぎる(※ヴァン視点)




 泣き崩れる者、呆然自失となっている者、床を叩いて理不尽を嘆く者。


 シャルロット様は私たちに食料を与えたのち、村で死んだ者たちを弔ってから、遺骨を壺に入れた。そしてその場には七仙の一人である剣帝アルカ様もやってきて、私たちやシャルロット様の手助けをしてくれた。


 それからアルカ様が手配してくれた馬車で近隣の町まで移動。そしてその町で、数日間の滞在をすることになった。

 衣服は高級品ではないものの、綺麗な物に着替えさせてもらった。


「俺が村長……か」


 父が死んだため、皆の推薦によって俺がカリス村のまとめ役になることになった。とは言っても、もうカリス村は存在しない。カリス村にいた人のまとめ役――ということだ。


 生き残った俺を含む十八人で集まって、これからのことを話した。


「俺は……シャルロット様の提案に乗るべきだと思ってる。俺たちはあの村で……あの方が助けてにきてくれなければ、どうせ死んでいたんだ。島だろうと、いま生き残っている人全員が一緒に暮らせるなら、それだけでも幸せなことだと思うんだが――どうだろう?」


 俺の言葉には、皆同意の声を上げてくれた。


「そうですね……私もそれが良いと思います。私たちは一時的に保護されていますが、いまからみんなが新しい仕事を見つけて暮らすというのは、なかなか難しいことだと思いますし」


「ヴァン坊の決定にワシは従うぞ」


「子供たちを養いながらと考えると、衣食住を保証してくれるシャルロット様の提案に乗るべきだと私も思うわ」


 これまでののんびりした暮らしとはかけ離れたものになるかもしれない。

 シャルロット様はあんな風に言っていたけれど、開拓中の場所で安全が保障され衣食住もあるだなんて、そんな美味い話があるわけがない。きっと、どこかに大きなデメリットもあると思うのだ。


 仕事の内容がひどく過酷だとか、魔物以外の脅威が存在するとか。

 シャルロット様はデメリットが『一生島から出られないこと』だと話していたけれど、俺にはたったそれだけのデメリットで済むとは思えなかった。


 だけど、俺たちは賭けることにした。

 シャルロット様が口にした『むちゃくちゃに甘やかされると思う』という言葉――あの言葉が俺たちを安心させるためのものではなく、真実であるということに賭けることにしたのだ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 シャルロット様に睡眠薬で眠らされてたどり着いた場所は、びっくりするぐらい大きな大樹のある天国のような場所だった。


 そこでこの島の代表者と言うアキト様が俺たちに挨拶をしてくれたのだけど、あまり頭に入ってこなかった。なにせあの場にはシャルロット様の他に、大賢者メノ様、魔王ルプル様、拳聖フーズ様がいらっしゃったのだ。平常心でいられるはずもない。


 ずっと悲しんでいた人も、この場のありえなさに悲しむことを忘れてただただ怯えていた。開拓中の場所って言ってましたよねシャルロット様!? すごく立派な建物や家が見えるんですが!? 俺たちの前に並べられている食事って、どう考えても俺たちが食べていいような食材じゃないですよね!?


 その料理の味も、まさに天上の味といった感じだった。最初はただ美味しさに感動していたけれど、この食事も、父さんや死んでしまった人たちに食べさせてあげたかったと思うと、気分が暗くなってしまう。


 だが、カリス村の代表になったからには、俺が暗くてはいけない。両手で頬を叩いてから、明るく家族と食事の感想を言い合う。


 この島の人たちの雰囲気は、とても温かいものだった。カリス村を見ているような、みなが家族のような雰囲気。それこそ、元々生贄として死ぬ予定だったらしいただの少女が、七仙の人たちと普通に会話をしていたりするのだ。大陸では、まずありえない光景だろう。


 この場所なら、きっとどんな辛いことも頑張れると思う。俺は少し穏やかになりつつある村人たちを見て、安堵の息を漏らしたのだった。




「甘やかしが過ぎる――っ!」


 俺は与えられた大きく綺麗な家に入り、内装を見てから思わずそう叫んだ。

 え? お風呂とトイレ付きで魔道具は至るところに設置してあるし、冷蔵庫なんて貴族しか持っていないような設備があって、その中には丁寧に並べられた飲み物が入っている。


 居間には座り心地の良さそうな大きなソファが二つあるし、食器棚には人数分の食器やコップが入っていて、まさに至れり尽くせりの状態だった。


「パパママばあば! お部屋決めよう! お部屋がいっぱいあるよ!」


「ベッドが五個あった! お部屋も五個あった!」


 トテトテと手すりに手を置きながら、トトとミミが興奮した様子で二階から降りてくる。ドロアと祖母は一階を呆然とした表情で見渡しており、トトとミミの言葉に反応しない。それほど衝撃だったのだろう。


 一通り見終わってから、家族全員で椅子に腰掛けた。トトとミミは元気だが、大人組はみんな俺を含め驚き疲れてしまっている。


「……なんだここは」


 思わず、そんな言葉を呟いた。ドロアが「なんなんでしょうね」と続き、祖母も「なんなんじゃろう」と口にする。トトとミミは『すごい綺麗なおうちだね!』と嬉しそうだ。俺もそんな風にシンプルに喜びたかった。


 なにもかもがありえない。豪華すぎる。どう考えても、俺たちが住めるような場所ではない。そんな場所を『はいどうぞ』と渡されても、正直困ってしまう。


 そんな時、玄関の扉がコンコンとノックされて、アキト様の『お邪魔しますよー』という声が聞こえてきた。


 俺は慌ててみんなに『と、とりあえず跪いて頭を下げよう!』と伝え、玄関まで走っていく。扉を開けると同時、みんなで膝を突いて頭を下げると、アキト様は苦笑しながら「俺は別に偉くないですから、普通に接してもらっていいですよ」と言ってくれた。


 こんなすごい村のまとめ役が偉くないわけがないでしょう!


「それで、これからのことなんだけど……亡くなった方々のこと、お悔やみ申し上げます。きっとみんな、まだ心の整理ができていないと思うから、しばらくはゆっくりしてほしい。今は遺骨を壺に入れてもらっているけど、のちのちお墓を作りたいと思うからまたみんな一緒の時に相談させてくれ」


 優しそうな笑顔を浮かべて、アキト様はそう言った。

 だけどまだ、俺たちは肝心なことを教えてもらっていない。明らかに発展しているこの島で、俺たちはいったいなにをすればいいのだろうか? 何ができるのだろうか?


「お心遣い、ありがとうございます! みんなもきっと喜びます。それで――私たちはこの島で何をすればいいのでしょうか? なんでもします!」


 疑問をそのまま尋ねると、なぜかアキト様はぴくぴくと頬を引きつらせる。笑顔を浮かべてはいるが、困っているような表情だ。


 もしかしたら、言い出しにくいような苦しい仕事なのかもしれない。


 だけど、ここまで与えられているのだ。きっとカリス村で過ごしていれば一生たどり着くことのできないような裕福な暮らしをさせてもらうことになるのだ。死にはしないレベルの仕事ならば――家族がこの幸せを享受できるのであれば、頑張ろうと思える。


 アキト様は『くれぐれも頑張りすぎないように』とよくわからないことを言っていたが、おそらく私たちの体調を気遣ってくれているのだろう。


 あの美味しい食事を食べてから、体の底から元気が溢れてくるのだ。


 いまの俺ならば、一日二十時間は働ける気がする。村のみんなを守るため、そしてこの場所を提供してくれた皆さんに報いるためにも、気合を入れないといけないな。



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