第118話 来訪




 あれもやらなきゃこれもやらなきゃと生魔島の住民はせっせと働き、あっという間にホルン王国の人たちがやってくる日になった。


 ルプルさんが海面を凍らせて滑りやすいようになだらかにしたうえで、その上にシャルロットさんがコンテナを乗せて滑らせるというなんとも原始的(と言っていいのかわからないけど)な方法で彼女たちをこの場所まで連れてくるらしい。


 他の輸送手段としては、竜王のエドワードさんに竜化してもらい、ロープにぶら下がったコンテナを運んでもらうとか、メノが魔力の羽で飛びつつ、シャルロットさんにサポートしてもらいながらエドワードさんのように運ぶという方法があったらしいのだけど、ルプルさんが『これを口実に仕事がサボれるのだ!』とウキウキしていたので彼女に任せることにした。


 これもいちおう仕事だと思うんだけど、彼女的には書類仕事以外はあまり仕事という感覚がないらしい。シャルロットさんが付いているなら変なことにはならないだろうということで了承した。



「初めまして。俺はこの生魔島の代表者である、アキトです。私たちはみなさんを歓迎します」


 コンテナから運ばれてきた人たちは、皆魔素酔い回避のために眠らされていたようで、わりと夢心地というかなんというか、『夢なのかな?』といった感情が読み取れるような表情を浮かべている。現実を理解している人は、顔を青ざめさせて体を硬直させていた。そりゃ近くのテーブルに七仙の人たちが普通に座ってますもんね


 場所はメノと使った結婚式の会場で、五人掛けの丸テーブルに、五人、四人、四人、五人と聞いていた通りの年齢層の人たちが座っている。


 壇上に立つのは、俺ひとりだけ。七仙の人たちとの関りによって鍛えられたせいか、こうやって話すのもあまり苦ではなくなってきた。ちなみに先ほどの挨拶は、メノが『ちゃんと【代表者】って伝えたほうがいい』との助言をもらっての発言である。


「見ての通り、ここは主要都市と比べるとまだそこまで発展の進んでいない島です――ですよね?」


「んー、どうかしら? 細かい部分で言えば大都市よりよっぽど豪華なものが揃っているわよ? 人数が少ないから発展する必要がないだけじゃない?」


 俺が立つ場所から一番近い席に座っていたシャルロットさんが、質問に答えてくれる。まぁ、彼女の言う通りなのだろう。不便があったらみんなその都度解決するように動いてくれているし。


「なるほど――ありがとうございます。できるだけ皆さんに不便はかけないようにするつもりですが、何か困ったことなどがあれば気軽に伝えてください。俺じゃなくてもいいので、ぜひお願いします」


 そうやって伝えていくうちに、さきほどの夢かうつつか怪しんでいた人たちも現実だと理解しはじめたのか、カチコチに固まり始める。そんなに緊張する必要はないのに……といっても、無理な話なんだろうなぁ。


「これから皆さんには、この島で暮らしていっていただきます。お店などはありませんので、みんなで協力して自給自足していく形になります。結界の外には魔物がいますが、この結界から出ない限りは安全ですのでご心配なく。みんなで楽しく仲良く過ごしてくれることが、俺の何よりの願いです」


 そんな感じで俺は長々とした挨拶を終えた。


 ルプルさんが俺の挨拶に飽きて目の前の唐揚げに手を伸ばし始めたのを見てやばいと思ったのだ。そう、彼女たちの座る丸テーブルの上には、たくさんの料理が並べられている。いきなり食べなれていないであろうライスを出すのはマズいかと思ったので、主食はパン。時間にも余裕はあったので、お肉も野菜もフルーツもふんだんに用意させてもらった。


「では、あらたな住民を歓迎して、乾杯!」


 元の住民たちは俺の掛け声に続いて楽し気に『乾杯!』と言ってくれていたが、新たな人たちは、縮こまってしまってコップを持つことすらできていない様子だった。ちょっとずつ、心をほぐしていく必要がありそうだ。



 もちろん、乾杯した後は放置――なんてことをするつもりはない。

 この歓迎会は一度彼らの家に案内してから、休んでもらったあとにしようかとも考えたのだけど、これまでの経験から考えて、そこまで打ち解けるのに時間はかからないだろうと判断したのだ。


 この島にいる人たち、わりとフレンドリーだし。


「お兄ちゃん、私あっちのテーブルにお邪魔してくる!」


「私はシオンとあっちに行く~」


「じゃあ私はあっちに行きますね! 平民ですから話しやすいでしょうし」


 葵たちやリケットさん、他にもディグさんとフロンさんも、新たな住民のところに行って話をしに行ってくれるらしい。残念ながら七仙の人たちは相手を萎縮させてしまうだろうから、のんびりと食事を楽しんでもらうことにする。母さんはそんなことお構いなしにグビグビと酒を飲んでいた。


「こんにちは、先ほどご挨拶したアキトです。シャルロットさんから色々話は聞いていると思いますが、緊張する必要はありませんよ」


 俺が最初に近づいていったテーブルは、双子の子供がいる五人家族のところ。

 彼らは俺が言葉をかけるとすぐさま立ち上がろうとしたので、「座ったままでいいですから」となんとか席についてもらった。


「わ、私はヴァンといいます! この度はカリス村の民を救っていただき、ありがとうございます!」


 まず、右肩から腕に掛けて包帯をぐるぐるにまいている男性がそのように俺に挨拶をしてくれる。シャルロットさんによると、彼の年齢は三十代だったか?


 ワイルドなディグさんとは違い、優しそうなイケメン男性である。ただ、彼も他の人たちも、身に着けている衣服は……こういっちゃなんだが、ボロい。つぎはぎすらもところどころ破れているような感じだった。随分と苦しい生活だったことが一目でわかる。


 それに続いて、彼の祖母、妻、双子の娘が自己紹介してくれた。

 祖母はミルキ、妻はドロス、双子は俺から見て髪を右で縛っている子がミミで、左で縛っている子がトト。名前憶えられるか不安だぜ……。頑張って覚えよう。


 心の中で顔と名前を一致させるためのメモをしつつ、どうやら彼らはまだ食事を開始できていないようだったので、とりあえず双子の娘から崩していくことにした。


「ミミちゃんトトちゃん、そのジュースとっても美味しいから、飲んでみてほしいな。この島の自慢なんだ」


「ジュース……?」


「甘い匂いがする。パパ、いいの?」


 もしかしたら、彼女たちは甘い飲み物というものを知らないまま生きてきたのかもしれない。さすがに果実ぐらいは食べたことがあるかもしれないけど……それをジュースにするのはもったいないって感じなのかなぁ。


「あぁ、アキト様がこうおっしゃってくださっているんだ、感謝していただきなさい」


「ヴァンさんも飲んでくださいよ。ミルキさんもドロスさんもです」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ヴァンさんはそう言いつつも、ぎこちない動きだ。そしてミルキさんとドロスさんも同様に、コップを手で持ちはするが、中のジュースに目を向けるだけで、なかなか口に運ぼうとしない。


 あれ……もしかして毒を疑われてるとかなのかな……?


「わ、わ! なにこれ!」


「んー! すごい! すごく美味しいよ! ばあばあも飲んで! それとね、なんかね、身体が元気になるよ!」


 俺が毒見役をしたほうがいいのだろうかと真剣に悩んでいると、ジュースを飲んだ双子の娘がそんな風に発言してくれた。


「あら、そう? 私もいただきます、ありがとうございますアキト様」


 そして、孫二人に促される形で優雅な所作で祖母がコップに口を付け……


「ふぉおおおおおおおおおお! なんじゃこりゃぁあああああああ!?」


 そんな雄たけびをあげた。祖母とは言ったものの、見た目はまだまだ若いお母さんといった感じの人なんだが……見た目通りまだまだ元気そうだな。




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