第114話 続・お風呂にて
「……つ、次は前を洗ってもらうから、見られるの恥ずかしい」
俺に目隠し用のタオルを手渡したメノがそんなことを言った。
いやいや待ってくださいメノさんや。いくら目隠しをしたとはいえ、身体の前面を洗うとなるとそれはもう目で見る以上の恥ずかしさがお互いに沸き起こってしまいませんか?
いくらタオル越しとはいえ、身体の凹凸だったり柔らかさだったり――洗う方の俺はまだしも、洗われる側である彼女はタオル越しかどうかなんて関係ないほどに冷静ではいられないはずだ。
「……それも母さんから教えてもらったの?」
「……? シズルは身体洗ってもらえばいいって言ってた。恥ずかしかったら目隠ししてもらえって」
あぁそうか……そもそもこういう文化がないのであれば、背中だけ流すということも知らないのか。前面は基本的に、自分でやるものだということを知らないのか。貴族とかはそういうことやってそうな気がしなくもないけど、少なくともメノさんは知らないらしい。
「あのなメノ、こういう裸の付き合いで体をお互いに洗う時ってのは、だいたい背中だけを洗ってもらうものなんだ。前面まで洗うってのはよっぽど関係が深かったり――いや、深くてもする人は全くと言っていいほどいない。だから、前はやめておこう」
彼女の背中に手を置いて、諭すように優しい口調でそう言った。
ちょっと好奇心というか、俺の中のオスが『なにをもったいないことしてんだよクソが! 千載一遇のチャンスだろうがボケ!』と怒鳴り声を挙げていたが、そいつは檻に閉じ込めてさるぐつわをして黙っていてもらうことにした。俺は紳士なんです。
「……じゃあやっぱり洗ってもらう」
「俺の話聞いてた?」
「……聞いてた。お互いに全身を洗うということは、とても少数の仲良しだということがわかった。だから洗ってもらう」
「えぇ……って、ちょっとちょっと! まだ目隠ししてないから!」
俺が呆れた声を漏らしていると、メノは椅子に座ったままよいしょよいしょと体を反転させる。左手で下腹部を隠し、右手で両胸を隠して。
顔を真っ赤にしたメノの視線が、一瞬俺の下半身へ向かった。
「……私が終わったら次はアキトの番」
大人の階段の上り方って、こんな感じだったりするのかなぁ……。もう俺は二十五歳なんですけどね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ごめんなさい。冷静じゃなかった」
「俺のほうこそ流されてしまった……少しのんびりしよう」
お互いの全身をくまなく洗ったのち、俺たちは湯船に浸かった。口に出せないような色々なことがあったけれど、それは心の中にしまっておくことにしよう。いま俺が心の中で口にだしてしまえば、なんとなくヤバい気がした。
お互い湯船にタオルは持ち込んでいないけれど、葵たちが作成してくれている良い香りのする入浴剤?のおかげで、お風呂はくすんだ緑色になっており、水面から十センチ下はもうはっきりと見えないような感じになっていた。
だからお互いに向かい合って風呂に浸かっているけれど、大事な部分はきちんと隠れている。胸のふくらみなんかは当たり前のように見えてしまっているが、なんというか、すでにある程度の耐性ができてしまった。あまり見ないようにしているおかげかもしれないが。
「……これはお酒のせい」
まぁ、そうなんだろうな。普段のメノならもう少し冷静に事を運んでいただろうし。
メノは顎を風呂のお湯につけているものだから、彼女がしゃべると水面が揺れる。
「……次からは背中だけにしておく。こんなに恥ずかしいものだとは思わなかった」
「ということは、また一緒にお風呂に入る感じ?」
「……今日から毎日のつもりだった」
「そ、そうですか」
「……アキトは嫌?」
「嫌じゃないです」
そんな上目遣いで言われたら断れるわけないじゃないですかー。
そしてこの『俺が断れない』ということを彼女が知ってしまったら、メノは利用しようとするのか、それとも遠慮してお願いをしなくなってしまうのか……どちらにせよいい結果にはならないだろうから、口に出すことはできない。
「……アキト、手出して」
「ん? はいどうぞ」
言われるがままに右手を彼女の前に持ってくると、彼女は俺の手を取って自分の手と合わせた。そして「おっきい」と呟くように口にする。
「メノの手はちっちゃくて可愛いよな。それに綺麗」
「……アキトの手も綺麗。マッサージしてあげる――ソラに教えてもらった」
彼女はそういうと、俺の手を親指でグッグッと押し始める。
「あー、これは気持ちいいな。あとでメノにもしよう」
「……ん」
指先から始まり、手のひらそして徐々に手首と身体に近づいていくような形でメノが俺の手をマッサージしていく。そして、彼女のマッサージが肘にさしかかろうとしたところで、俺の手がメノの胸に軽く触れた。俺は硬直し、メノも動きをピタリと止める。
「……いや、その、悪気はなくて」
メノの視線が一瞬俺に向いたかと思うと、彼女は無言でそのままマッサージを続行した。ふにふにと俺にはメノの胸の感触がダイレクトに伝わってきている。
結局、その場の空気に抗えることなく俺は両手の二の腕までびっしりマッサージをしてもらいました。そして同じく、俺も彼女の手をマッサージすることになったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
もしかしたら結婚式よりも長い時間お風呂に入っていたんじゃないだろうかと錯覚してしまうほど濃密な時間を過ごしたのち、メノ、俺の順番でお風呂から上がった。さすがに体を拭くところまでは一緒にしなかった。色々隠しようがないし。
髪をタオルで拭きながらメノに続いてリビングにやってくると、俺と同じように頭にタオルを乗せ、パジャマ姿になったメノがソファにゆったりと座っていた。
テーブルの上にはワインボトル、彼女の右手には空になったグラス。
さっき『お酒のせい』とか言っていた気がするんですけど、なんで追い酒しちゃってんですかねぇ!
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