第112話 みんなでわいわい
メノからの長く濃い誓いのキスは、痛々しい沈黙をもたらしてしまったものの、結婚式自体はつつがなく終えることができた。メノはウェディングドレスから青色のドレスに着替えて、そこから先はパーティである。
参列席に置いてあったベンチを隅に移動させて、バーベキューのための網と火を三か所に設ける。丸テーブルにはお肉などの網で焼く食材の他に、果物やサラダ、パンやおにぎりなどの料理がたくさん並べられた。
俺やリケットさん、ロロさんなどはもっと高級な感じの食事にしたほうがいいのかなぁと考えたりしていたけれど、この島に住むメノ、ルプルさん、フーズさんという三人が『好きなようにしていいんじゃない?』というスタンスだったため、お言葉に甘えて堅苦しくないようなパーティにさせてもらった。
「いちおう名目的には母さんとフーズさんの歓迎会でもあるんだから、二人とも遠慮なく飲み食いしてくれよ」
ちょうど二人が同じ場所でお肉を焼いていたので、声を掛ける。
俺としては個別に祝いの席を設けても全然構わないのだけど、二人がそれを遠慮した。まぁ母さんは歓迎というよりも人化祝いって感じだし、フーズさんはわざわざ自分のためにそんなことしなくていいって感じだったし。
だから無理やりではあるが、これは披露宴かつ歓迎会なのだ。いちおう、このことは披露宴が始まるにみんなに周知している。
「好きなように飲んでるわよ~。明人こそ主役なんだから、うろちょろしないでもっとどっしり構えておきなさい」
うろちょろって……そんなに動き回ってるつもりはない――いや、たしかにうろうろしてるわ。視界に人がいたら『楽しんでるかな?』って気になるじゃないか。むしろ主役権限でうろちょろを許可して欲しいものである。
「仕方ねぇ、俺が育てた肉をやるよ。結婚祝いだ」
俺と母さんが話していると、フーズさんが数枚のお肉を乗せたお皿を俺に渡してくる。つい「ありがとう」と受け取ってしまったが、彼女はきちんと食べているのか?
「……あの、冗談だからな? 本当に結婚祝いだとか思ってないよな?」
「ん? 違うの?」
「当たり前だろ! どこの世界に焼く手間を祝いにするやつがいるんだよ!」
それもそうか――というかフーズさんには指輪を手伝ってもらったし、アレが結婚祝いみたいなもんだろ。
お金のないこの島ではご祝儀なんてものはないし、身内だけでのお祝いみたいなものだから返礼品とかも用意していない。その分料理や飲み物を豪華にして楽しんでもらおうという感じなのだ。
とはいえ、外からゲストとしてやってきた四人はしっかりとお祝いの品を用意してきたようで、それらはすでに俺とメノさんがそれぞれ受け取っている。
エドワードさんからは『最近メノさんがお酒を楽しんでいるようなので』ということで、ペアのワイングラスをいただいた。金の装飾が入っているだけで高そうなのに、めちゃくちゃ頑丈なので落としたぐらいでは傷も入らないとのこと。
それからレイラさんからは、壁掛け時計と花束をもらい、アルカさんからは実用のものではなく装飾の凝った短剣を二人分。そしてシャルロットさんからは二人分のブーツ。ブーツの素材はルプルさんに協力してもらってこの島から調達し、彼女が自分で作ってくれたようだ。使うのがもったいない気もするが、どうか使い潰してほしいと頼まれてしまった。
エドワードさんとレイラさんは地球の祝いでもなじみのあるものだったが、アルカさんとシャルロットさんは『さすが冒険者だなぁ』と思えるような内容だった。
「母さんは飲み過ぎないように」
「飲み過ぎたらいけないの?」
「……身体に悪くない程度にしておきなよ」
「は~い。わかってるわよ」
今の母さん、飲み過ぎたところで不健康になりそうにないんだよなぁ。母さんも俺と同じくいくらのんでも軽い酔いにしかならないようだし、あらゆる病を治療するという世界樹の果実を自ら生産するような体質だ。不健康になる未来が見えない。
地球にいたころの名残で『飲み過ぎはよくない』という先入観があるけれど、別にその必要はないのかもしれないな。どうやら母さんも葵たちと同じくトイレは必要ないみたいだから、それこそ無限に飲めてしまうだろう。
「こんにちは、改めて今日は来てくださってありがとうございます。料理は口に合いましたか?」
シャルロットさん、アルカさん、ディグさん、フロンさんがいる場所にやってきた。彼女たちはワインの入ったグラスを片手に、テーブルを囲んで談笑していた模様。
七仙の人たちだけだったら少々話しかけるのに勇気が必要だったが、ディグさんたちもいてくれたから助かった。
「とても美味しいわ。やっぱりこの島でとれる食べ物は最高ね――あ、もちろん調理も完璧だと思うわよ? ここの食事を食べるために毎日通いたいぐらい」
「あははっ、そう言っていただけると住民としては嬉しいですね」
「住民というか主でしょあなたは。亜神が住民ってなによ。ここって神々の住まう島なの?」
シャルロットさんがからかうように言うと、ディグさんは「俺ってもしかして神の眷属になるのか? 天使か?」と笑い、フロンさんは「アキトさん、こいつ殴っていいですよ」と真顔で言っていた。みんな仲が良さそうでなによりである。ディグさんにはあとでデコピンしてやろう。
「とんでもない力の持ち主であることはメノお姉さまから聞いていたが、まさか亜神だったとはな。まず実在することに驚いたぞ」
シャルロットさんとアルカさんには、結婚式よりも前にメノから種族のことを伝えてもらっている。その時は大層驚かれたようだが、今日やってきたときには普段通りに接してくれていた。
「おかげさまで、安全に楽しく生活できていますよ。でも、本当にそれぐらいです。誰かと争うような気もないし、種族で敬われても嬉しくはありませんから」
俺がそう言うと、アルカさんは「それはそうだろうが」と前置きして、語り始める。
「私はアキトがこの島で成したことを、とても素晴らしいことだと思っている。たとえ力を神様にいただいたとしても、誰もが同じようにできるわけではない。みなの生き生きとした表情は、きっと――いや、確実にアキトがもたらしたものだ。そこは誇ってもいいんじゃないか?」
「そうそう。メノお姉ちゃんだってめちゃくちゃ幸せそうよ? 私の大切な人をあんなに幸せにしてくれて感謝しかないわ」
アルカさんに続いて、シャルロットさんもそんな風に言ってくれた。
「はは、これからもみんなで幸せになっていけるよう頑張りますよ。お二人もたまにで良いですから、こちらに遊びに来てくださいね」
照れ隠しに頭を掻く。二人はそんな俺を見て笑っていた。
「もちろんだとも。甘い新婚生活を見学させてもらうつもりだ」
「ねー。あのメノお姉ちゃんのキス……いま思い出しても私が照れちゃうわ」
お願いします。あのハプニングに関してはどうかお早めに記憶の隅に移動させておいてください……。
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