第111話 誓いのキスは
昨夜は結局、複数回『メノ』と呼び捨てにさせられたのち、今後もその呼び方を継続することを約束してから眠りについた。もしかしたらメノも少量とはいえお酒を飲んでいたから、あまり覚えていないんじゃないかなぁと思ったけれど、はっきり覚えていた。むしろ俺が忘れていて怒られた。
まぁそれはいい、本日は結婚式である。
母さんの知識をもとにして、ウェディングドレスとタキシードをリケットさんが作ってくれた。
この世界の結婚式では、もう少しキラキラしているというか、女性のドレスの色はさまざまらしいし、男性も装飾に金色などが使われたりしてカラフルみたいだ。
しかしメノとしては、俺たちの世界の結婚式に興味があるらしく、彼女がこちらに合わせてくれることになった。そんなわけで、本日彼女が着るのは真っ白なウェディングドレスであり、俺は彼女と同じく真っ白なタキシードに、シルバーのネクタイをすることになっている。
式の開始は午前の十一時。
島の外に住む七仙の人たちは、午前十時にこちらにやってきた。
剣帝アルカさん、弓姫シャルロットさん、精霊王レイラさん、竜王エドワードさん。
改めて考えてみると、ものすごいメンバーだなぁ。今回結婚する人が大賢者メノだから当然といえば当然なのだろうけど、一般人の俺としては顔を合わせたことがあるとはいえ緊張してしまう。
余談だが、どうやら俺は七仙の人たちの間では『亜神アキト』と呼ばれることもあるらしい。やだー、パっと聞いたら一番やばそうじゃないですかー。まぁ、世間で話されることもないだろうし、良しとする。
彼女たちがやってくる前に会場の準備は終えていたので、ゲストの彼らはこちらに住んでいるフーズさんやルプルさんと話を楽しんでいた。
俺とメノはお着換えしてからの登場なので、途中でみんなのいるところから離脱した。
まだ彼女のウェディングドレス姿は目にしていないし、当たり前ではあるが結婚式の経験はないので緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
今回の進行役兼牧師役は母さんがすることになった。
日本でみるカトリック系の式などでは『神父』と呼ばれるように女性が執り行うことはないようだけど(母さんに聞いた)、プロテスタント教会では女性の牧師も存在しているようだし、この世界ではむしろ聖職者の上位は女性が多いらしい。既婚者とかも関係ないようなので特にその辺りを心配する必要はなさそうだ。
というか、仮に男性が基本だったとしても、母さんが『私やりたいな~』と言っていたから結局こうなったと思う。
この島ではこの島の住民が決めたことがルールなのだ。俺たちが良いと思えばそれで良いじゃないか。
新郎新婦の入場なんてものも、まずは俺一人で花道を歩き、立ち止まったところでメノが転移してくるというイレギュラーすぎる登場だし。
「……どう?」
「めちゃくちゃ可愛い」
「アキトもかっこいい」
転移で俺の傍にやってきたウェディングドレス姿のメノは、そう口にしたのち俺の体を足先から頭のてっぺんまでマジマジと眺める。そして俺も彼女と同様に、初めて目にする純白に包まれたパートナーに目を奪われていた。
頭にはピンクの花飾りを付けていて、顔は薄いヴェールに覆われている。目が合うと、メノは照れたように頬と耳を赤くした。胸元から上の部分は素肌を見せているため、綺麗な鎖骨のラインがはっきりと見えてしまっている。男としてはあまりじろじろ見ないように気を付けたいところだ。
ドレスの腰から下の部分は、どうやら数枚の生地が使われているらしい。波を打つような透けた白の生地が、幾重にも重ねられている。リケットさんが頑張ったのだろう。
もちろん俺が今着ているタキシードも、リケットさんが頑張ってくれている。
二人で衣装をじっくりと観察していると、「アキト―? 服を見るのもいいけど、あとにして~」と声がかかった。申し訳ありません。今が結婚式の最中であることをすっかり忘れてしまっていました。
だってメノ可愛いんだもの。
「行こうか」
「……ん」
メノと腕を組んで花道を歩くと、両脇のベンチに座るゲストたちから拍手が起こる。この日ばかりは、ルプルさんも大人しくしているようだった。メノのウェディングドレス姿を見て「ルプルもアレ着たいのだ」と隣に座るシオンに言っていたぐらいである。まぁ、騒いでいてもそれはそれで彼女らしいと思うけど。
もっと緊張するものかと思ったけど、みんな知っている人たちだから思っていたよりはマシだった。手と足が一緒に出てしまうなんてことなく、壇上に登ることができた。
メノは壇上からみんなに手を振ったりしてるし、結構平気そうだな。幸せそうにしてくれているから、俺としても嬉しい。
このままつつがなく式が終わったら、あとはみんなで飲み食いするだけのパーティが始まるのだ。なんとか俺もヘマすることなく、やりきろう。
実はこっそりメノに対するサプライズも用意していたのだ。
それは結婚指輪のこと。この世界では薬指にはめる指輪の意味なんてものはないらしいが、せっかくなので俺はフーズさんに協力してもらって自分用とメノ用の指輪の制作を行っていた。コソコソと行動することになってしまったので、メノには大層怪しまれてしまったが、『結婚式まで楽しみにしていて』と伝えると嬉しそうに了承してくれた。
「これがフーズさんとコソコソしてた理由だよ。俺たちのいた世界では、結婚相手に指輪を送るんだ。そして、左手の薬指にはめてもらう」
「……わ、私、指輪用意してない」
「大丈夫よ、こっちでちゃんと準備してるから」
そう言って母さんから渡された指輪を、俺たちはお互い左手の薬指にはめた。メノは俺にはめた指輪と自分の左手にはめられた指輪を交互に眺め、嬉しそうに顔をほころばせている。
「……ありがとう。すごく嬉しい」
「それはよかった。俺もおそろいの指輪をつけられて嬉しいよ」
嬉しさ半分照れくささ半分と言ったところだ。いまだにマジマジと指輪を眺めているメノにほっこりした気分を味わっていると、母さんが「次は誓いのキスだからね~」と口にした。一気に現実に引き戻された気分である。
メノの顔を覆うヴェールをゆっくりとめくった。あのねメノ、こういうとき、目を瞑ってくれると俺はありがたいんですよ。目、ガン開きなのはなぜ?
「……シズルに教えてもらった」
メノはそう言うと、俺の頬に両手を当てて、ぐっとこちらに背伸びをしつつ俺の顔を引き寄せてくる。顔は照れているようだが、その動作に迷いはないようだった。
え? そっちからする感じですか? というか、母さんに何を吹き込まれたの? 不安しかないんですけど。
突然のことに混乱しつつも、ここでメノの行動を拒絶することはできなかったので、慌てて俺は目を瞑った。するとすぐに、メノの唇が俺の唇へと押し付けられる。
は、恥ずかしい……。数が少ないとはいえ、全員が知り合いであるこの状況でのキスは、わかっていたこととはいえ冷静ではいられ――って、メノ!?
「――っ!? んーっ!」
「……ん、んちゅ」
メノの舌が俺の口の中に侵入してくる。俺の舌を、歯を、メノの舌が撫でまわしてきた。
まさか誓いのキスでフレンチキスをかましてくるなんて、予想できるわけないだろ! ここは軽いものでいいんだよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます