第109話 自転車




 偶発的にできてしまったラートは、いくつかのサイズを作ってみんなが遊べるようにしておいた。やはりというかなんというか、一番楽しんでいたのは葵たちである。特にヒカリ。ルプルさんは不在だけど、たぶん仕事から帰ってきたら夜だろうと関係なく遊び尽くすことだろう。


 リケットさんとロロさんは、二人で一緒に回ったりしていた。仲良しでなにより。

 俺とメノさんは自分たちの作ったものでみんなが楽しそうに遊んでいるのをぼんやりと眺めていた。足元にあるこまごました部品から目を逸らして。


「ルービックキューブは一旦諦めよう」


「……難しい」


 最初に作ろうと思い立った時は、九×九のマスを作ればいいんだよなぁと簡単に考えていた。そして次に、実際に作ろうかと頭を悩ませてみると、同じマスに見えていくつかの部品に分かれることがわかった。


 簡単に言うと、中央の動かないマス。上下左右のマス、そして角に位置するマスだ。

 片面が回転するぐらいなら作ることはできるだろう。だが、全ての面が稼働することを考えると、中心部分がどうなっているのか俺にはさっぱりわからなかった。


 玩具とばかり考えていたけれど、あれってかなり複雑な代物なんだなぁ。もしくは、俺のひらめき能力が足りないか。


 電化製品以外ならなんとかなるんじゃないかと思っていた俺の考えは、どうやら甘かったらしい。

 メノさんとの間に流れる気まずい空気を一層するために、俺はパンと手を叩く。きょとんとした表情でこちらを見上げてくるメノさんには、とりあえず笑顔を浮かべておいた。


「これの事は忘れて、自転車を作ろうか、こっちならたぶんなんとかなるし」


「……一輪車に近い乗り物?」


「二輪車って感じかな? ただ、こっちもわりと複雑だから、試行錯誤は必要だろうけど」


 さすがにギアで歯車の段階を切り替えたりするようなものは作れないけれど、ペダルを回したら車輪が回り、ブレーキを付けるぐらいなら――いやまて、ブレーキってどんなかんじだったっけ? ワイヤーを引っ張るような構造だったと思うけど……ただひっぱるだけじゃないよな。


 もしかしたら足で止めることになるかもしれないけれど、万が一自転車で転んだとしても、怪我をするような人はこの島にいないだろう。たぶん。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 五十嵐家で会議をした日の翌日のことだ。

 家族会議でこの島にない便利なものを色々作ろうと決めて、多くの人に新たな仕事を割り振れて大満足していたわけだけど、全て完了してしまった。


 まずリケットさんは全ての建物分のレースカーテンを作り上げてしまったし、その作業をしながらもロロさんと意見を交わして二人で香水も作成していた。


 フーズさんは全身鏡と壁掛けの鏡と手鏡を各家庭分作って、俺がやろうと思っていた爪切りも『時間があまったから』と言って作ってしまった。


 葵たちはラップとストローをメノさんや母さんと相談しながら作ったのち、自転車づくり二日目の俺とメノさんの元へやってきて、タイヤづくりやブレーキのゴム、グリップの部分の作成に協力してくれた。


 そんなわけで、自転車も思い立った次の日には完成したわけである。早すぎ。


 自転車はまだ一台しか作ることができていないので、サイズ感としては俺が試乗をしていたので大人用。葵たちが乗るには少し大きいので、彼女たちの分も早急に作りたいところだ。勝手はわかっているので、作るたびにどんどん慣れていくだろう。


「ほら、こうやって乗るんだ」


 夕食の場でみんなが集まったころに自転車をお披露目すると、みんなから拍手と歓声が沸き起こる。ルプルさんがいないからみんな行儀の良い反応だった。もし彼女がいたのならすぐに俺の元に走ってきて『乗らせるのだ! 速くルプルにも乗らせるのだ!』なんて言ってきそうだし。


 メノさんには試乗中に見てもらったし、彼女自身にも乗ってもらったからこの場での反応は薄い。どちらかというとドヤ顔方向の表情を浮かべていた。


 だけど彼女も最初に乗って見せた時は結構驚いていたんだよな。どうやら思っていた以上にスピードが出ていたことに対してのものらしい。


 彼女の比べる対象が一輪車とか馬車とかだろうし、馬のような動力なく、軽く足を踏み込むだけでこれだけのスピードがでることにびっくりしたようだった。


「じゃあみんなにも試してもらおうかな。次は合体葵に乗ってもらって、その次はリケットさんな」


「い、いやいやいや! 何を言ってるんですかアキトさん! 私なんて最後で大丈夫ですから!」


「『私なんか』なんて言うんじゃないぞ。俺たちはリケットさんのおかげですごく助かってるんだから。それに、この島にやってきた順番のほうがわかりやすいだろ? 遠慮しない遠慮しない」


「――うっ、そ、そういうことなら、わかりました。乗ってみたいです!」


「おう」


 まだまだ自分を卑下する性格ではあるようだけど、たぶん以前のリケットさんなら『私は乗らなくても大丈夫』というように遠慮していたように思う。だけど、今は最後とは言っていたけど、きちんと乗りたいという意思を主張してくれた。


 たったこれだけのことだけど、俺にとってはすごく嬉しいことである。


 合体した葵に自転車を渡すと、俺の心配をよそに彼女はなんなく自転車に乗ってみせた。


 ……ふむ。葵って自転車乗ったことなかったはずだけど……普通に乗れちゃってるなぁ。新しい身体になったおかげで、身体能力はもちろん、バランス感覚とかもよくなっているのかも。あとたぶん、スピードを出す恐怖心がないんだろうな。マッハみたいなスピードで走り回ったりしているし。


「ブレーキもしっかり効くね! お兄ちゃん、あの、ちっちゃいのも作ってくれるの?」


「もちろん、ちゃんと五台作るから安心しろよ」


「っ! ありがとうお兄ちゃん!」


 喜んでくれているようだけど、彼女にとってはむしろ足枷なんじゃなかろうか。走ったほうが何倍も速いだろうに。


 まぁ、便利用品ではないかもしれないが、娯楽品としてはいいのかもしれないな。

 ちなみに、自転車に乗って転んだのはリケットさん、ディグさん、フロンさんの三名。


 仕事から帰ってきたルプルさんは、猛スピードでそこら一帯を走り回り、最終的に木に突っ込んでタイヤをひん曲げていた。うん、なんとなくそんな気もしたけど、むしろ安心感のある展開だなぁ。




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