第108話 試行錯誤のものづくり




 ロッキングチェアを作ろう。


 家の中ではソファ、外ではベンチでくつろぐことが一般的となっているこの島に、新たな種類の椅子があればみんなのんびりする時間が増えてくれるかもしれない。


 そう思うと、何気ないこの発案はみんなを脱仕事させるための重要な任務なのかもしれない。人をダメにするロッキングチェアを作らなければ。


「魔鉱石が簡単ではあるんだけどな」


 資材倉庫から木材と魔鉱石の塊を持ってきて、それらの材料を前に唸る。


 全魔鉱石製で作るのであれば、作業時間は試行錯誤も含めて五分もかからないと思う。頭の中のイメージを目の前の魔鉱石で再現して、あとは出来上がったものを微調整していけばいいだけの話だからな。継ぎ目なんてものはないから強度もたぶん心配ない。


 とはいえ、せっかくできた貴重な仕事。短く終わらせてしまうのはもったいない。


 そして俺自身、ロッキングチェアといえば木製のものしか頭に思い浮かばないし、『くつろぎ』というテーマを考えると金属製よりも温かみのある木製のほうが良いと思うのだ。だから、多少時間が掛かったとしても、できるかぎり木だけを使って作り上げたいと思う。


 そして、木材でロッキングチェアを作る場合の一番手っ取り早い手法は、椅子の足に弓なりに曲がった木材を取り付けるというものだろう。実に簡単だ。もし地球産のもので考えるのであれば強度問題などを気にすべきなのだろうけど、この島の木材で作る以上その心配は必要ない。柔軟性と強度が凄まじいからな。


「いや別に、時間つぶしってわけじゃないけど、せっかくだしロッキングチェアはロッキングチェアとして作りたいよな」


 そんな言い訳のような独り言を口にして、俺は作業を開始した。



 まずは第一に、湾曲した木材を作り出す。とりあえず気持ち長めに作っておいて、出来上がったあとに少しずつ削って適切な長さに決めることにした。一個完成形を作ってしまえば、あとはそれを模倣すればいいだけだし。


 魔鉱石で作ったナイフで木材をカットし、足部分、足と座面を繋げる柱を三つ作る。そしてその柱につなげるのは、ロッキングチェアの手すり。これはO型状に薄くカットしたものを使用することにした。そしてその手すりと座面を繋ぎ合わせれば、一応の形状が完成するわけである。


 言葉にしてしまえば数行で語れてしまうようなものではあるが、実際には一時間ぐらいの時間が掛かった。もちろんそれでも早すぎるレベルだと思うのだけど、俺の今の能力を考えるときっと遅い。座面と背もたれの角度調整に手間取ってしまった。


 前に葵たちが作ってくれたダイニングの椅子のデザインを真似して作ったから、センスがないわけではないだろう。一応座面部分もお尻や背中にフィットするように作ったが、背もたれも座面も、クッションを置きたいところだ。柔らかすぎると逆に疲れてしまうと聞いたことがあるから、ちょっと固めのものがいいかもしれない。


「もう少し足は削っていいか」


 一度座っては調整、一度座っては調整を繰り返し、徐々に形が完成に近づいていく。

 満足いく仕上がりになったかな――そう思ったところで、メノさんが待ってましたと言わんばかりに登場した。


「……座ってみたい」


「ずっとチラチラ見てたよな。暇なら見に来たらよかったのに」


「……とても忙しかった」


 絶対嘘だろ。

 俺が作業しているとき、メノさんは俺から少し離れたところをうろうろしながらこちらを見ていた。もしかしたら何か作業している途中でたまたま通りかかったのかなと思っていたけど、今にして思えば声を掛けるタイミングを見計らっていたかもしれない。


「……座っていいの?」


「あぁごめんごめん、もちろん」


 俺の許可を得たメノさんは、恐る恐るできたてほやほやのロッキングチェアに腰掛ける。座ろうとするときに椅子が揺れるものだから、手すりをがっちりと持ってビクビクした様子を見せていた。


「……赤ちゃんのゆりかごみたい」


 ロッキングチェアに座ったメノさんは、前後にゆらりゆらりと揺れながら、そんな感想を口にする。どうやらこの世界にはロッキングチェアはなくとも幼児用のゆりかごは存在しているらしい。


「どうだ? 居心地は」


「……いい感じ。日向ぼっこしながら本を読みたい」


「あ~、それはいいな。部屋用にはクッションを付けようと思ってるんだけど、外に置くと雨でぬれちゃうんだよな」


「……どちらも作ったらいい、私も手伝う。これと一緒のものを作ればいい?」


「だな。もう一つ作ったら、クッションをリケットさんにお願いしようか」


「……うん」


 というわけで、途中からメノさんもロッキングチェアづくりを手伝ってくれることになった。俺一人で固まっていた思考も、メノさんの頭も加わったことでデザインもいくつかの種類ができた。クリエイティブな思考を得意としていない俺からすれば、一人で考えるよりも誰かと話しながら、意見を交わしながら作るほうが色々なアイデアが浮かんでくる。


 次からは何かセンスを必要とするものを作る時は、一人で作らずに誰かと一緒にやったほうがいいのかもしれないな。


「……閃いた」


 せっせと二人で数を作っている最中、メノさんが唐突に目を見てそんなことを言った。


「……この湾曲した部分を一周させれば、くるくる回れる椅子が作れる」


「なる、ほど?」


 もはやくつろぎとは程遠い椅子になってしまいそうだけど、メノさんが閃いたからには作らないわけにはいかないのだ。


「……しっかりつかめる場所がほしい」


「じゃあ持ち手をつけますか」


「……椅子はいらないかも」


「じゃあ椅子は取りましょうか」


 そうして出来上がったものは、二本の円状の木枠を魔鉱石のパイプでつなぎ合わせた、どこかで見たことのあるような形状だった。メノさんは足をパイプ部分に作った足掛けに固定し、両手は上部にあるパイプを握る。


 そしてメノさんはくるくると回って「……新しい遊びができた」とご満悦な様子。

 これ、あれだ。どこかで見たことがあると思ったら、ラートだわ。



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