第104話 胃袋を掴まれてしまった




 俺とペアになれなかったことでちょっと拗ねた様子を見せていたメノさんだが、彼女の隣に座るとあっさりと機嫌はなおった。ちなみに、このことで一番ほっとしていたのは俺のペアであるリケットさん。てっきり『メノさん、ペア変わりましょうか?』なんてことを言い出すかと思ったけれど、それは我慢したらしい。俺に気を遣ったのか、はたまたそれが許される状況ではないとわかっていたのかはわからないけど。


 まぁともかく、スゴロクは和気藹々としたムードで開始された。


 大きなテーブルの上に置かれたフィールド、各々飲み物を持ち寄って、脇にはお菓子なんかを置いたりして、のんびりとした雰囲気である。

 一番手はルプルさんとディグさん。


「ルプルの姉御がサイコロを振ってくだせぇ」


「任せるのだ!」


 なんかずっとルプルさんが振ることになりそうだなぁ。でもまぁ、それだとディグさんもつまらないだろうし、あまりにもルプルさんばかり振っていたら注意をすることにしよう。


 ルプルさんは意気揚々とサイコロを掲げ、両手の中でシャッフルしたのちフィールドに転がす。出た目は一だった。


「一だったのだ……」


「ま、まぁ、内容によるんじゃねぇですか」


 使い慣れない敬語で頑張ってルプルさんを励ましていた。

 そしてディグさんは紫色の車を一つ進めて、設置された木札の内容を読み上げる。


「えーっと……『家族が国家転覆を企てる。全財産没収』――お、おぅ」


「ルプルのお金が無くなるのだ!?」


 非情に反応しづらい内容のものだった。ロロさんの話じゃん。こんなブラックジョークみたいなものをいったい誰が――そう思っていたら、当事者であるロロさんが、「あ、それは私が書いたものですね」なんてことを言っていた。


 なんとなく気まずい雰囲気の中、最初の資金である千ディアをまるまる持っていかれるルプルさんペア。ルプルさんは落ち込んでしまっているし、ディグさんも他のメンバーも気まずそうにしている。ロロさんだけは「全財産没収で済むなんて幸せですね」なんてことを言っていた。


「じゃ、じゃあ次は私たちね! 葵ちゃん、お願い!」


「うん! じゃあ最初私が投げるから、次はフロンさんね」


「わかったわ」


 場の空気をリセットするためだろう。フロンさんと葵が明るい声色でそう発言し、サイコロを振る。出た目は四だった。


「えっと、『死別した家族と再会する。次のターンサイコロが三つになる』だって! すごいすごい!」


「さすがね葵ちゃん!」


 おぉ、これは幸せな内容のマスだ。書いたのは……たぶん葵かな? 五十嵐家の誰かだろうけど、なんとなく母さんっぽくないような気もするし。


 いちおう、みんな空気を読んで周辺のマスの内容は見ないようにしてくれている。楽しみが薄れちゃうからな。母さんだけは内容を全て知っているから、しっかりと「ここは四を出すのが一番なのよね」などと言っているけども。


「じゃあメノちゃん、頑張って四だしてね」


「……頑張る」


 そして次はメノさんと母さんペア。世界の頂点とも言っていい彼女がサイコロを振るのに真剣になっている様子はどこかほっこりとするし、それが俺の恋人であるという事実が少し照れくさくもある。身内びいきになっちゃうんだろうけど、やっぱり可愛い。


 メノさんの気合を入れた一投――出た目は残念ながら五だった。

 まぁ、母さん的に四が一番良かっただけで、五マス目も悪くない可能性が――、


「『生贄として海に流されたら、楽園にたどり着いた。世界樹の果実カードを手に入れる』。悪くないわね。このカードは嫌なマスに止まったとき、一度だけ回避ができるのよ」


「……世界樹の果実はすごい」


「なんだか自分のことを褒められているみたいで照れるわね~」


「……シズルのことだから合ってる」


「じゃあこれはメノちゃんが持っておいてね。空間収納に入ってる世界樹の果実を出してもだめよ? ちゃんとこのカードを使うのよ?」


「……それは非常食だから」


 メノさんは母さんの指摘に目を逸らしながら答えた。もしかしたら、こっそり世界樹の果実をもぎったりしていたのかもしれないけど、母さんにとっては体の一部みたいなものだろうし、全て把握されちゃってるんだろうなぁ。


 母さんが前にちらっと『メノちゃんが一番世界樹の果実を食べてる』なんてことを言っていたし。その時は五十嵐家しかいなかったから、このことを知っているのは本人と俺たちだけだろうけど。


「……たまたまだから」


 母さんが俺に情報を漏らしていることを知らないメノさんは、そんな風に言い訳をしてくる。別に余ってるぐらいなんだから、もっとたくさん食べてもいいぐらいなんだけどなぁ。母さんも、別に気にしていないようだし。


「気にせずもっと食べてもいいんだぞ?」


 減るもんどころか増えるもんだし。それに世界樹に実っている果実はもぎったりすることがないかぎりずっと腐らずに存在しているから、もはやあの木が食糧倉庫みたいな感じだ。数百どころか数千はありそうだし、一日に食べる量は多くても五十個ほど――そして五十個程度なら、毎日実ってしまうのだ。何も問題はない。


「……アキトに胃袋を掴まれてしまった」


「俺じゃなくて母さんだろ」


 俺たちは他八名の温かい視線に気付かずに、そんなやりとりをするのだった。



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