第102話 少しずつでも
ロロさんとリケットさんが開発してくれたコーヒー(コーヒーと呼んでいいのかわからないけど)は、その日の夕方ごろにみんなへ振舞われた。ブラックで飲む人もいれば、ミルクのみ、ミルクと砂糖を入れてから飲む人もいた。どちらかというと、甘くして飲む人が多数だろう。
作ったあとになってになって気付いたのだけど、ただでさえ働き者が多い島に、コーヒーを投入して良かったのだろうか……。
ま、まぁ、味と香りがコーヒーってだけで、別にカフェインが入っていると決まったわけじゃないんだ。働き者たちが『なんだか眠気がとんで元気が出るんです!』なんて言い出したらちょっと制限が必要かもしれない。
こういう時、普通制限するのはお酒だと思うんだよ俺は。なんだよカフェイン制限の島って。
閑話休題。
俺が二人にお願いをするように依頼してから翌日に至るまで、二人はずっと悩み苦しんでいるようだった。相手が嫌がるようならお願いを要求するのは間違っていたんじゃないかとも思ってしまったけど、夜にメノさんへ相談したところ『これがいいきっかけになるかもしれない』と言ってくれた。
たしかに、少し荒療治、ショック療法のような感じはするけど、今後のことを考えればいいことなのかもしれないと思えた。
お願いしてもらうのがショック療法ってなんなんだろうね。
まぁそれはいいとして、リケットさんとロロさんは、朝食後俺の元へ二人でやってきた。二人とも神妙な面持ちで、朝食を食べる前なんかはかなり疲れているように見えた。世界樹ジュースを飲んだらスッキリしていたようだけど。
「どうかな、お願い事は決まった?」
「はい! ロロさんと意見を交換しながら、一応案を三つほど考えてきました! アキトさんに選んでほしいです!」
「どんなお願いをすればいいのかわからなかったので、方向性の違うものを三つ用意しました」
ほうほう。どうやら思った以上にしっかり考えてきてくれたらしい。
まぁルプルさんのように振舞えといっても無理だよなぁ。
「全て叶えられるとは限らないけど、俺もできるだけのことはするぞ。とりあえず、全部聞かせてくれ」
いちおう予防線を張ってから、二人のお願いを聞いてみる。
てっきり一人三つずつお願いを考えてきたと思っていたけれど、どうやら二人で三つらしい。
お願いその一、クッキー等のお菓子を作って、家にストックしておき、好きなときに食べたい。
お願いその二、小物が増えてきたので、部屋の家具を増やしたい。
お願いその三、夜にみんなで遊ぶ娯楽の種類を増やしたい。
「……ふむ」
案外まともだった。いや、これってまともか?
娯楽に関しては、五十嵐家が持つ娯楽の知識はそりゃ多いからお願いとして成立しやすいとおもうけど、前半二つに関しては『別にお願いしなくても好きなようにやっていいじゃん』という話である。
しかし、これですらまともだと感じてしまうのは、今までの彼女たちならば『もっとみなさんのお役に立ちたいです!』みたいに仕事量を増やすようなお願いをする可能性が高かったのだ。
たぶん、散々俺に『もう少しのんびりしような』と言われ続けてきたから、学習してくれたのかもしれない。良い成長だ。
「あ、あの、どれか一つで大丈夫ですから! あと、全部難しかったら、聞かなかったことにしてもらって、また私たち考えてきますので!」
うんうんと頷いている俺に、リケットさんが慌てたように言ってくる。気付けばロロさんもおろおろとした雰囲気になっていた。
二人の育ってきた環境が、こんな風にさせてしまっているんだろうなぁ。わがままっていうわがままでもないだろうに。
「全部良いに決まってるだろ。お菓子を作るための食材だって、元はといえばリケットさんやロロさんが育ててくれているものなんだから。好きなときに好きなだけ好きなように作って好きなだけ食べていいんだぞ。ま、美味しそうなものができたときは、俺たちにもちょっとおすそわけしてくれたら嬉しいかな。家具に関しても、むしろ気付かなくて申し訳ないぐらいだ。どんなものが欲しいか言ってくれたら俺が作るから――あ、でもデザインとか配色とかは俺には無理だから、誰かと協力して作ることになるかも。それと、娯楽に関しても問題ない。ちょうどスゴロクを作ろうかと思っていたから、それは作るとして、他にも色々考えてみるよ」
そんな風に、俺は彼女たちのお願いは全て叶えるということを説明した。
こんな風にわざわざ形式ばったように伝えるのではなく、ルプルさんのように通りすがりに何かを要求したり、目安箱に投書する形になってくれたら、俺としても気が楽なんだけどなぁ。まぁそれはおいおいでいいか。
「そ、そんな! ダメですよアキトさん! ロロさんはともかく、私なんて前まで孤児院で生活していたのに、自分の家をもらって美味しい食べ物もお腹いっぱい毎日食べさせてもらって、衣服も好きなように作らせてもらって、もうすでに一生を掛けても返しきれない恩を貰ってるんですよ!」
まずリケットさんがそう言って、
「『ロロさんはともかく』ってところは納得できませんよリケットさん。私だってあなたと似たようなものです。貴族の家に生まれましたので、たしかにあなたよりは裕福な生活を送ってきたと思います。扱いは最低でしたが、自分の部屋も離れにありました。ですが、私は本来、処刑されてしまうような立場の人間なのですよ? こんなに幸せな場所に住まわせてもらって、本当にもう感謝しきれません」
ロロさんが彼女のあとに続いて言う。
この彼女たちが持つ『私たちは最底辺なのだから、普通の環境でも最高です!』みたいな感覚をどうにか払拭していきたいものだけど、それは時間が薬なんだろうなぁ。
ともかく、
「俺だって、本来死んでいたところを神様に第二の人生を歩む機会をいただいたんだ。家族にまで再会させてもらって、感謝の気持ちはいっぱいだよ。だけどさ、せっかく第二の人生ももらったなら、もうちょっと上を目指してみようぜ」
二人は、俺の言葉にキョトンとする。ちょっとわかりづらかっただろうか。
「満足できる量の食事だけじゃなくて、もっと美味しい食事とかさ。好きなことができるってだけじゃなくて、他にも好きなものを探してみたりとかさ」
そうしたほうが、あとに来た人たちも馴染みやすくなると思うんだよ。
まぁ……最初に受けるカルチャーショックが大きくなっちゃう可能性があるんですけどね。
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