第100話 またひとり……




 俺とメノさんで作った照り焼きチキンは、メノさんがみんなに配りに行ってくれた。量はそれほど多く作ったわけじゃないから夕食には響かないだろうし、三時のおやつ程度の気持ちで食べてもらえればと思う。


 三時のおやつに照り焼きチキンは重たい気もするけれど。

 で、俺はメノさんに付いて行かずに何をしているのかと言えば、フーズさんの金属加工を見せてもらうことにした。


「へぇ……鉄と魔鉱石の合金を作るのか」


 フーズさんがまず行ったことは、その辺の山から鉄鉱石を採取してきて、そこから鉄を抽出し、そこに魔鉱石を混ぜ込むところだった。この島の魔鉱石を柔らかくする工程が彼女には少々手間がかかるものだったようなので、俺が助っ人として近くにいるわけである。


「魔鉱石はもともと合金みたいなもんだぜ。この島の魔鉱石だって、いくら純度が高いとはいえ百パーセントってわけじゃねぇ。他の金属が混じってる」


「その金属を取り出して、完全な魔鉱石ってのは作れないのか?」


「無理だな。一度混ざった魔鉱石は分離できねぇから。だから純度の高い魔鉱石は高価なんだよ」


 なるほどなぁ。たしかにそれができてしまえば、この島の魔鉱石のようなものも別の大陸で作ろうと思えば作れてしまうことになる。俺としては、もしそれが可能だったらこの島の魔鉱石を外に輸出することもできたから、喜んでいいのか悲しんでいいのか難しいところだ。


「わざわざ純度の低い魔鉱石を作るってのもバカみたいな話だけどな。金を溶かして土と混ぜてるみたいなもんだぜ」


「でもそっちのほうが便利なんだろ?」


「まぁ、用途によりけりだな。今回みたいに型を作りたいときは、純度が高すぎるとたしかに不便だ。大量の魔力が必要になるし、柔らかすぎるからな。だけどメノ姉ちゃんみたいに魔道具を作ろうと思えば、伝導率の高い――つまり純度の高い魔鉱石が重宝されるってわけだ。それだけコンパクトにもできるし」


 ねんどとおもちみたいな差なのかもな。魔鉱石の純度の違いって。


 ぐつぐつと赤白く輝く鉄と魔鉱石の合金――彼女は火属性の魔法を使えるため、わざわざ溶鉱炉みたいなものを使ってはいない。火事になったら怖いから、作業する場所は高さ一メートルほどの石レンガで囲っている。


 場所は会議場の隣だ。


「ま、楽しみにしとけよ。みんながどんな装飾品を喜ぶかわかんねぇから、とりあえず色々作ってみるぜ」


 フーズさんはそう言ってニカっと笑う。

 彼女はこういうことが好きだと言っていたし、楽しそうではあるけれど、はたからみたら職人が仕事をしているようにしか見えないんだよなぁ。


 これで彼女も、『みんな働きすぎじゃないか!?』という印象を払拭できるんじゃないだろうか。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「フーズさん、ちょっとやりすぎ。そろそろ自重してくれ」


 フーズさんが装飾品を作り始めてから、三日後。俺は夜、彼女を家に呼び出して、メノさんと一緒に三者面談を行っていた。


「え? なんで? もしかして俺、迷惑になってる? もしかして、鉄を使いすぎたのは謝るよ……だけどさ、ちょっと結界の外に出たら鉄鉱石は山ほどあるし、みんな使ってないみたいだったから、好きなように使っていいのかと思って……」


「鉄に関しては別にいいよ。それはいいんだけどさ、フーズさんを心配する声が上がってるんだ」


「???」


 本当にわかっていなさそうだ。

 キョトンとした表情で首を傾げてしまっている。


 初日はまだよかった。俺とメノさんに『それぞれの言語で「ご自由にお取りください」って看板を作ってほしい』と言ってきた。どうやら、会議場の前にアクセサリーを並べて、それを気に入った人が持って帰る――そんなスタイルで彼女はアクセサリーをみんなに配りたいと考えていたようだ。


 俺もメノさんも、そのやり方は楽しそうだと思ったから、喜んで協力した。

 その際にメノさんはネックレス、俺はブレスレットを一つずつ貰った。


 そして翌日。どうやら目安箱にフーズさんが投書したらしく『みんながどんな装飾品を欲しいのか知りたい』というものが朝食の場の議題となった。


 リケットさんとロロさん、フロンさんとディグさんは恐縮した様子だったけれど、フーズさんのためということで、色々意見を出してくれた。


 で、おかしくなったのはその日からである。


 朝食、昼食、夕食というみんなが集まる時間にはしっかり顔を出していたが、それ以外はずっと装飾品づくりに没頭。なんなら夕食後も『楽しいからやらせてほしい』と懇願され、夜の十時ぐらいまで作業を続けていた。


 その日は住民全員にアクセサリーを二点ずつ配っており、『ご自由にお取りください』のコーナーには三十点以上の装飾品が並んでいた。


 そして今日。さらに彼女は住民全員に三点ずつアクセサリーを配り、ご自由にお取りくださいのコーナーは倍の数になっていた。


 いくらなんでも暴走しすぎている。


「いや、フーズさんの技術は素晴らしいと思うし、みんなも喜んでた。かっこいいものから可愛いもの、質素だけどどこか高級な感じがしたりするものもあったりして、すごくありがたいことはたしかなんだ」


「おぉ! そっか! やっぱり自分が作ったものを喜んでもらえると嬉しいぜ」


 フーズさんは満面の笑みを浮かべてそう言った。とても幸せそうに見える。

 こんなに楽しそうなフーズさんに『装飾品づくりを止めてくれ』なんて言えるわけもない。


 でも、このままでは俺を含めてみんなが装飾品まみれになってしまう。


「……装飾品以外に手を出したらいい。このままじゃ毎日ローテーションしても、使いきれない。せっかく作ってくれたフーズのアクセサリーを、使えないまま終わるのは悲しい」


 おぉ、メノさんが良いことを言ってくれた。


 そうそう、その通りだ。せっかく作ってくれたからには使いたいのだけど、このままでは朝昼晩でアクセサリーを付け替えたとしても使いきれない。それは申し訳ないからな。


 そんなわけで、フーズさんには翌日からカトラリーなど、日常使いできるものを作ってもらうことになった。いままでは真っ黒な魔鉱石のスプーンとか木のスプーンを使っていたりしたから、銀色のカトラリーが作れるのならそちらを使いたい。


 むしろ、なぜいままでそれを思いつかなかったのか。


「わかったぜ!」


 ひとまず、フーズさんの暴走は止めることができたらしい。

 おかげで、やたらと装飾の凝ったカトラリーが大量に生み出されることになってしまったけども。



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