第97話 試合後だらだらと




 模擬戦というか、たった一度の攻防でフーズさんを地面に叩きつけた結果、彼女は戦意喪失してしまったのか、もしくは異性に素肌を晒してしまったことが原因か、ともかく地面に体をめり込ませたまま泣き始めてしまった。


 エドワードさんはとても気まずそうに勝者のコールをしてくれていて、観客のフロンさんは胸元がはだけてしまったフーズさんを見せないよう、ディグさんの目を覆い、リケットさんとロロさんは拍手で俺の勝利を喜んでくれている。


 母さんや葵たちもリケットさんたちと同様の反応を見せていたが、レイラさんやルプルさんは、エドワードさんと同じく気まずそうな表情を浮かべていた。


 そしてメノさんはというと、


「……アキトのえっち」


「これは不可抗力というかなんというか――あの、フーズさんすみませんでした」


 頭を打たないようにしていたので、彼女の頭付近はまだ地面にめり込んでいなかった。だから、俺はフーズさんの脇に手を差し込んで、ぐっと地面から引き上げるように力を籠める。フーズさんは目元と胸元を隠した状態で地面に立ったのだけど、すぐにうずくまるようにしゃがんでしまった。


「…………俺の負けだ。一瞬、気を失ってた」


 くぐもった声で、フーズさんが言う。


「最初から勝てないだろうとは思っていたんだ――でも、ここまで差があるなんて……うっ、ぐす」


 話している途中で、また泣き始めてしまったようだ。

 もしかしたら負けたことよりも、服を引きちぎってしまったほうが問題だったかもしれないと思っていたけど、そうではないらしい。というか、彼女の服代を弁償しないと。


「それに、こんなはしたない姿、誰にも見られたことない……」


「本当にすみません!」


「謝らなくていい。わざとじゃないだろうし――だよな?」


「もちろんです!」


 どうやら彼女の涙の原因はどれか一つではなく、複合的なもののようだ。おそらく猫の耳……狐の可能性もあるけれど、茶色と白の耳はべちゃりと力なく倒れてしまっていて、彼女の感情がはっきりとわかる。


 メノさんにジト目を向けられながら、フーズさんと会話をしているとルプルさんもこちらに近寄ってきた。そして、呆れ交じりに口を開く。


「アキト、見るならメノの体だけにしておくのだ。メノは嫉妬深――ふんぐぅっ」


 地面のめり込みが二つになった。

 言っておくが俺ではなくメノさんだ。俺がフーズさんを投げた時よりも、さらに深い陥没が地面に出来上がっている。容赦ないなぁ。


「……アキトのえっち」


 だから俺にそんな意思はないんだって!




 模擬戦後、フーズさんは土汚れのついたルプルさんと一緒に着替えに行って、再び俺たちの元に戻ってきたときには機嫌を戻していた。俺の顔を見ると頬を赤らめてしまうけれど、隣にいるメノさんに視線が向くと途端に青ざめていた。感情がわかりやすいなぁ。


「レイラちゃ~ん。あなたはいい人ねぇ!」


「いえ! これぐらい当然です!」


「本当にこんなにもらっちゃっていいのかしら? なんだか悪いわ」


「お気になさらず! シズル様に献上できて光栄です!」


 レイラさん、母さんはあなたよりもかなり年下ですよ。そしてあなたのように王様という立派なお仕事をしているわけでもなく、自分のために酒を造ってばかりの人ですよ。


 これがまだ人のために酒造りをしているならともかく、根っこは自分のためだからなぁ。いやでも、こういう人が新たなお酒を生み出していくと考えたら、安易に立派な仕事ではないとは言えないのだけども。


 へこへこと頭を何度も下げながら、母さんのグラスにお酒を注ぐレイラさん。母さんも負けじと、レイラさんの前のグラスにワインを注いでいた。


 そしてエドワードさんは、この島に移住してきた人たちと話をしていた。


 具体的に言うと、リケットさん、ロロさん、フロンさん、ディグさんの四人。ロロさんやリケットさんについて話は聞いていたようだけど、フロンさんとディグさんについては聞いていなかったようで、興味深そうに話を聞いていた。


 いちおう、ディグさんとフロンさんが『エドワードさんに話してもよいか』と了承を取りに来たので、もちろんオーケー。この島に自由に来ることのできる七仙の人たちには、どうせ隠し事は難しいだろうし、彼女たちを連れてきたシャルロットさんも仲間に隠し事をするのは面倒だろうし。


「失明の治療に欠損部位の再生――アキトさんやシズルさんだけでなく、アオイさんも凄まじい能力を持っているようですな」


「えへへ~、私たちはね、みんな属性魔法を極めてるんだよ~。私は『光魔法・極』ってスキルがあるんだ~」


 ルプルさんと鬼ごっこをして遊んでいたヒカリが、通りすがりにエドワードさんへ話しかけていた。アホ毛に光を灯し、チョウチンアンコウモードになっている。


「なんと、それは素晴らしい」


「でも、無条件に働くわけじゃないからね~。お兄ちゃんたちにも言われたけど、お外の人には言っちゃだめだよ?」


「もちろんですとも。我々もそのことについては重々承知しておりますからな」


 エドワードさんがそう言うと、ヒカリはその場でぴょんと高くジャンプして、世界樹から果実をもぎ取って着地。そしてエドワードさんの手にもぎたての果実を握らせる。


「ありがと~。じゃあこれあげる――あぁ! アカネずるい! いまエドワードさんと話してたのに!」


「タイムとかないもーん!」


「――ちょ、世界樹の果実ですか!? そ、そんなに気軽に――あぁ、行ってしまった」


 そして鬼ごっこ再開。どうやら鬼ごっこに参加しているのはアカネ、ヒカリ、シオン、ルプルさんの四人のようだ。相変わらずみんなすばしっこい。


 お酒を飲む二人や、真面目に話をする五人、鬼ごっこをする四人――そんな彼らの動向を見守りながら世界樹の果実ジュースを飲む五人が、俺、メノさん、フーズさん、ソラ、ヒスイである。


「ソラとヒスイは遊んでこなくてよかったのか?」


「いまはお兄ちゃんとのんびりしたい気分なの」


「私も」


「そっか。じゃあみんなで一緒にだらだらしよう」


 ソラとヒスイに返答して、俺は木のテーブルに上半身をだらんと乗せる。母さんが世界樹の木の葉を微調整してくれているおかげで、ちらちらと陽が差し込んで心地がいい。


 フーズさんも、これぐらいだらけた雰囲気のほうが気が楽なんじゃないかなぁと思ったのだ。失礼である可能性は大いにあるけれども。


 そんな俺の考えが表情に出てしまっていたのか、フーズさんは苦笑交じりに口を開いた。


「俺に対して気を遣う必要はないぜ。模擬戦のことが無くても、アキトが俺より強くなかったとしても、俺たちは不老仲間なんだからな」


「……じゃあ、その耳を触ってもいいですか? というか、しっぽとかあるんですか?」


「俺はしっぽはねぇけど……まぁ別に、耳を触るぐらいなら――「だめ」――メノ姉ちゃんがダメだってさ」


 NGが出た。ダメらしい。

 代わりにヒスイとソラが椅子から立ち上がってフーズさんの背後に回り、撫でるようにケモミミを触り始める。


「すごい、きもちいい、ふさふさ」


「人間の耳はないんだ」


 ヒスイたちはそんな感想を言いながら、興味津々と言った様子でケモミミを触る。とてもうらやましいです。俺も触りたいです。


「……ん」


 そんな俺の視界の中に、ズイッとメノさんの横顔が入り込んでくる。


「……私の耳なら好きにしていい」


 やっぱりメノさん、ルプルさんの言っていた通り、嫉妬深いのかなぁ。可愛い。




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