第96話 秒☆殺




 フーズさんの発言のあと、視線が俺に集中した。

 次は俺が話すターンであると場の空気が整えられてしまっている。別に逃げる気はないけれども、なんだかこう、待ち構えられると萎縮してしまうというかなんというか……。


「えっと、まぁ、俺はただ神様にされるがままだったので、種族に関してあまり意識はしないでほしいんですけど――いちおう俺の種族は『亜神』らしいです」


「「亜神!?」」


 驚いて声を挙げたのは、フーズさんとレイラさんの二名。


 エドワードさんは興味深そうに顎鬚の撫でながら頷いていて、メノさんはぽかんとした表情を浮かべている。ついでに言うと、葵は自慢げな表情を浮かべていた。別に威張ることでもないだろうに。


「本当に与えられただけなので、俺自身は偉くもなんともないですからね? たしかに力はかなり強いようですけど、俺はこの力をむやみやたらに振るうつもりもありませんし、もちろんこの力で威張るつもりもないですから」


「……神様に近い人ってこと?」


「字面的に――あぁ、日本語で書くとだけど、たぶんそんな感じかな」


「……アキトすごい」


「さっきも言ったけど、俺がすごいわけじゃないからな」


 幸い、メノさんは俺への対応を変える様子はなかった。俺の服の裾は握ったままだし、距離をとる様子もない。


「道理でレベルがとびぬけて高いわけですな、アキト殿は。私としては、その力が正しく振るわれることを願っております」


「それはご安心ください、この島の発展に使うぐらいですから。あとは自分の仲間を守るぐらいですかね」


「その言葉を聞けて安心しましたな」


 エドワードさんはそう言って優しそうに笑う。本当におじいちゃんみたいな人だ。

 もし俺が悪人だったとしたら、この力を利用して色々なことができてしまったんだろうなぁと思ったけど、そういうことをさせないために天界で審査があったのだろう。


 善人かどうかはわからないけど、俺は少なくとも悪人ではないだろうと思う。


「私たちの一段上の存在って気がするけど、対応はいままで通りでいいの……?」


「大丈夫ですよレイラさん。そこら辺の一般人と同じ扱いでお願いします」


「それは無理だってぇ~。お母さんは世界樹の精霊で、妹は未知で最強の魔物だし、あなた自身はほぼ神様だもん! どんな家族よ!」


 いやほんとにね。この世界における五十嵐家のぶっ飛び具合がすごい。

 あまり自分のことを持ち上げるようなことは言いたくないけれど、客観的に見て、いまレイラさんが言った内容の人がいたらびっくりするだろうからな。


 すごいというか、小心者の俺は距離を取りたいと考えてしまうかもしれない。

 そういう意味でも、七仙の人たちと知り合えたのは僥倖だったのだろう。


「レベルを聞いたときはまだ可能性があると思っていたんだけど……種族を聞くと『無理じゃね?』って想いが強くなってきたな……なんでだ」


「先入観の問題ですかね。やっぱり『神』って言葉はインパクト強いですし」


「……アキト、手加減はできるんだよな? 大丈夫だよな? 俺を消し飛ばしたりしないよな? 不敬だぁ! って言って模擬戦に乗じて塵にしたりしないよな?」


「もう止めたほうがいいんじゃないですかね……思っていた形ではありませんでしたが、どうやら俺の力は認めてくれたようですし」


「こ、ここまで来て引けるかよ!」


 うん、そんな気がしました。どんな流れになっても、結局戦うことになるんだろうなぁと。


 フーズさんと俺が戦うことに関しては、レイラさんやエドワードさんも事前に知っていたらしく、リアクションは特になかった。


 もしかしたら誰か止めてくれるのかなぁという淡い期待は、儚く散ったのだった。




「では審判をメノさんに任せると公平性を欠いてしまいそうですから、不詳私エドワードが担当させてもらうことにしましょう」


「アキトー! フーズなんかぼっこぼこなのだー!」


「ちょっ、せめてルプル姉ちゃんは俺の応援をしてくれよ! ただでさえ味方がいないんだから!」


「無理なのだ! ルプルはアキトの下僕なのだ!」


 いつからお前は俺の下僕になったんだ……スケボーぶち壊したあたりだろうか。

 めちゃくちゃアウェイな状況で耳がしょぼんと垂れてしまったフーズさんは、チラリとこちらを見てため息を吐く。そしてそのため息を深呼吸に変えて、何度か呼吸を繰り返した。


 そして、空手なのかボクシングなのか――ともかく、徒手格闘のいずれかの構えをとった。


「こ、殺しはだめだからな!」


「しませんよ。俺をどれだけ乱暴な人間だと思ってるんですから」


「だって『そんなつもりはなかったんです!』とか言いそうじゃん……」


 まぁ万が一、彼女に過剰にダメージを与えてしまった場合はそんな台詞を口にするだろうな。だってそんなつもりはないんだもの。


 いつの間にか集まってきたこの島の住民と七仙の人たちを観客に(母さんはレイラさんからお酒をもらってすでにそれを飲ませてもらっていた。仲良くなったみたいである)、俺たちは向かい合う。


「では、重傷を負わせる攻撃は禁止。降参有り、やりすぎだと判断した場合は七仙全員で止めに入りますので、そのおつもりで――では、始め!」


 エドワードさんの口から開始の合図が発せられると、フーズさんが先手必勝と言わんばかりに姿勢をかなり低くした状態でこちらに突っ込んできた。


 メノさんからは、公平になるようにと相手の戦闘スタイルなどは聞いていない。ただ、武器を使わないという情報だけはコッソリ教えてくれていた。まぁ、『拳聖』というぐらいだから、拳が武器なんだろうなぁとは思っていたけれど。


「――はっ!」


 俺の近くにきたところで急上昇してきたフーズさんは、普段のフランクな口調とは相反する、綺麗な掛け声で俺の顎に向けて右の拳を打ち込んできた。

 たしかに、速い――速いけれど、メノさんやルプルさん、葵たちには劣るスピードだった。

 俺は彼女の右手を支えるように手を滑り込ませ、押し上げながら瞬時にかがむ。そして彼女の殴る勢いを殺さぬように手首を握りこみ、空いた手で胸元の服を掴んでそのまま一本背負いの要領で地面に叩きつけた。

 人を叩きつけたというよりは、落石でもあったかのような地揺れと騒音。メノさんに『地面はクッションみたいなものだから』と言われていたけど、大丈夫だろうか――結構めり込んじゃった。

 そこそこ手加減したつもりだったけど、予想以上に勢いが乗ってしまったのかフーズさんの胸元の服は千切れてしまっていて、ちらっとピンク色の下着が見えてしまっている。


 しかし……やっぱりメノさんが言った通り、俺のこのステータスだと余裕だったんだな。たしかにこれは、戦いの練習というよりは手加減の練習が必要だったのだろう。それを実感するような試合になってしまった。


 フーズさんは俺の背負い投げ?により一瞬意識が跳んでしまったいたようだが、俺や審判のエドワードさんが声を掛けるよりも先に目を覚ました。そして苦痛に顔をゆがめ、自分の今の状態を確認すると、


「――ふっ、うっ、ぐすっ」


 フーズさんは俺の腕を振り払い、涙をぽろぽろとこぼして嗚咽を漏らし始めた。

 片方の手で目元を抑え、もう片方の手で胸元を隠している。


 本当にすみませんでした。




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