第94話 七仙来訪




「……アキトは自分に何ができて、何ができないのかを知らなすぎる。いざと言うときに正常な判断ができなくなる。怪我はしないでほしいけど、多少の無理は試してみたほうがいい」


「そりゃまた難しい注文だ」


「……いざとなったらポーション使うから。でも、たぶんポーションよりもアキトの『超回復』のスキルの効果のほうが高いかも」


 メノさんは木の上に腰掛けて足をプラプラとさせながら、そんな助言を俺に与えてくれた。ちなみにチャージボアくんとはいまだ交戦中。交戦中というか闘牛士にでもなったような気分だが、いちおう戦闘は戦闘だ。


 しかし超回復か。メノさんがさっき言った通り、自分の能力がどれほどのものかいまだにわかっていないんだよなぁ。なにせ俺は、この世界に来てまだ怪我をしていない。血も出していない。


 強いて言うのであれば、葵と再会した時のタックルで痛みを覚えたけれど、軽い打ち身程度で瞬時に痛みも引いたからなぁ。そもそもあれがどれほどの怪我だったのかも定かではない。裂傷とかだったら怪我の度合いとして判断しやすいんだけども。


「何ができて、何ができないのか――か」


 再びこちらに体当たりを仕掛けてくるチャージボアを見据えながら、一つ深呼吸。


 俺は大きく一歩――チャージボアの突進軌道からギリギリズレる程度に体を移動させて、敵の豚っ鼻が来るであろう位置に右手を広げて迎え撃った。もしも弾き飛ばされたとしても、骨までは折れるまい。そう考えての行動だったが、


「マジか」


 あっさりと受け止めることができてしまった。しかも全然痛くもない。


 俺はそのままチャージボアの鼻をわしづかみにすると、敵は口を広げたくてもうまくできないような状況で、『フゴッフゴ』と悲しい悲鳴のようなものをあげていた。


 そのまま右腕に軽く力を込めると、俺はチャージボアを鼻だけ掴んだ状態で持ち上げることができた。やはりもともと強い魔物なのだろう。鼻先だけ掴んで重たい巨体を持ち上げているのに、部位が破損するような気配はない。


「……アキト凄い」


「自分でもびっくりだよ……これはたしかに、メノさんの言っていた通りだな」


 自分にできることを理解してなさすぎる。


 いままでは必死になって避けていたけれど、その必要はたぶんないのだろう。よくよく考えたら、レベル5000の葵の体当たりを受けても数秒で完治するほどの痛みしか味合わなかったのだ。


 レベル数百程度のチャージボアの体当たりなど、気にする必要はなかったのかもしれない。


 その後も俺はメノさんと一緒に、生魔島の探索を行い、魔物を倒しながら訓練を行った。倒す訓練ではなく、手加減の訓練である。試しに剣を握って『剣神』のスキルを体感しながらも試してみたのだけど、こちらも俺の想い通り――いや、想定以上か。ともかく、いい手加減ができるようになったということだ。


 魔物相手に慣れてきたら、メノさんやルプルさん、葵なども俺の訓練に付き合ってくれて、対人戦も素人に毛が生える程度には慣れたと思う。身体操作スキルのおかげなのか、力加減の他に体が動きを覚えるスピードも速かったように思う。運動神経が特別良いわけじゃなかったけれど、上達が早かったようだし。


 そしてそれから数日――具体的には、メノさんが七仙に報告に言ってから三日後のことだった。とうとう俺たちの住むこの生魔島に、俺に対戦を挑む予定の拳聖フーズさんがやってきた。


 なぜか、竜王エドワードさん、精霊王レイラさんと一緒に。

 今日はルプルさんも仕事が休みの日だから、いまここに七仙が五人集まっていることになる。きっとすごいことなんだろうなぁ。


「この世界樹にも結界にも、言葉を失ってしまいそうですな。とても美しく、神秘的に感じます。まさかこの島が、このような形で開拓されることになるとは、思ってもおりませんでしたな」


 エドワードさんは世界樹に手を置いて、上を見上げながらそう呟いていた。

 王様らしいというか、豪奢な白と金の衣服に身を包んでおり、お尻のあたりからは太くたくましいしっぽが生えていて、足と合わせて三点で立っているかのようだった。


 メノさんが言っていたように、おじいちゃんって感じの人だ。


「ね、ねぇ、メノお姉ちゃん、エドワードおじちゃんがこんな風に触ってるけど、大丈夫? 怒られたりしない? 世界樹の精霊様に許可とらなくていいの?」


 そして耳が長く横に伸びていて、黄緑のふわふわした髪の毛の女性がレイラさんらしい。可哀想になるぐらいおどおどしていて、彼女も一国を治める王様だと聞いているが、ルプルさんやエドワードさんとは随分と雰囲気が違うように見える。


「……別にそれぐらいでシズルは怒らない」


「それとさ、お酒持ってきてるんだけど、これぐらいで足りるかな? もちろん、私のお財布からお金は出してるよ!」


「……絶対に多い」


 そんな風に会話をしている二人が見つめるのは、いつかルプルさんが動物たちを運んできたときに持ってきたような一辺五メートルぐらいのボックス。樽だか瓶だか知らないけど、たしかに多すぎる。母さんはさっそく酒の匂いを嗅ぎつけたのか、フラフラと蜜に吸い寄せられるようにボックスへ近寄っていった。味見とかするなよ頼むから。


 そしてフーズさんはというと、一番近しい間柄であろうルプルさんと話していた。

 彼女の服装は、他の七仙の人と比べると庶民的で、フロンさんやディグさんに近いような雰囲気に見える。濃い紫の髪の毛は、肩にかかるぐらいのミディアムヘア。


 そこまではいい――特に突っ込みたくなるような場所ないからな。せいぜい『紫系統の髪の毛の人は変わり者が多いのかなぁ』なんてことを思ったぐらいだ。


 しかし、しかしだ。俺はそんな話、一度も聞いていないぞ……!


「ケモミミ……だと!?」


 その光景を視界に入れた瞬間、思わず二度見してしまった。

 フーズさんの頭には、ピコピコと揺れる猫のような耳が生えているのだった。



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