第93話 特訓




 試作で作ったケーキは、島民で分け合った。

 仕事でいないルプルさんの分は冷蔵庫に入れておいて、夜にでも食べてもらうことにした。


 これまでもクッキーやパンケーキ、プリン等のおやつは作っていたけれど、ケーキを作るのはこれが初めてのことである。いつでも作ることはできたのだけど、なんとなく俺の中でケーキと言えばおめでたい時のイメージが強くて、手を出していなかったのだ。


 ちなみに、ケーキに一番感動していたのはリケットさん。甘いものが好きだからなぁ。


 ただし、それはあくまで『一番』というだけで、甘いものがそこまで得意ではないらしいディグさん以外はみんなすごく喜んでくれていた。やはり、みんなの幸福度を上げるためにも定期的に甘いお菓子はつくるべきかもしれない。


 そんなことを頭の片隅で考えながらいつものように夕食の時間を過ごし、夜。


「……言い忘れてた」


「ん? 何を?」


「……フーズがアキトと戦いたいって」


 フーズさん――というと、拳聖のフーズさんか。たしかルプルさんと同じくヴィヘナ王国を拠点としている、放浪癖のある人だっけ?


「……わ、私の旦那さんとしてふさわしいか確かめるんだって」


 メノさん、『旦那』ってワードを必死にひねり出した感じだな。メノさんらしくない言葉だから、もしかしたらフーズさんが俺のことを『旦那』って言ったのかなぁ。


 となると、俺はメノさんを『お嫁さん』と呼ぶことになるわけか。ちょっと照れるな。

 いやいや、そんな甘い話をしているわけではないぞ。


「その戦いって――こういうのじゃないんだよな?」


「……戦闘」


 ですよねー。

 現在、俺とメノさんは風呂を済ませた後にトランプで遊んでいる。風呂に入る前までは、葵たちのいる五十嵐家のリビングでみんなで遊んでいた。もしかしたら俺たち以外の島民たちも、家に帰って延長戦をしていたりするかもしれない。


 部屋でできる娯楽ももう少し増やしたいところだ。今のところ麻雀、リバーシ、トランプぐらいしかないからなぁ。


 スゴロクとかだったら、みんなでネタを出し合えばすぐに作ることができるかも。

 五十嵐明人が七仙にボコボコにされる、一回休み、みたいにな! あはは!


「魔物とはわりと戦い慣れてきたけど、対人となると全く勝手が違うだろうからなぁ。不安しかない――と言いたいところだけど、負けるわけにもいかないしな」


 話し合いで解決すればそれが一番ではあるけれど、相手の性格が見えないし、メノさんが話を断ってこなかったことから、フーズさんが簡単に引き下がらないタイプであることが予想できる。


 実際に会ってみたら平和的に解決した――なんて可能性もあるけれど、その一か八かを信じて対策を行わないというのも危機感が薄すぎる。


 俺の方がレベルが高いことはたしかだが、はたしてそのレベル差がどれだけ経験と技術で埋まってしまうか、だよな。


「ちなみにフーズさんのレベルってどれぐらいなの?」


「……2000ぐらいだったはず」


 ふむ。2000か。

 正確な数値はわからないけど、レベルとしては8000ぐらいの差はあるのだろう。


 ……俺のゲーム的知識を引用すると、相手にならないような気がするんですが。ワンパンでオーバーキルぐらいになりそうなレベル差じゃない? 当たり前だけどキルったらだめですよ。


 そんな風に考えている俺に、メノさんがコテンと首を傾げる。


「……もしかして、負ける心配をしてる? さっきも『負けるわけにはいかない』とか言ってたし」


「そんな言い方をするってことは、心配する必要はない感じ?」


「……心配するとしたら、フーズにひどい怪我をさせないようにするぐらいだと思う」


「でも俺、戦闘に関しては素人も同然だぞ。魔物相手に少し経験があるぐらいだからな」


「……そんなこと気にしないでいいぐらいレベル差がある」


 やっぱりこのレベル差は経験で埋まるものではないらしい。

 メノさんがそう言うなら信じよう。信じて、怪我をさせないための練習をしよう。剣神のスキルが発動してしまえばうっかりなんてこともありそうだから、素手でやったほうがいいだろうな。相手の土俵に合わせるという意味でも、それがいいだろう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 翌日、俺はメノさんと一緒に結界の外に出て、間引きのついでに訓練を行うことになった。


 敵が魔物であるがために、戦い方を教わることはあったけれど、手加減の仕方を学ぶ機会はなかったのだ。


 俺は人間と争うことを想定していなかったし、全ての魔物は首を落としたり心臓を破壊すればそれでいいと思っていたのだ。人間相手にその手法はマズすぎる。


「……持久戦を意識してみたらどう?」


「なるほど」


 技術的指導はなく、そんな簡単な会話を終えてから、俺は魔物と戦うことになった。今回の敵は、俺たちの食卓にもよく顔を出すチャージボアくん。


 魔物の中にはレストシープなどの群れる魔物もいるが、チャージボアは単独行動している姿しか見たことが無い。それに加えてこの島の個体数も多いようだから、わりと良く遭遇する魔物だ。


 思い出せば、最初に出会ったのもチャージボアだったなぁ。あの頃はまだ、こいつが魔物であるかすらわからないままに襲われていた。今となっては、美味しいお肉という印象が強すぎる。


 メノさんは転移で木の上に登り、にらみ合う俺とチャージボアを上から見下ろしている。


『ブォオオオオオッ』


 チャージボアはおなじみの雄たけびを上げてから、俺へ突進してきた。


 戦い慣れたいまだからこそわかる。きちんと目を逸らさずに動きを見ていれば、まったくこの魔物に危険はないのだ。相手の動きがいくら速かろうと、俺の目にはしっかりとその動きが認識できているし、それに反応するだけの反射神経も備えられている。


 ビビっていたあの頃の俺に教えてやりたいもんだ。


「持久戦か」


 呟いて、チャージボアの進路から体をずらして攻撃をかわす。避けるついでに相手の体を軽く蹴ったら、チャージボアは突進の勢いを殺せず地面をすごい勢いで転がっていった。自滅である。


 しかしさすが生魔島に住む魔物ということなのか、負傷した気配は一切なく、すぐさま起き上がってこちらを睨んで咆哮する。そしてまた突進。


 同じことの繰り返しをしても得るものがないな……次はどうしよう。


 しかし考える時間は当然少ない。俺がとっさに取った行動は、突進するチャージボアを躱して背後から追いつくように移動し、大きな尻を蹴るということだった。勢いがプラスされたチャージボアは、木に顔面から激突する。


 ちょっとふらついたが、またもやチャージボアは立ち上がって咆哮した。


「メノさん、こんな感じでいいの?」


「……なんか思ってたのと違う」


 違ったらしい。じゃあ他の方法も色々試してみることにしましょうか。



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