第88話 同棲開始
結婚します! はい、じゃあ今から俺たちは夫婦だぜ! よろしくな!
婚姻届けなどを提出する必要が無い以上、こんな風にお互いの合意さえあれば婚姻関係が成り立つらしいのだけど、話し合いの結果、結婚式を記念日として俺たちは関係を変更することになった。
七仙を招くことになる以上、日程合わせも大変だ。
冒険者等、比較的動きやすい職に就いているならまだしも、ルプルさんと同じく王様として国を治めている人が他二名。その人たちを都合を合わせるとなると、それなりに時間の調整が必要になってくる。
メノさんが言うには、大体一か月後ぐらいになるんじゃないかのこと。王様たちが集まるにしては、随分早い日程になったんだなぁというのが俺の印象。
じゃあそれまでの俺たちの関係は? 今まで通りなのか?
ノンノン、恋人である。
なんか俺、ちょっとテンション上がってしまっているな。人生初めての恋人だから許してほしい。女性と触れ合うだけでどぎまぎしてしまうような俺が、一足飛びで結婚を前提にお付き合いすることになっているのだ、平常心でいられるほうがおかしいだろう。
つまり、いま俺が普通でないのは普通のことなのだ。
「やっと結婚する気になったのだ!? もうこのままずっとこの関係でいるのかと思ったのだ~。おめでとうなのだ!」
仕事から帰ってきたルプルさんも、メノさんと俺にそんなお祝いの言葉を送ってくれた。やはり、俺たちが近しい――つまり恋人や結婚相手となることはなんとなく想定の範囲内だったらしい。葵や母さんに感づかれていただけではなく、他の人も同様だったらしい。
みんな俺たちの話を聞いても、青天の霹靂って感じじゃなかったからなぁ。
その日の夕食は、いつもより少し豪華になった。
正式なお祝いのパーティってわけじゃないけれど、とりあえずめでたいということで。
母さんがうちで飼っているノーウィングバードを見ながら、『鳥の丸焼きとかどう?』なんて言っていた。あの子たちは貴重な卵を産みだしてくれるんだからやめてください。あと、もう愛着湧いてしまっているから、食べたくない。鶏肉を生産している人たちはすごいなぁなんてことをひっそりと思った。
そして夜。
同棲とかの話は一切ないまま、なんとなくなぁなぁで夜を迎えてしまって、俺としてはここからどう行動しようか悩ましいところである。
当たり前のように、メノさんの家に布団を運び入れて、メノさんから『え? もう一緒に暮らすの?』なんて言われでもしたらショック死してしまう。俺の恋愛方面のメンタルは貧弱なのだ。たぶん。
恥ずかしいのを我慢して、メノさんに直接聞けって話ですよね。
「今日から一緒の家に住むんだっけ?」
「……うん」
たった一往復の会話で全てが解決してしまった。悩むより先に行動したほうがいいと頭ではわかっていたつもりだが、こうもあっさり悩みが雲散霧消してしまうと、悩んでいた時間の俺がアホに思えてきてしまう。
まぁうまくいったなら良し。
そんな感じで今日からメノさんの家で同棲することが決定したので、ベッドと布団を運び入れようと自宅に戻っていると、葵たちからストップがかかった。そして、彼女たちの後ろにはリケットさんも自信満々の表情で控えている。
「もうお兄ちゃんとメノさんの新しくベッド、準備してるんだよ~。お母さんが『作ってて』って言ってたから」
「実はシズルさんにこっそり頼まれていたんです!」
どうやら、メノさんの家には既にキングサイズのベッドが用意されているらしい。
ベッド自体は、俺とメノさんが色々と話し合っている間に葵たちが制作したようだが、敷布団と掛け布団に関しては、母さんに頼まれてリケットさんが事前に作ってくれていたようだ。
なんだか、全員から『ようやくか』と思われている気がしてすごく恥ずかしい。
「……お風呂一緒に入る?」
「すみませんアレは冗談だったんです! メノさんがなんでも『そうしたいならそうしていい』って言うから、どこまでできるんだろうって試したくなっちゃったんです! 俺にはまだ心の準備ができておりません! なんとか一緒のベッドで寝るという未来に備えるので精一杯です!」
「……またアキト敬語つかった、レインボーカード」
メノさんはそう言うと、母さんの真似をしてピピーと笛の音を口で再現する。本当にピピーって言っているだけなんだけど。指笛はできないらしい。
というか、ブラックから進化したらレインボーになるんだ。なんだか悪いことしたというより、特典感が出てきてしまっているような気がするんですが。
「ちなみにそのレインボーカードはどういう効果があるんだ?」
ブラックカードは無制限にメノさんからのお願いを俺が聞くというチート能力を持ったカード(実際に発行されているわけじゃない、口頭でのお遊びみたいなもんだけど)だったと記憶しているが、それ以上となると想像がつかない。より強制力が強くなるとかだろうか?
「……このカードは、アキトが私に命令できる。一緒にお風呂に入れと言われたら、入る」
「自分の首を絞めるカード発行してどうすんだ」
「……冗談」
ふすん、と鼻を鳴らして嬉しそうな笑顔を浮かべたメノさんは、上機嫌でお風呂に向かって行く。俺はそれをリビングのソファに座って見送った。
…………。
……うん。すごく緊張する。
別にこれから先のことを想像しているわけじゃなくて、メノさんの家で、メノさんが風呂に入っている状況で、俺がその家のリビングでくつろいでいるというこのシチュエーションが、とんでもなく非現実なのだ。
生き返って異世界にきておいて非現実を語るのも馬鹿馬鹿しいものだけど、俺にとってはそれぐらいフィクションの世界の話なのだ。これがノンフィクションであるというのだから、頬もつねりたくなるというものである。天界でもつねっていなかったのに。
「……喉乾いてきた」
そう呟いて、冷蔵庫に目を向ける。各家に設置された冷蔵庫はどれも一緒の形だから、人の物という感覚が薄い。
しかし一緒に暮らすとはいったものの、勝手に冷蔵庫を開けるのも躊躇してしまう。コップを使うのも躊躇してしまう。かといって、メノさんを置き去りにして家に飲み物を取りに行くのも躊躇してしまう。
「……さっき学んだばかりじゃないか、聞けばいいんだよ聞けば」
別にお風呂場に侵入する必要はないのだ。洗面脱衣室とお風呂場の間にはしっかりと扉を設置しているのだから。洗面脱衣室の扉をゆっくりと開き、半目でお風呂場の扉が閉まっていることを確認してから、声を掛ければいいのだ。
ソファから立ち上がり、洗面脱衣室へ向かう。
扉を少しだけ開けると、ちゃんと扉が閉まっていることが確認できた。仕切りの扉はサプラに細かい凹凸を付けたすりガラスのようになっているので、中がうっすらと確認でき――じゃなくて!
「メノさーん、冷蔵庫の飲み物ってもらっていい? それとも、自分の家から持ってきたほうがいいかな?」
声を掛けると、風呂場からドタバタと慌てたような音が聞こえてくる。びっくりしたらしい。そして、ガラス越しに返事が返ってくる。
「……アキトのえっち」
さっきまで『一緒にお風呂入る?』なんて聞いてきた人が何を言ってんだ。
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