第87話 いつの間にか自分が幸せに




 さて、住民のみなさんは突如として発生した浮ついた話に色めきだっております。


 いやまぁ、ありがたいことではあるよ? だってこういった話をさ、トマトみたいに顔を赤面させて、走ってもいないのに心臓をフル稼働させておきながら、『あ、そうなんだ。よかったね。ところで今日の晩御飯はどうする?』なんてどうでもよさそうに言われたらショックだし。それならまだ、からかわれるぐらいのほうがマシである。


 葵たち五人は、元から『大賢者メノは五十嵐明人に好意を抱いている』と以前から思っていたようだけれど、そういった情報は持ち越さず、素直に『おめでとう』という言葉を俺たちにくれた。そして母さんは存分にニヤニヤしながら、葵たちと同様に祝いの言葉を口にしてくれた。


 先んじて家族の言葉を紹介したけれど、他の住民たちからも同じように『おめでとう』をもらっている。


 リケットさんから、ロロさんから、ディグさんから、フロンさんから。

 生贄になるはずだった人、家族に道連れにされ死罪になる予定だった人、片手片足を失ってしまった人、目を失ってしまった人から、お祝いされた。


 この人たちを幸せになってほしくて、これまでこの島を住みよくしてきたつもりだけど、蓋を開けてみれば俺が一番幸せになってしまってやしないだろうか?


 新しい命を与えられ、力を与えられ、家族と再会させてもらい、好きなことをさせてもらえて、好きな人と結婚する。


 いくらなんでも恵まれすぎているよなぁ。


 こんな幸せが許されていいのか。俺もほんの少しきつめの人生を歩んだ気ではいるけど、それの反動にしてはあまりにも幸せすぎると思うのだ。反動と言うならば、俺の幸せはせいぜい『嫌なことが減る』ぐらいで良いと思うのに。良いことばかりだ。


「嫌なことひとつぐらいあったほうが、バランスが取れてる気がするんだけど」


 みなが世界樹の根元に集まって、お祭りムードになっているところ、俺はぼそりとそんな暗い言葉を口にする。いつかこの幸せが壊れたときを想像すると、少し怖くなった。


 すると、俺と同じくベンチに腰掛けているメノさんが言葉を返してくる。


「……嫌なことがほしいの?」


「んー、そうなのかな……どうなんだろ。幸せ過ぎて怖いというか」


「……アキトに苦手な食べ物食べさせるとか」


「平和すぎて逆に幸せ感じそう」


「……じゃ、じゃあ別居するとか」


「まだ一緒に住んですらないだろ! というか泣きそうになるならそんな提案しなくていいよ!」


 よくわからない方向性で嫌なことを提案してきたメノさんだった。

 そんなのんびり平和な会話をしていた俺たちの元に、フロンさんとディグさんがやってくる。表情は苦笑い。


「どうしたんだ? そんな微妙な表情して」


「あー、旦那たちの会話を盗み聞きしてたわけじゃないんだが、ちらっと聞こえちまってな。嫌なことって言うと、旦那的にはアレが嫌じゃねぇのかなってフロンと話しててよ」


 ディグさんの言葉に続いて、隣のフロンさんも「そうそう」と頷く。俺とメノさんは顔を見合わせて首を傾げた。俺は右に、メノさんは左に。


「メノの姉御が結婚するとなったら、他の七仙たちも祝いに来るだろ? 旦那って自己評価が低いからよ、そういうの緊張するんじゃねぇかってな」


 ……そういえばそうだな。


 いつの間にか『メノ様』から『メノの姉御』と呼んでいることにも驚きだが、いまはそちらよりも他の七仙メンバーがこの島を来訪することにドキドキする。


 でもまぁシャルロットさんとアルカさんとも顔を会わせているし、あと顔を会わせていないのは三人か……。


 たしかに目上の人たちと顔を会わせるのは……まぁ嫌だとは言わないけど、気が進まないことはたしかだ。しかし、メノさんの友人であるという面においては、会ってみたいという気持ちは大いにある。そのマイナスとプラスが、絶妙に入り混じっている。


「……竜人族の竜王エドワード、魔人族の拳聖フーズ、精霊族の精霊王レイラ」


 これまでもメノさんの口から何度か教えてもらったことがあるけれど、改めて彼女はわかりやすく説明してくれた。

 

 竜王エドワードさんは、サルビア大陸の中の最大の国家で王様をしている。

 拳聖フーズさんは、冒険者のような立ち振る舞いをしながらも、冒険者ではない――自由人という感じらしい。

 精霊王レイラさんは、エドワードさんと似たような感じ。精霊族の住まう大陸――セレーナ大陸にて、一国を治めている。この辺りは、普段の雑談の中で教えてくれていた。


 しかし今日はそれに加え、新たな情報も開示してくれる。


「……ちなみに、レイラはアキトたちのこと紹介した時から『会わせる顔が無い! 引退したい!』って嘆いてる」


「ん? それはどうして?」


「……世界樹の精霊の前で『精霊王』なんて名乗れないって。たぶん気持ち的には、レベル100ぐらいの魔法が得意な人族が、ルプルの前で魔王を名乗ってる感じ」


「……な、なるほど?」


 それはたしかに気まずそう。そして申し訳ないというより、羞恥心が爆発しそう。

 いやでも、母さんも王様になろうなんてつもりはないだろうし、周りより自分が優位に立ちたいとも思っていないはずだ。それよりも酒造りを優先しそうだし。


 母さんには酒王とか名乗らせておけば、レイラさんは精霊王を名乗り続けても罪悪感を覚えないんじゃなかろうか――なんて。


 まぁレイラさんのお悩みはさておき。話題は結婚だ。


「まだ精神年齢十歳で不老の葵はともかく、リケットさんとロロさんのことも考えたいよな」


 フロンさんとディグさんにははっきりと聞いていないけど、たぶん夫婦だし。


 となると、リケットさんロロさんにお相手がいない。一夫多妻が許されている世界のようだけど、俺はメノさん一筋を貫きたいし、彼女たちに恋愛的な感情は持っていないからなぁ。


 たぶん『守らなければいけない』という想いが強いからだろうな。妹を見る感じと近いかもしれない。


 俺が本人たちに聞いたら間違いなく『必要ない』とかそんな否定の言葉が返ってきそうだから……ディグさんあたりに彼女たちがどう考えているのか、スパイを頼んでみるか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る