第86話 そうしたいならそうしていい




 メノさんに想いを伝えたら結婚することになった。

 何言ってんだお前ぇ……! とはならない。告白と結婚に一切の関連性がないわけじゃないからな。とはいえ、とはいえだ。


 飛ばし過ぎじゃないですかねメノさん。俺としては、恋人になれたら嬉しいな――ぐらいの気持ちだったんだけど、気付いたら夫婦になっていた件。


 このアルカディアでは婚姻届けみたいなものは存在しないらしいし、結婚式をするのも一部のお偉いさんだけのようだ。まぁ小さな村とかでも、祝いの席みたいなものは設けられたりするらしいから、国や地域によって結婚に関する祝い方は本当に千差万別とのこと。


 世界樹の元に戻って、最初にエンカウントしたヒカリに現状を伝えると、彼女は一目散に他の住人のところに走って行った。いちおう『おめでとう!』という言葉はもらったけれど、それ以上のコメントをするよりも先に他の人に教えたかったらしい。


 俺とメノさんは、なんだかあまりうろちょろと動き回るのも憚られるような気分になったので、世界樹の根元にあるベンチに座って大人しく待機することにした。


 メノさんは顔を赤面させてもじもじと足や手を動かしている。恥ずかしいらしい。


「今更だけど、みんなに言って良かったの?」


 どうせこの島の住民は一緒に暮らしているようなものだから、こんな大きな隠し事はできないだろう――そう考えてメノさんには特に確認もせずにヒカリに伝えてしまったが、大丈夫だっただろうか?


「……いい。敵が減る」


「敵?」


「……恋敵」


 なるほど。恋敵か。

 でも俺って、モテるような人間じゃないぞ? いちおう、小学校の頃に一度告白された経験はあるけれど、その子はクラスの男子ほぼ全員に告白しているような子だったから、モテるとは言えない。


 精神的に不安定だったから、暗い雰囲気が体にまとわりついていたせい――と、自分の容姿や性格に問題が無かったように考えることもできるが、それはポジティブすぎる気もする。


 つまり何が言いたいのかというと、メノさんが心配するようなことはないと言うことだ。


「……リケットもロロも、アキトに命を救われたようなもの。ルプルとシャルも怪しい。アルはいまのところそんな気配はないけど、警戒するに越したことはない」


「考え過ぎじゃないかなぁ」


「アオイたちも、ちょっと怪しい」


「いやいや! 血のつながった家族だぞ!」


「今血はつながっていない」


 そう言われたらたしかにそうだけども! さすがに妹を恋愛対象として見ることはできん! そして付け加えるのであれば幼すぎる! 俺はロリコンではありません!


 とまぁ心の中で精一杯否定しながら、メノさんには「それでも家族ですから」と苦笑しながら答えた。そう、たとえ血のつながりが無くなったとしても、家族は家族。


 兄として仲良くしたいとは強く思うけれど、それ以上でもそれ以下でもない。母さんに関しても一緒だ。


「そんなに警戒しなくても、俺はメノさんしか見てないよ。そういうメノさんこそ、やろうと思えば転移魔法を使えば浮気し放題じゃないか。俺にはバレないし」


 試しにこちらからも攻撃してみようとそう言ってみると、彼女は表情に怒りを灯した。


「……私はそんなことしない。さっき私が言ったのは他の人からアキトに向けての感情。いまアキトが言ったのは、私から他の人に向けての感情」


「言い寄られても他になびかないぞ」


「……アキトエッチだから……色仕掛けに負けるかもしれない」


「うん、まずその認識を改めようか。俺はいたって普通だぞ」


 性欲がないとは言わないが、それは健全に平均レベルだと思う。むしろ、中の下ぐらいじゃなかろうか。このハーレムのような状況で良く耐えていると言っていいかもしれない。


「……今朝も私の服に腕を入れてたし」


「あれは事故だから!」


 むしろ俺はメノさんが寝ている俺の手を自分の服の中に入れたんじゃないかと疑っていたぞ。だってボタンも外れていたし――まさか俺が無意識に彼女のボタンを外してたなんてことはないよなぁ? ないと思いたい。


「結局、お互い好きってことでいいじゃないか。メノさんが心配なら、ずっと俺の傍にいればいいし」


「……む」


「何だったら一緒に住もうか? ちょうど母さんが人化したから、俺の部屋は母さんに譲るとしてさ。俺がメノさんの部屋に行くとか」


「……アキトがそうしたいならそうしていい」


 やはりメノさんは自分の心の内を見せたがらない。

 だけど『アキトが望むなら』――この言い回しをするときは、今のところ統計的に彼女もそうしたいと思っている時なんだよな。母数が少なすぎて正しいのかは不明瞭だが。


 参考程度にはしていいだろう。


「じゃあメノさんのベッドで一緒に寝るよ?」


「……アキトがそうしたいならそうしていい」


「一緒にお風呂入る?」


「……アキトがそうしたいならそうしていい」


「――キスしてみる?」


「……アキトがそうしたいならそうしていい」


 あまりに同じ返答を繰り返すものだから、調子に乗って色々なことを言ってしまった。そしてその全部に許可を得ることができてしまった。なんてこった。


 もはや受け身と言っていいのかわからないほどの全肯定。俺の望むことならメノさんはなんでも許可してしまうのではなかろうか。


 これはちょっと、自制しないとマズいことになりそうだ。そう考えながら腕組みしてうなっていると、メノさんが、


「……ん」


 こちらを見上げて目を瞑り、唇を少しだけ突き出すような形で停止する。すぐさま行動に移しているものの、やはり恥ずかしいのか頬は赤い。


 そう言えば俺、『キスしてみる?』なんて言っちゃいましたよね!


「ちょ、ちょっと待ってくれメノさん! 俺が悪かった! そろそろみんな集まってくるから、あとで! あとでな? よ、夜とかさ!」


「……んぅ」


 彼女はそんな艶めかしい声を漏らしてから目を開けて、きりっとした表情で前を向く。他の人に見られてもいいような真面目な表情だ。先ほどまでキス顔を披露していた女性とは思えない。


「……約束」


「お、おう」


 メノさん、こんなに甘々な人だったんだなぁ。







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