第85話 告白をしたら……
二十五年生きてきて、初めての告白である。
父親のこととか、母親のこととか、妹のこととか。幼いころから『俺の家の状況は他の家と違う』と感じていて、平凡なことが遠く思えていたというのもある。恋愛もその一つ。
しかし俺は、不登校になったわけでもないし、友人が全くいなかったというわけでもない。部活はしていなかったけど、仲いいやつと遊んだりすることもあったし、友人の恋愛相談にのることもあった。
でも、『俺はそういうのはいいや』と拒絶してきた。可愛いなと思う人はいたけれど、俺にとって『彼女』という存在はどこか非現実的で、芸能人とかオリンピック選手というように、大きな壁を感じていたのだと思う。
しかし、このアルカディアという異世界に転生して、妹や母親も元気に過ごしている世界になった。
俺が恋愛という方面に意識が向かうのは、無意識に精神が、取りこぼした青春を掬おうとしているのだろうか。覆水盆に返らずとは言うが、死んだ三人が生き返っているのだ。少し遅めだけど、青春が返ってきてもいいじゃないか。
そう思う。
さて。
落ち着きなくじたばたと足を動かし、あちらこちらに目を向けているメノさんも、俺と同じようなものなのだろう。今よりもずっとずっと凄惨な日常を過ごし、家族を魔物に殺され、自らは不老となって生き返った。
そして七百年生きてきたのだ。好きな人はいたかもしれないけど、少なくとも、恋人は作らないまま。
「メノさんの言葉で聞かせてほしいな」
「……だ、だって」
今の彼女からは七百年生きてきた威厳が一切感じられない。メノさんも恋愛経験に関してはゼロらしいからな。
心なしか、言葉遣いもやや幼くなっているような気がする。今まで、彼女の口から『だって』なんて言葉が出てきたことはなかったはずだ。
「……ど、どうすればいい」
「メノさんの気持ちを聞かせて欲しいんだよ」
「……う」
顔を真っ赤にして、言葉に詰まる。
これ以上俺からは言葉を発さず、メノさんの言葉を聞くまで口を閉ざすことにした。
彼女の気持ちは俺の希望混じりではあるけれど、それを差し引いても理解しているつもりなので、メノさんの口から『好き』という言葉を聞かせてほしい。心の中では嬉しさのあまり踊り狂っているが、それは表に出さず、冷静に。
「……何を言えばいい?」
「…………」
「……アキトも喋って」
「…………」
「……うぅ」
なんとか我慢した。可哀想になってしまって言葉をかけてしまいそうになったけど、こうでもしないとメノさんははっきりと言葉にしてくれないような気がしたのだ。
予想以上に、彼女は恥ずかしがり屋らしい。
赤面しながら目いっぱいの可愛い睨みを俺に向けたメノさんは、俺のズボンのすそをぎゅっと握ってきて、視線をその手元に向ける。そして、
「――す、好き」
「…………」
「……私も、アキトが好き」
「…………」
「……だから結婚してほしい」
「……――ん!?」
メノさんの気持ちをメノさんの言葉で知ることができたあとも、顔を上げるまでは口を閉ざそうと思っていた。だが、急に話がステップアップしてしまって、思わず驚きの声を上げてしまった。
「け、結婚!?」
「……嫌なの?」
慌てて首を横に振る。嫌なわけがない。嫌なわけがないのだけど、恋人という中間地点を無視したゴールインだったから、驚いてしまったのだ。給水地点なんてなかった。
「嫌じゃないよ。俺も、メノさんと結婚したいと思う」
「……ふーん」
俺のズボンから手を離し、自らの足元を見ながらパタパタとメノさんは足を揺らす。
俺は思い切って彼女の肩に手を回し、ぎゅっと抱き寄せてみた。
メノさんは一瞬体を硬直させたけれど、抵抗することなく俺と密着する形になった。これまでもすぐそばにいたけれど、体温を感じると実際の距離以上に近づいたような気がする。ゼロではなく、マイナスになったような、そんな感じ。
肩と肩がピタリとくっついた状態で、メノさんの視線は斜め下を向いたまま。耳と頬の色が平常時に戻る気配はなく、俺と目を合わさないように必死になっているようだ。
「……好き」
「お、おう。俺も好きだよ」
「……ふーん」
パタパタと足を動かしている。嬉しいらしい。
どうしよう、ここから何を話せばいいのかわからない。二人とも同じ気持ちでめちゃくちゃ嬉しいことは間違いないのだけれど、幸せの絶頂であることには違いないのだけれど、どうすればいいのだろう。
というか、本当に結婚確定? 恋人じゃなくて?
アルカディアにおいて、恋人というクッションを経て結婚するという流れは一般的じゃなかったりするんだろうか? いやでも、そんな話は聞いたことがないしなぁ。
やはり、メノさんが特別なのか? わからん。
とりあえず、この時間に起きたことを簡単にまとめると、
「……アキトと結婚したい」
好きな人に告白したら、プロポーズされた――って感じだろうか。
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