第84話 初々しい恋愛
その日の午前中は、とくにこれといって明確な仕事をせずに過ごした。
この旧無人島である生魔島において、自分らの生活を豊かにすることを『仕事』と呼ぶのには今でも首を傾げてしまうことではあるのだけど、俺の頭では他のそれらしい呼称を思い浮かべることもできなかったので、相変わらず『仕事』という言葉を選択している。
いちおう、『作業』とか『ノルマ』みたいな感じで言うこともあるけど、それらもあまりしっくり来ていない。開拓と言えば森を切り開いて生活基盤を作り上げるようなイメージがあるから、これもまた違う。今は生活水準の上昇を行っているからだ。
「この島の地図を作ってみるのもいいかもしれないな」
「……うん、いいかも。私はだいたい頭に入ってるけど、完全に記憶しているわけじゃない」
「魔物の生息域も書いたりしてな。今はどうしてもメノさんだよりになっちゃうし」
彼女に聞けば、『この辺りにこの魔物がいることが多い』という返答をもらえるのだけど、まだ日が浅い俺にはそれがよくわかっていない。メノさんも、必要ないと思ってこれまで地図を作るという発想がなかったようだ。
魔物を倒すだけ、暮らすことなんて一生無いと思っていれば、そりゃ地図なんて明らかに大変な作業をやろうとは思えないよなぁ。
俺も自分だけのためなら、作ろうとは思わない。きっと今後誰かの役に立つだろうと思えるからこその発想だ。
俺とメノさんは、木の上にいた。
ただし森の中にある木に登っているというわけではなく、草木のほとんど生えていない山の斜面に、一本だけすくすくと生命力豊かに育っている大木の上だ。そしてこの木は世界樹の周りに生い茂っているものとは違い、果実が実っている。
メノさんが俺と出会ってまもない頃、彼女が世界樹を見て『これはプルアこれはプルア』と言っていた、あのプルアの実がなる木だった。
俺たちはある程度魔物を狩り終えたあと、その木の枝に腰掛けて、もぎたてのプルアを食べながら話をしていた。
「メノさんって、喋ること自体は嫌いじゃないの? ほら、結構口数少な目だし」
「……わからない。あまり話慣れてないだけかも」
彼女は返事をして、宙に浮いた足をプラプラと動かしている。わりとご機嫌なのだろうか? 彼女が身体を動かしている時は、機嫌がいい時なのだろうと勝手に思っている。
「メノさんは……恋人とか、結婚したい人とか、どういう人がいいと思う?」
我ながら、なんと遠まわしな聞き方だろうと恥ずかしくなってしまった。中学生の恋愛かよ。いや、高校生だって大学生だって、こんな聞き方をすることもあるだろうから一概には言えないだろうけど……社会人の人は、いったいどういう風にアプローチをしていくもんなんだろうなぁ。順当に恋愛街道を歩いてきていない俺にはわからないよ。
「……アキトは?」
これまた初々しい返答が来てしまった。自分が答えるよりも先に相手のことを聞きだそうとする作戦! メノさんも恋愛経験はないという話だったし、案外俺といい勝負なのかもしれない。生きてきた年月は違うけれども。
しかし……どういう人がいいのか――か。自分で聞いておきながら、あまり考えたことはなかったな。
「そうだなぁ……優しい人――って言うとざっくりとしすぎているからなぁ。他人を思いやれたり、あとは普段はしっかりしてるけど、時々抜けてるところがあったり、かなぁ?」
『優しい人』以外のものを考えてみたけれど、それでも十分にざっくりしていた。自分でもよくわかっていないのだ、許してほしい。
「……年上と年下ならどっちがいい?」
曖昧な俺に助け舟をだすように、メノさんから具体的な質問がとんできた。
これは『年上』と答えるべきなのか、正直に『気にしていない』と答えるべきなのか。
少し考えたけど、嘘はつかずに「相性が良ければ、年齢は気にしないかな」と答えた。これまた曖昧な答になってしまったが――実際にそうなんだもの。
メノさんは結局俺の質問を逸らす形になってしまったが、ここでもう一度『メノさんはどうなの?』と聞けば、きっと彼女は答えてくれるだろう。
だけど、俺は思ってしまった。
もし仮に、彼女が口にする理想像が俺とかけ離れていたら、俺は彼女に告白せずに諦めるのだろうか? それが努力でどうにかなる部分だったら改善の余地はあるかもしれないけど、人間性の根幹を揺るがすものだったり、容姿に関してのものだったりしたらどうするのだろう。
むしろ、聞かないほうがいいんじゃないだろうか。
告白するつもりがあるなら。
彼女の恋人になりたいと思うのなら、もう当たって砕けたほうがいいのではないだろうか? 玉砕した時にこの生魔島での暮らしが変わってしまう可能性があるけれど、これまでメノさんと接してきた感じ、俺のうぬぼれでなければ成功確率の方が高いと思うのだ。
「あとは、世話好きだったり、努力家だったり――髪の色だと銀と水色の間ぐらいの感じが好きかな」
「……ふ、ふーん」
メノさんが急に髪をいじり始めた。そして前髪の一部を摘まんで、自分で色を確認している。ちょっとあからさますぎたかなと思ったけど、メノさん的にはそうでもないらしい。
可愛い。
「あとこれは最近気づいたんだけど、酔っ払って甘えてこられると、ドキッとするよ」
「…………」
メノさん、足をパタパタと動かしながらそっぽを向いてしまった。これはどういう感情なのだろう? 俺のデータによれば機嫌はいいはずなのだが……照れている? ということは、さすがに自分のことを言われていると感づいたか?
もうここまで来て何も言わずに帰るということは考えられない。俺も腹をくくろう。
玉砕したら、ディグさんにでも泣きつこう。
「俺、メノさんのことが好きだよ。人としても、異性としても」
そう言うと、メノさんがバッと勢いよくこちらを見た。振り向く前から真っ赤だったらしい顔が、さらに赤く変化した。口は閉ざしているが、目は大きく見開かれている。驚愕と羞恥の表情だった。
俺も恥ずかしくて心臓が爆発しそう。俺の人間離れしたステータスよ、耐えてくれ。
「……あ、あ」
メノさんは何か言おうと口をパクパクと動かして、また俺から顔を逸らした。そしてまた、ゆっくりとこちらを向く、視線は俺の胸に向けられていて、パタパタと動いていた足はピタリと止まっている。
「……ど、ど、どうすればいい?」
彼女は俺の胸に目を向けたまま、焦った様子でそんな質問をしてきた。
「そう言われましても……俺の希望としては、『私も好き』とか言ってくれると嬉しいかな。いちおう、告白したわけだし」
「……じゃ、じゃあそれでいい」
メノさんはそう言うと、うつむいて足をパタパタと動かし始める。
これは、オーケーの返事ということでいいのだろうか?
嬉しい――嬉しいけどメノさん、このままだとメノさんの言葉じゃなくて俺の言葉なんですよ。だから、メノさんの言葉で気持ちを聞かせてくれ。
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