第83話 動き始めるアキト




 俺の部屋で目覚めたメノさんは、葵や母さんたちに見つからないよう、転移魔法を使用して家に帰っていった。彼女の顔が終始赤かったのは、さすがにアルコールのせいとは言えないだろう。意識はしっかりしていたようだし、体調が悪そうな雰囲気もなかった。


 きっと俺もメノさんと同じく顔が赤かったんだろうなぁ。どちらが赤かったのか、鏡で並んで見てみたかったとあとになって思った。


 外着に着替えてから、起きている人たちに挨拶をして回ったあと、世界樹の根元へ。目安箱の中身を確認すると、紙が一枚入ってあった。


『昨夜はお楽しみでしたね』


「これ書いたの母さんだろ!」


 日本語で書かれているし、筆跡でなんとなくわかってしまった。


 え? もしかして昨日メノさんが俺の部屋で寝たことバレちゃってたの? でもやましいことは一切していないし……いや、ボタンの付け替えなんてことはやってしまったけど、それ以上のことはしていない。紳士的ヘタレ対応だったはずだ。


 自分でヘタレと言って悲しくなってきたな……。


「おはようアキト」


 母さんが世界樹をすり抜けるようにして姿を現した。なるほど、そういう感じで人化するのか。木の幹がうねうねと体を形作るような想像もしていたけれど、よくよく考えれば母さんは精霊という話だし――あれ、ってことは?


「母さんの体って物に触れるの?」


「明人、まずおはようでしょ?」


「すんません、おはようございます」


「よろしい――というか、物に触れずにどうやって酒造りしてたと思うのよ、ほら、人にも触れる」


「ほんとだ――ってそうじゃなくて! これ母さんだろ!? 別に変なことは一切してないからな!?」


 母さんに目安箱に入っていた紙を突きつけながら言う。すると、母さんはとぼけたように首を傾げた。


「変なことってどんなこと?」


「……親子間でそういう話題はやめてくれよ……」


「だって、アキトもいい年なんだし、お互い好きならエロいことしても別に『変なこと』じゃないでしょ?」


「だからやめてくれって言っただろ!?」


 勘弁してください。ただでさえ昨日の夜は精神をすり減らされたというのに、朝起きても追い打ちを受けるとは――朝目覚めて、メノさんが隣で寝ていることに関しては、覚悟していたけどさぁ。


「とりあえず、なんで知ってんだよ。世界樹を使って覗きとかしてないよな?」


 疑いの目を向けながら言うと、母さんは肩を竦めて呆れたような表情になった。


「結界内の範囲はだいたい見えるとは言ったけど、室内までは見られないわよ――声は聞こうとしたら聞こえるけどね。私は昨日の夜、水飲みに起きたときにメノちゃんが明人の部屋に入っていくのを見ただけ」


「そのタイミングか」


 どうやら母さんは、俺がシャワーを浴びている時にメノさんが俺の部屋に侵入するのを目撃したらしい。しかもただ目撃しただけではなく、メノさんから『アキトの部屋どこ?』と質問までされていたようだ。メノさんは俺が思っていた以上に意識がはっきりしてたらしい。


「ともかく明人、ここまでメノちゃんが積極的にアピールしてるんだから、さっさとあんたから告白しなさい。どうせ好きなんでしょ?」


 こういう時にニヤニヤしてくれていたらまだ『からかうな』とか言って逃げることができたのに、真面目な顔をしてやがる。


「……親とそういう話をするのは恥ずかしいんですが」


「生前できなかったんだから、これぐらい良いじゃない」


 そう言われてしまうと、俺も弱いんだよなぁ。


「明人ね、自分がメノちゃんから『好かれていない理由』を必死に探してるみたいだけど、もっと自信を持ちなさい。あんたはすごいんだから」


「……そりゃどうも」


 母さんの言葉を否定できずに、そんな返事をした。『あんたはすごい』の部分は否定することもできたのだけど、前半部分に関してはその通りだと思ってしまったからだ。


 年齢差があるから――とか。

 メノさんみたいに凄い人が、俺なんかを相手にするわけがない――とか。

 ただ、不老の仲間ができて嬉しいだけなんじゃないか――とか。


 これまで俺は生きることに必死過ぎて、恋愛方面からは逃げていた。

 いい加減、きちんと正面から、メノさんの気持ちを理解するように努めるべきなのだろう。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「メノさんって今日やることあるの?」


 朝食を食べ、後片付けを終えてから俺はメノさんの家に行った。ちなみにルプルさんは昨日のお酒の影響で寝坊し(ヒカリとシオンが何度か起こしに行ったが起きなかった)、バタバタと職場に向かって行った。なぜか俺が『なんで起こしてくれなかったのだ!』と怒られてしまった。他のみんなはいつも通り仕事を開始している。


 まぁそれはいいとして、


「……みんなのところを回って、必要なら手伝う。あとは魔物をちょっと狩るぐらい」


 メノさんは俺と目を合わせずに、やや早口になりながらそう言った。頬が少し赤みを帯びていて、若干の照れが伺える。昨日と今日でいろいろあったからなぁ。


 俺もできるだけ平静を装っているけど、緊張しちゃっているし。


「じゃあその魔物狩り、今日は俺も一緒に行っていい?」


 いつもなぁなぁな感じで付いていっていたので、改めてこういう質問をするのは初めてかもしれない。それぐらい、流れに身を任せるような感じだったからなぁ。


「……アキトがどうしてもと言うなら仕方ない」


 今朝の母さんの言葉を聞く前だったら、俺は反射的に『もしかして一人になりたかったのかな?』という考えが頭によぎったかもしれない。だがよくよく観察して見れば、メノさんは体をもじもじと動かしているし、先ほどまで俺から逸らしていた視線が、今ではちらちらとこっちを見ている。


 なんか、照れ隠しにしか見えないんですが。

 ちょっとこちらからも攻撃を仕掛けてみようかな。


「じゃあ一緒に行こう、今日はメノさんと二人きりになりたい気分なんだ」


「……ふ、ふーん」


 て、照れてるぅー! これは絶対に照れている! 視線は泳いでいるし指で髪をいじりはじめたし、表情は笑みになるのを必死にこらえているような感じだ。


 あまりにわかりやすすぎたために罪悪感が押し寄せてきてしまった。多用はしないでおこうと、心の中で思った。

 


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