第82話 アキトが酔った私を連れ込んだ




「…………ふぅ、この世界に来て一番神経がすり減った気がするぞ」


「……(すいー)」


「暢気なもんだな」


 パジャマのボタンをしめるため、俺が胸元付近で手を動かしているというのに、メノさんはまったく警戒することなく俺の手に身をゆだねていた。胸のふくらみは見えてしまっていたし、ほんの少し手が滑れば見えてはいけない部分まで見えてしまうところだった。絶対にメノさんは他の男がいる前で酔っ払わせるわけにはいかなくなったな。


 現在この島に男性はディグさんしかいないし、彼にはフロンさんが付いているから大丈夫だとは思うけど、この先も男がまったくこの島に寄り付かないということもないだろうし、警戒はするべきだ。


 コックリコックリと頭を上下に動かしているメノさんの背に手を回し、軽く力を掛けてベッドに寝かせる。しかし座っていた状態から無理やり向きを変えようとしたため、ベッドの端で寝転がるような形になってしまった。


 どうしよう……メノさんをコロコロと転がせばいい位置に寝させられそうだけど、それだとうつ伏せになっちゃうよなぁ。


「……今の状態のメノさんの寝相が良いとは思えないし、これも仕方ないことだよな」


 ぶつぶつと自分の行動を正当化するような言い訳を口にしながら、メノさんをもう一度下から救い上げるように抱きかかえ、ベッドの中心――枕に頭が乗るような位置にゆっくりと下ろす。これで一安心――かと思いきや、


「……この行動も予測できていたような気がするんだけどなぁ」


 腕を彼女とベッドの間から引き抜いた瞬間、右腕を捕まえられてしまった。だが、俺の予測できたであろう範囲はここまで。これ以降は全くの予想外である。


「おいおいおい! メノさん!? 本当に寝てる!?」


「……(すいー)」


「わかんねぇ……」


 俺の腕を掴んだメノさんは、ぐいぐいと俺の腕を引き寄せて、体の前で抱きかかえるようにして俺の腕を拘束する。本気で抵抗すれば逃れることはできただろうけど、メノさんも割と本気で俺の腕を引っ張ってきていたので、下手するとベッドを破壊するような力になってしまう。


 結局、俺はベッドに覆いかぶさるような状態になり、なんとかしてメノさんの上に体重を掛けないよう左手で体を支えているような感じになっていた。


 この状況、他の人に見られたらまるで俺が襲ってるみたいじゃないか?

 俺じゃないんです! メノさんが犯人です!


「もういっそのこと開き直ってやろうか」


 すいーすいーと寝息を立てるメノさんを右手の力だけで持ち上げてみると、彼女はナマケモノのようにブランと俺の腕にへばりついていた。しかも、足は使わず腕だけの力で。


 このまま俺もメノさんのベッドで寝てしまおうかと一瞬考えた。だけど、つい先ほどメノさんが着替えていたことを思い出した。俺は外着のままだ。このまま彼女のベッドに横になるわけにはいかないだろう。


 俺も少し酔いが回っていたようだけど、なんとか理性は保てたようだ。


「はいはい、ごめんなさいね~」


 そんなことを小声で言いながら、俺はメノさんの指を一本一本解いて、右手の拘束をほどく。メノさんの上に布団を掛けて、リビングダイニングの散らかったコップなどを片付けてから、家に戻った。


「……決して俺はヘタレではない。だってメノさん酔ってたし、彼女が起きてたらまた違う行動をしたかもしれないぞ、うん」


 言い訳をするようにそう口にしながら、すでに寝ているであろう葵たちを起こさないよう静かに魔道具のシャワーで汗を流し、歯磨きをしてから自室に向かう。

 なぜか俺のベッドの上でメノさんが寝ていた。


「……なんで?」


「……(すいー)」


「俺がシャワーを浴びてる間に……?」


 いったいなぜそんな行動を取ったのか――寝ぼけていた? それとも、お酒の酔いのせいで甘えん坊モードが暴走しているとでもいうのだろうか?


「ここまで来たらヘタレとかそういう問題じゃない気がする」


 一緒に寝ても、これは仕方がない。ここまでされて明日の朝メノさんに『セクハラ』とか言われたら、逆に俺が彼女のことを糾弾してやろう。


 そんなことを思いながら、俺は彼女の隣――しっかりと俺が入れる分空けられていたスペースに、横になったのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「……アキトのえっち」


 目を覚ますと、そんな声が聞こえてきた。

 なぜメノさんの声が聞こえるんだ……? 朝早くから俺の部屋にやってきて、何の用だろう? いやいや! そうじゃない! メノさんがいつのまにか俺のベッドで寝ていたから、一緒に寝たんだ! 決して連れ込んだりしたわけじゃない!


「あっ、いや、ちがっ、メノさんが俺のベッドで寝たんだろ!? 勝手に忍び込んで!」


「……そうじゃない、手」


「手?」


 そういえば、なぜか右腕全体が温かい。まるで何かに包まれているかのよ――、


「なんでこうなった?」


「……起きたらこうなってた」


 俺の右腕は、なぜかメノさんの服の中に入り込んでいた。彼女の胸元のボタンは一つ外れており、横になっているメノさんの首元から侵入するような形で、俺の腕が彼女の服にすっぽり包まれている。当然服だけではなく、彼女の体温も直に伝わってきていた。


「メノさん、また何かした?」


「……またって何? 私はそんなにはしたない女性じゃない」


「昨日俺にパジャマのボタン付けさせたの覚えてないの?」


「…………そんなことさせてない。それより、恥ずかしいから手を抜いてほしい」


「あ、はい」


 どうやらメノさんには昨日の記憶があまり残っていないらしい。顔を真っ赤にして俺から視線を外していた。俺はメノさんの言葉に従い、服から腕をゆっくりと抜く。抜き去る時にどこに触れたとかは言及しないでおこう。


「……アキトが酔った私を連れ込んだ」


「随分と都合の良い夢を見たんだなぁ」


「…………」


 ある程度の記憶は残っているらしく、発言に無理があるとわかっているのか、彼女は布団の中に潜り込んでしまった。なんかこう……すごく可愛くてドキドキするんですけど。

 


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